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01

 
大学進学を機に実家を出て一人暮らしをすることになった。ありがたいことに親からの仕送りはあるものの、それだけで生活できる程世の中甘くない。初めてのバイトは家の近くにある古本屋を選んだ。

「いらっしゃいませ」

老夫婦が運営するこじんまりとしたお店で、お客さんはそう多くない。夕方以降に学校帰りの学生や仕事終わりの社会人がチラホラ来るぐらいだ。
今日もゆったりとした時間が流れていく中、一人の男の人が入ってきた。私と同じ歳くらいでスラっとしたその男の人は、週に1回くらい来ていると思う。だいたいいつも17時半くらいに来て、少年漫画の棚をウロウロして18時ちょっと前に出ていく。多分時間潰しに寄ってるんだろう。

「……お願いします」
「! ありがとうございます」

レジで事務作業に没頭していると、男の人が漫画を手にやってきた。いつも立ち読みをしてるだけだったからびっくりしてしまった。
男の人が持ってきたのは中学くらいに流行ったコテコテのギャグ漫画2冊だった。私も読んだことがある。クールな見た目だからこういうの読むのちょっと意外だな。

「ありがとうございました」
「……どうも」

いつも見てしまって申し訳ない気持ちがあるから直視できない。最後にお釣りを渡す時だけ、チラっと見上げてみたらうっすらと笑われた。綺麗に笑う人だ。

「……ん?」

男の人が出ていってまた静寂が訪れると聞き慣れたBGMが耳に入ってくる。やることもなくなってきて、掃除をしようとレジカウンターから抜け出したところでレジカウンターの脇に見知らぬパスケースを見つけた。中に入っていたのは電車の定期と学生証だった。もしかしてさっきの人が忘れていったんだろうか。悪いとは思いつつも学生証を確認する。角名倫太郎さん……私と同い年だ。

「……」

……どうしよう。毎日使うものだろうし、すぐに気付いて取りに来そうな気もする。とりあえずお店に置いておこう。


***
 

結局その日も次の日も、パスケースの落とし主は来なかった。まさかここでなくしたなんて思ってなくていろいろ探してしまっていたらどうしよう。定期券と学生証なんて、どちらもないと困るものだ。しかし連絡先なんてわからない。唯一使える情報は学生証に記載されてる学校名くらい。赤学といえば私の大学から徒歩圏内にある、偏差値の高い大学だ。

「……」

……というわけで、午後からの授業が始まる前に赤学にやってきた。名門私立なだけあって綺麗ででかい。人は沢山いるから部外者の私がいても特に違和感はないんだろうけどなんだか落ち着かない。
もちろんこんな人がいる中であのお客さんにピンポイントで会えるとは思っていない。事務室に届ければなんとかなるはずだ。

「!」

事務室の場所がわからないという問題に直面していたらお客さんの姿を見つけてしまった。いつもの黒いリュックを背負ってる。
どうしよう、声かけていいかな……友達、ましてや知り合いという程でもないのに。古本屋の店員の顔なんて覚えてるわけないだろうし、びっくりさせちゃうかな。

「!」

私がいろいろ考えて怖気付いていたらふとお客さんがこちらを向いて目が合ってしまった。そしてその長い足で私の方に向かってくる。

「どうも」
「あ、先日はありがとうございました」
「いえ、いつもお世話になってます」
「いやいやこちらこそ……」

どうやら私のことを古本屋の店員だと認識してくれたみたいだ。
サラリーマンのような挨拶を交わしてから本題に入る。

「あの、これ、この前忘れてました」
「……ああ、あそこで失くしたのか。よかった、ありがとうございます」
「いえ、とんでもないです。またいらっしゃった時に渡せばいいと思ったんですけど、一刻も早く届けた方がいいと思って……」

ようやく渡せてよかった。バイトが終わった後もずっと気掛かりだったからすっきりした。

「……言葉遣い丁寧ですね」
「え……」
「いや、俺と同じ歳くらいなのにちゃんとしてるなと思って」
「あ……すみません、学生証見ちゃったんですけど、同い年です」
「そうなんだ」

ちゃんとしてるだなんてとんでもない。それを言うなら角名くんの方が落ち着いていて大人っぽいと思う。同い年だと伝えると喋り方が少しフランクになったのが嬉しかった。

「えっと……名字名前、東経大3年、経済学部……です」
「え?」
「私が一方的に角名くんの個人情報を知っちゃったから……」
「フフ。そっか、ありがとう」

学生証に記載されてる個人情報を見てしまった罪滅ぼしに、私も同じ情報を角名くんに伝えると呆れたように笑われた。この前も思ったけど綺麗な笑顔だ。

「俺あそこの古本屋の近くのカフェでバイトしてるんだ。よかったら来てよ」
「もしかして薬局の前にあるとこ?」
「うん。来たことある?」
「ううん、気になってたところだったから。今度行ってみます」
「楽しみにしてる」

学校が終わってバイトに行くまでの時間をうちの古本屋で潰してたのか。近くのカフェといえば前々から気になっていたところだ。

「じゃあ、私午後から授業だから行くね」
「うん。届けに来てくれてありがとう。嬉しかった」
「ど、どういたしまして」

お礼はともかく、「嬉しかった」という言葉に一瞬戸惑ってしまつた。いやいや、探し物が見つかったら誰でも嬉しいし。一瞬乙女思考がよぎってしまったけど、ドラマの見過ぎだと自分に言い聞かせてそれ以上考えないようにした。


***


「ここ私も気になってたんだよねー!」
「ね」

私のバイト先によく来る男の人の名前は角名くん。近くのカフェで働いてるらしくて、先日の「来て」という社交辞令を真に受けて本当に来てしまった。キョロキョロと店内を見渡すけど角名くんの姿は見当たらなかった。まだ16時過ぎだから授業があるのかもしれない。

「美味しいね」
「ねー!」

今日はテスト週間の最終日で、ささやかな打ち上げとして友人を誘ってケーキを食べに来ただけ。
ここで角名くんが働いてるんだと思うとなんだか落ち着かない。あのブラウンのギャルソンエプロンを、角名くんも着てるんだろうか。スラっとしてるから似合うんだろうな。

「そろそろ行くー?」
「あ、そうだね」

食後のコーヒーを飲みながらお喋りをして1時間半程経ったところで伝票を手に取った。

「あ……」
「! 来てくれたんだ」
「うん、美味しかったよ」

レジに向かうとちょうど奥から出てきた角名くんが対応してくれた。今出勤してきたところなのかな。そういえば18時前まで時間を潰してたから、バイトは18時から入れてるのかもしれない。

「俺、月火金のこの時間に入ってるから」
「あ、うん」

聞いていないのに私の知りたい情報を角名くんから教えてくれた。わざわざシフトを教えてくれたってことは、また角名くんがいる時に来てもいいってことなのかな。金曜日の学校帰りなら寄れそう。

「ちょっと名前どういうことー!?」
「え? いやー……」
「もう一軒行こ!」

店を出たところで友人がニヤニヤと詰め寄ってきた。気になる人が働いてるから、なんて説明してなかったから興味津々だ。もう一軒、今度はお酒を飲みながら事の経緯を話すことになった。


***


"もし可能だったら次の月曜日、シフトかわってもらえませんか?"

バイトの後輩から連絡が入っていた。いつもだったら4連勤しんどいなーとか思ってしまうところだけど、私は迷うことなく引き受けた。何故なら月曜日は角名くんがバイトの日だから、もしかしたらお店に寄ってくれるかもしれない。

「……」

そんな邪心で月曜日に出勤したわけだけど……いつもの時間に角名くんは来なかった。そうだよね、そんな毎回来るわけないよね。角名くんに会いたくてシフトを変えるなんて、ストーカー一歩手前なんじゃないか私。
調子に乗るなと反省しつつ、今日の晩ご飯は買って済まそうと近くのコンビニに寄った。

「名字さん!」
「! 角名くん」

お会計を済ませたところで声をかけられたと思ったら角名くんがいた。ここはバイト先から近いコンビニだから、角名くんもバイト帰りに寄ったんだろうか。

「バイト帰り?」
「うん。名字さんは?」
「私も」
「……月曜日出るの珍しいね」
「う、うん。他の子に代わってほしいって頼まれて」

私のシフトは火水木の夕方からだから、角名くんの言う通り月曜日に出勤するのは珍しい。けど、何でそんなこと角名くんが知ってるんだろう。もしかして何回か通って私のシフトを把握してくれたり……いやいやまさかそんな。

「……晩飯?」
「あ……うん。作るのめんどくさくて」
「一人暮らしなんだ」
「うん。角名くんも?」
「うん。自炊めんどくさいよね」

角名くんにパスタの入った袋が見つかって恥ずかしくなった。料理をしないズボラな女だとは思われたくない。でもバイト終わりの自炊がめんどくさいのは角名くんも同じようで共感してもらえた。角名くんが持ってるコンビニ袋にもお弁当が入っているんだろう。

「送ってくよ。歩き?」
「うん。市立病院の方だけど大丈夫?」
「大丈夫、俺の家カストの近くだから」
「あ、じゃあ近いね」

カストだったら私の家から歩いて行ける距離だ。角名くんと家までもが近いことがわかって嬉しくなった。別に家に行く予定なんて、ないんだけど。

「……名字さん、連絡先教えて」
「! う、うん」

この先そんな予定ができたらいいな……なんて下心を抱きつつ、角名くんと連絡先を交換した。



( 2019.6-7 )
( 2022.8 修正 )

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