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06


 
「この度は本当にすみませんでした!!」
「侑くんが謝ることじゃないよ、本当に。私こそごめんね」

みょうじさんへのお詫びとして侑が手配したのは老舗のうなぎだった。一応マスコミの目を気にして侑とは現地集合にした。個室で人目にも触れないし俺もいるし、また変な噂がたつことはないだろう。
俺とみょうじさんが個室に入るなり、先にいた侑が深々と頭を下げた。珍しいことに本当に申し訳ないって思っているようだ。

「あと取材に対応してくれてありがとうございます」
「ううん、誤解が解けたならいいんだけど」

どこで情報を仕入れたのかはわからないけど、記者はみょうじさんの勤務先まで把握していて仕事終わりに直撃されたらしい。そこで無視を決め込んだりムキになって否定したりしたらマスコミの思うツボなんだろうな。みょうじさんみたいに落ち着いて対応してしっかり謝罪もすればしつこく追い回されることもない。

「今日は俺の奢りなんで、遠慮せず食べてください!」
「いいよ、うなぎって今高いんでしょ?」
「ええから!」
「じゃあ俺うな重の特上にしようかな」
「お前は遠慮せえや」

うなぎなんて久しぶりだ。せっかく侑の奢りだから高いの食ってやろうとしたら釘を刺された。

「北さんには特に確認してませんけど大丈夫ですか?」
「え?」

注文し終えた後にずっと気になっていたことを聞いてみると、みょうじさんはポカンと首を傾げた。どうやらそういう考えには至らなかったらしい。少し経って俺の言葉の意味がわかってきたのか、徐々にみょうじさんの表情が変わっていった。

「だ、大丈夫も何も、私と信介くんはそういう間柄じゃないんだし……!」
「でも好きな人に勘違いされるの嫌じゃないですか?」
「だから好きっていうか……!」

北さんの話になるとみょうじさんは絶対挙動不審になるからついからかってしまう。普段クールな先輩の可愛らしい一面が見られるのは純粋に嬉しい。こういう面をもっと見せていけば彼氏なんてすぐ出来ると思う。

「……」

ふと、やけに大人しい侑が気になった。いつもだったら便乗してくるのに。飯に夢中になってるとかでもなくて、侑は箸を止めて赤面するみょうじさんを見つめていた。その表情にただならぬものを感じて、ひとつの仮定が俺の頭の中に生まれた。

「ちょっとお手洗い行ってくる」
「はーい」

みょうじさんが個室を出て行ったタイミングで聞いてみることにした。

「侑、もしかしてみょうじさんのこと好きになった?」
「へ!? あ、いや……あー……そうやんなぁ……」

マジか。
一度否定しようとはしたものの、侑は控えめに肯定した。その表情は照れくささや気まずさが混ざっている。

「なあ……北さん今もみょうじさんのこと好きなんかなぁ……」
「……初恋の人だとは言ってたけど」

みょうじさんは北さんの初恋の相手。そして本人は否定してるけど今も多分、北さんのことが気になっている。一方で侑にとっても北さんは尊敬してる先輩で大きな存在だろう。その人とライバル関係になるだなんて望んだことではないはずだ。

「だってあのギャップはずるいやんかー……」
「あーうん、可愛いよね」
「あとな、フライデーされた時に『護る』って言われてときめいた」
「女子か」

最初こそそういう関係になればと思ってふたりを会わせたわけだけど……まさかこんなことになるなんて。ドラマかよという展開に正直ワクワクしないでもない。

「……軽蔑するか?」
「いや……ようやくまともな人を好きになれて良かったんじゃない?」
「喧しいわ」

とりあえず外野がとやかく言うことではない。しばらくは見守ることにしよう。


***(夢主視点)
 

週刊誌の一件があってから、毎日のように侑くんから連絡が来るようになった。
最初から人懐こい性格だったとは思うけど、信頼してくれてるってことだろうか。私からプライベートの情報が洩れることはないと思ったのか、あのお店によく行くとか住んでいる場所のこととか過去の恋愛のことも教えてくれた。別に聞いてないんだけど。
私自身こうやって年下に懐かれるのは満更でもない。社外で可愛い後輩ができて嬉しい限りだ。

"明日俺誕生日なんです!"
"おめでとー"
"みょうじさんからのプレゼント楽しみやな〜"
"何か欲しい物あるの?"
"ご飯行きましょー!"

誕生日プレゼントをねだられるのかと思えば、成り行きでご飯に行くことになった。角名くんは「忙しいらしいです」とのことだから侑くんとふたりで行くことになる。週刊誌の件からだいぶ経ったし、多分騒がれることはもうないと思う。友人だってちゃんと説明したし、そんなに敏感になることもないだろう。私は「何食べたい?」と送って自分のデスクを立った。

「あれ、角名くん明日から連休?」
「はい」

次の企業説明会に営業さんを連れていこうと思って営業部の出勤簿を確認していると、角名くんが5日間の連休を取っていることがわかった。

「どこか行くの?」
「彼女と福岡に」
「なるほど、それで侑くんの誘いを断ったんだね」
「え? ……ああ、そうですね」

角名くんは普段ひけらかさないけれどリア充側の人間だ。彼女と旅行だったら侑くんの誕生日に集まれないのもしょうがない、許してあげよう。

「どこ行くんですか?」
「まだ決めてない」
「……北さんのことはいいんですか?」
「ふふ、まだ気にしてくれてたの?」
「まあ……」
「いいの。死ぬまでにもう一回会えて本当に良かった。角名くんと侑くんには感謝してるよ」

信介くんと再会できたことは私の人生での宝物だ。会うことに怖気づいていたものの、実際会ってみれば夢のようなひと時だった。17年経った今でも信介くんのことを忘れられなかったのは、きっとちゃんとした別れ方ができなかったから。ふたりのおかげで信介くんと再会して言葉を交わせて、むしろ私は清々しい気持ちだ。

「……なんだかんだ侑もいい男ですよ」
「あはは、うんそうだね」

だからと言って侑くんとどうこうなる気はしない。最初こそそういうつもりで侑くんを紹介してくれたんだろうけど、今となっては侑くんは話しやすい友人だ。それはきっと向こうも同じのはず。


***
 

「うんま!」
「うん、美味しいね」

侑くんは話しやすい。そして世間ではイケメンバレーボーラーとして認知されてるくらいに男前だ。性格は……ちょっと捻くれてるんだろうなと思うところはある。
恋愛が長続きしないと教えてくれたことがあったけど、それは侑くんの性格が原因になっている部分が多いと思う。そんなことを面と向かって言えるくらいに侑くんとは仲良くなれたと思ってる。それは侑くんも同じだと思ってたけど……

「もう22時か……そろそろ帰る?」
「あ、ほんまや。みょうじさんとおると時間忘れてまうわー」
「お酒飲んでないのにね。侑くんと話すの楽しくて」
「!」

今日の侑くんはいつもと様子が違うように感じた。時折じっと見つめられることがあって「どうしたの」と聞くと「何でもない」と慌てて誤魔化されたり、今の私の言葉にも軽口を返してくるものだと思ってたのに黙ってしまった。少し顔が赤い気がする。

「……また誘ってもええすか?」
「うん。今度は角名くんも予定合うといいね」
「いや、ふたりで」
「え?」

私は別に恋愛に疎いわけじゃない。自分への好意は人並みに感じ取れると思う。出会った最初の頃は確かにそういう目で見られてはいなかったはずだ。いったいどのタイミングで、何がきっかけで恋愛対象になったのか見当がつかなかった。

「みょうじさんとふたりで会いたい」
「!」
「今日も……最初から角名には声かけてません」

それは気が付かなかった。改めて考えてみると確かにあの時の角名くんの回答は一瞬間があったような気がした。話を合わせたってことは、角名くんはこのことに気付いていたんだろう。

「私、鈍感ってわけじゃないんだけど……」

こんなのもう「好き」って言われてるようなものだと思う。ここまで言われて首を傾げられる程純粋無垢な女ではない。

「絶対、護るんで」
「!」

侑くんの方はもう覚悟は決まっているみたいだ。真剣な表情で真っすぐ見られて茶化すことなんて出来なかった。一方の私は明らかな準備不足ですぐに答えを出すことはできそうもなかった。
若い頃は「好き」という感情だけで何も気にせずに付き合うってことが出来たけど、歳を重ねると恋愛に対してより多くの条件を考えてしまうようになる。
スポーツ選手と恋人になる覚悟が今の私にはない。こちらの勝手な都合で申し訳ないけど将来を視野に入れて考えるとなると尚更だ。こんなことを考えてしまっていること自体が侑くんに対して申し訳ないと思う。

「俺やったら……みょうじさんが会いたい時傍におれます」
「……」

誰と比較して、なんてことは聞かなくてもわかる。それを言われた時に胸が苦しくなった。

「あー……すんません、こんな言い方するつもりなくて……」
「……」
「品定めしてくれてええんで、またふたりで会うてくれませんか」
「……うん」

ここまで言ってもらって、侑くんの想いから逃げるわけにはいかない。私は向き合う覚悟を決めた。



( 2019.8-12 )
( 2022.8 修正 )

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