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04


 
「本当にいいんですか?」
「……うん、いいの」

結局あれからみょうじさんと北さんは接触していない。連絡を取ろうと思えばすぐ取れるのにみょうじさんは頑なにそれをしようとしなかった。
今日の夕方、北さんは東京出張を終えて兵庫に帰ってしまう。会おうと思えば会えるのに、何をそんな意地になってるんだろう。

「会ったところで信介くんは兵庫で生活してるわけだし……」
「……」

確かに東京と兵庫は近い距離ではない。会って不完全燃焼で悶々と過ごすくらいなら会わない方がいいってことだろうか。

「いいの。元気な姿を見られただけで充分」
「……」
「世話焼いてくれてありがとね」

大人の笑顔を向けられて何も言えなくなる。そういうもんなんだろうか。元気でいてくれればいい……北さんも同じようなことを言っていた。

『そうか……もしかしてと思たけど、なまえちゃんやったんやなぁ』
『連絡先教えましょうか?』
『……いや、ええわ。今更何話してええかわからんし……俺の顔見て逃げたいうことは向こうもそう思ってんやろ』
『……』
『元気な姿見られただけで充分や』

みょうじさんも北さんも、同じような表情で同じようなことを言っていた。双方からそんな優しい表情を見せられるこっちの身にもなってほしい。もどかしくてしょうがないんですけど。


***(北視点)


小学3年に進級してから、なまえちゃんはどことなく落ち込んでいることが多くなった。聞いてみるといじめられてるとかではなくて、両親が喧嘩することが増えたんだと悲しそうに教えてくれた。なまえちゃんの悲しむ顔は見たくないけど、小3のよそ者の俺にはどうすることも出来なかった。

「これやる」
「!」

少しでもなまえちゃんが笑ってくれたらと思ってプレゼントを用意した。プレゼントと言っても小3であげられる物なんてたかが知れていて、ただの折り紙で折ったチューリップや。

「最初はカブトムシ折ってたんやけどな、ばあちゃんが女の子にあげるんやったらお花がええって言うから」
「……うん、チューリップ可愛い。ありがとう信介くん」
「うん」

折り紙を受け取ったなまえちゃんはにっこりと笑ってくれた。好きな女の子を笑顔にできることがこんなにも嬉しいことだと知ったのはこの時だった。

その次の週、俺は風邪を引いて神社に行けなかった。当時携帯電話なんて持ってなかったから待ちぼうけさせてしまったと思う。申し訳ない気持ちでいっぱいになって翌週神社に向かうと、なまえちゃんの姿はなくていつも座っていた場所に手紙が置いてあった。手紙には親の離婚が決まって、急に東京に戻ることになったということが書かれていた。

「なんやねん……」

いくら駄々をこねても変わらない事実にショックを受けた。何もできない自分の無力さが恨めしかった。もっといっぱいなまえちゃんと一緒にいたかった。遠くに行ってしまう前に、気持ちを伝えたかった。
手紙の最後に控えめに書かれた「だいすき」の文字と、クワガタの折り紙を大人になった今でも大切にしてると知ったらなまえちゃんはどう思うんやろか。その答えはわからないままでいい。今なまえちゃんが元気でいることがわかっただけで充分や。


***(夢主視点)
 

「えええ北さんが初恋の人なんすか!?」

後日、改めて角名くんが侑くんと飲む機会を設けてくれた。侑くんとは同級生だって言ってたからもちろん侑くんも信介くんのことは知っていて、話題は信介くんのことで持ち切りになってしまった。

「何で? みょうじさん東京出身ですよね?」
「5歳から小3までは兵庫にいたんだ」
「へー! なら感動の再会やったんすね!」
「……」
「え?」
「逃げたんですよね」
「はあ!? なんでやねん!!」

再会というか、顔を見ることができただけだった。言葉を交わしたわけじゃない。逃げただなんて人聞きが悪いと思ったものの否定はできなかった。侑くんにも強く突っ込まれて何も言えない。

「初恋やったわーって気軽に話せばええと思いますけど」
「うん……でもさあ……」
「え、もしかして告ってんすか?」
「……」

直接気持ちを伝えたわけじゃない。果たして告白にカウントされるのかも怪しいところだけど、最後に残した手紙に精一杯の勇気を振り絞って「だいすき」という文字を書いたのは憶えている。

「引っ越す時に手紙をね、書いたんだけど……」
「おおーー!」
「いやでも読んだかどうかは……あ、折り紙持ってたなら読んだのか……あああ恥ずかしい……!」
「告ったんすね!」

手渡すことができなかったからあの手紙が信介くんが読んだかはわからないと思ったけど、折り紙を持っていたってことは封筒を開いたってことだ。それがわかってしまった今、尚更信介くんと面と向かって喋ることなんてできない。

「北さんの連絡先教えましょか?」
「いい! いいの、本当に!」
「何でっすか!初恋の人と再会とかドラマみたいでええやん!」
「だって……好きになったらどうすんの……!」
「え、もう好きやん」
「!!」

侑くんに平然と言われてハッとした。反射的に出てきそうになった否定の言葉は飲み込むしかなかった。こんなに信介くんのことばかり考えていて、好きじゃないなんてどの口が言えるだろうか。会って好きになってしまったところで東京と兵庫の距離は変わらない……そう思って自分の気持ちを制御してたのに、もう手遅れだったらしい。

「みょうじさん今、めちゃくちゃ恋する乙女の顔してますよ」
「!」
「かわええ〜。写真撮って北さんに送りたいわー」
「やめて。怒るよ」
「今のみょうじさんに言われても怖ないっす」

こんな腑抜けた姿、後輩に見せたくない。いつもみたいにシャキっとしたいのにどうしてもスイッチを切り替えることができなかった。全部、アルコールのせいだ。


***
 

あれから信介くんとは一切会ってないし連絡も取っていない。そりゃそうだ、信介くんは出張を終えて兵庫に帰ったんだし連絡先を知らないわけなんだし。
別に後悔してるわけじゃない。連絡先を教えて貰ったところでどうせ連絡できないだろうし、連絡したところで気軽に会える距離じゃないし。自分の選択は間違ってなかったと思う。それでも2週間経った今でもふと気が付くと信介くんのことを考えていて、自分の女々しさが嫌になる。

「みょうじさん、侑からまたチケット貰ったんですけど行きます?」
「……じゃあ行こうかな」

暇な時間が多いと考え込んでしまう。こんな時は何かに熱中するのがいい。バレー経験者といっても大したものじゃないけどこの前見せてもらったプロの試合はとても面白かった。きっと侑くんも角名くんも気を遣って誘ってくれてるんだろう。厚意はありがたく頂戴しよう。


***


「!!」
「なまえちゃん……?」

そして試合観戦の日、角名くんが遅れるということで一人で会場に到着すると私の席の隣に信介くんが座っていた。
17年ぶりに信介くんに名前を呼ばれて動けなくなった。声も見た目も大人っぽくなった信介くんは想像していたよりもずっと素敵だった。

「……久しぶりやなぁ」
「久し、ぶり……」
「席ここ? 座りや」
「うん……」

これは……侑くんに謀られた。この辺の席は選手の関係者が座る場所。信介くんがここに座ってるってことは侑くんに誘われたってことだ。意図的に私と信介くんが隣になるようにチケットを渡したんだろう。となるとおそらく角名くんも共犯に違いない。チラッと周囲を確認したら上の席の方に角名くんがいて、目が合うとニヤリと笑われた。仕事で遅れるっているのは嘘だったわけね。

「角名と同じ会社なんやってな」
「うん。信介くんは角名くんと同じ高校だったんだよね」
「うん。世間は狭いなぁ」
「ね」

心臓がバクバクと煩くて、自分がどんな声色だったのかわからない。せめて声が震えてしまわないようにと、日頃使わない腹筋に力を入れた。

「この前俺の顔見て逃げたやろ」
「! き、気付いてたの?」
「うん」

先日角名くんと飲んだ帰りに信介くんらしき人を見かけて思わず逃げてしまった。目が合ったとは思ったけど、私が17年前に神社で会っていた女の子だなんてわかるわけないと思ってた。

「ごめん、なんか……どうしたらいいか、わからなくて……」
「はは、わかるわ。17年ぶりやもんなぁ」

意識しまくって信介くんとうまく会話できない。引っ込み思案でネガティブだった昔とは違うのに……成長してないと思われてしまう。このオドオドした姿を角名くんが後ろから見てると思うとそれも恥ずかしい。

「……やっぱこの歳でちゃん付けって照れるわ。呼び捨てでもええ?」
「え、うん、いいよ」
「ありがとう。俺のことも呼び捨てしてええから」
「それは……や、やめとく」
「……無理にとは言わんけど」

会話するだけでこんなにドキドキしてるのに、呼び捨てで呼ぶなんてとてもじゃないけどできなかった。せっかく招待してもらったというのに、結局私は全然試合に集中できなかった。



( 2019.8-12 )
( 2022.8 修正 )

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