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- ナノ -

03


 
「北さんちわ」
「よう。仕事中か?」
「外回りで、会社戻る前に休憩してこうかと思ってました」
「時間あるならコーヒーでも飲むか?」
「はい」

先日同窓会で会うたばかりの角名と街中で偶然会った。角名は東京の会社で営業をやってるって言っとった。俺も営業だからわかるけど大変な仕事や。休憩すんならと近場のコーヒーショップに誘った。

「……財布の中に折り紙入れてるんですか?」
「ん? ああ……」

会計を済ませた後に聞かれた。ずっと入れっぱなしにしてたものだから、一瞬何のことかわからなかった。千円札の手前に水色の折り紙があったらそりゃ目立つよな。

「昔貰った物で、捨てられんくてな」
「……好きな人ですか?」
「はは、せやな。言うても小学生の時やけど」

小学生の時に女の子から貰った折り紙を今でも大切に財布の中に入れてるなんて、きもいと思われてまうかもなぁ。もう20年くらい前になるんか。久しぶりに手に取ったそれはだいぶ色褪せてくたくたになってしまっていた。

「……その人の名前、憶えてます?」
「うん。なまえちゃんいうてな、東京から来た女の子やった」
「!」


***


小学生の時に神社で会った東京から来た女の子。名前は今でも覚えとる、なまえちゃんや。子供の頃の俺はそこそこ好奇心が強い子供で、神社の社の裏で座り込む知らない女の子が気になって声をかけた。
なまえちゃんは最初元気がない様子で人見知りもあってかなかなか口をきいてくれなかった。クラスの連中に東京の言葉をからかわれるんだって悲しそうに教えてくれた。そんなん気にしなくてええのに。そうやってからかうのは小学生によくありがちな好意の裏返しや。興味のない奴にはわざわざそんなこと言ったりしない。
そのうち約束をしたわけでもなく毎週木曜日はなまえちゃんと神社で一緒に過ごすようになって、だんだんといろんなことを話してくれるようになって嬉しかったのを憶えとる。

「信介くんありがとう」
「?」
「信介くんのおかげで、クラスのみんなとしゃべれるようになってきた」
「友達できた?」
「うん」
「……そっか、よかったなぁ」

はにかんでお礼を言われてかわええなあと思ったと同時に、俺はなまえちゃんのことが好きなんやと小学生ながらにはっきりと自覚した。正直俺以外の奴と仲良くされるのは複雑やったけど、なまえちゃんが笑顔でいられるのならそれでええと思えた。


***(角名視点)


なんてことだ。
北さんとみょうじさんが知り合いかもしれない。財布の中に折り紙入れるといいことがあるなんて聞いたことがないし、何より北さんはしっかり名前を憶えていて「なまえちゃん」って言ってた。
でもまだわからない。みょうじさんは東京出身のはずだ。小さい頃に兵庫にいたとかじゃなければ北さんとみょうじさんが出会うことはない。早まってはいけないと思ってその場では北さんに言えなかった。
帰社してから、俺の頭はそのことでいっぱいだった。みょうじさんの姿を視界に捉えてすぐに駆け寄った。

「みょうじさん、財布の中に入れてた折り紙をくれた人の名前って憶えてます?」
「え……どうしたの急に」

前置きもなしに聞いてみたら怪訝な顔をされた。当然の反応だ。でも今はいろいろ説明してる暇さえ惜しい。早く事実を確認したかった。

「前に小学生以来ときめいてないって言ってましたよね。それって折り紙をくれた相手なんじゃないですか?」
「! な、何なの角名くん怖いんだけど……」
「北信介って名前じゃないですか?」
「!!」

北さんの名前を聞くとみょうじさんの目が大きく見開かれた。この反応は当たりだな。

「名字は知らないけど……信介くん、だった……」
「多分その人、俺の高校の先輩です」
「え……え!?」

みょうじさんの取り乱す姿なんて見たことがないからこうやって狼狽える反応は新鮮で面白い。そういう俺もこの奇跡的な事実に久しぶりに興奮している。

「今ちょうど出張でこっちに来てますよ」
「え!? ちょ、ちょっと待って角名くん……!」
「連絡取りましょうか?」
「いや、あの……その話、アルコール入れないと無理……!」
「フフ……じゃあ今日飲みに行きましょう」


***(夢主視点)


信介くんと出会ってから2年が経って、一緒に遊ぶ友達ができても毎週木曜日は必ず神社に足を運んだ。その理由は単純なもので、ただただ信介くんに会いたかったから……信介くんのことが好きだったからだ。

「最近元気ないやんか」
「うん……」
「いじめられとんの?」
「ううん」

2年も顔を合わせているからか、信介くんは私の変化にすぐに気付いてくれた。元々信介くんの洞察力が高いっていうのもあるんだろう。

「最近、お父さんとお母さんよくケンカしてる……」
「……」

私が小学校3年生に上がった頃から、両親の仲がうまくいっていないということは子どもながらに感じ取っていた。当時は理由がよくわかっていなかったけど、多分私の進路や教育のことで意見が分かれたことが原因だったんだと思う。私の母親は少し度が過ぎて教育熱心なところがあった。幼い子供にとって両親の喧嘩というのはかなりショックなもので、あの時の不安な気持ちは今でも憶えている。

「昨日『リコンだ』って叫んでて、怖かった……」
「……」

そんなこと信介くんに言ってもしょうがないのに、当時の私には他に縋る相手がいなかった。信介くんは何も言わずに私の頭を撫でて隣にいてくれた。その信介くんの小さな手にどれだけ救われただろうか。
その後両親の離婚が決まり、私は父親と一緒に東京に帰ることになった。信介くんとは直接挨拶できないまま引越してしまい、最後に信介くんの顔を見られなかったことがずっと心残りだった。それから17年が過ぎて、何回か恋愛もしてきたけど頭のどこかにずっと信介くんという男の子がいた。
そんな男の子に今更会えるなんて……心の準備が出来ていない。


***(角名視点)
 

北さんとみょうじさんが知り合いだった。しかもただの知り合いじゃなくてお互いに初恋の相手とかどんなドラマだよ。
みょうじさんからおおまかな経緯は聞いた。幼少期の4年間、みょうじさんは兵庫で過ごしたらしくその時に北さんに会ったらしい。

「無理……今更会えない……」
「何でですか。好きなんでしょ?」
「そりゃ当時は好きだったけどさあ……今は綺麗な思い出として胸にしまってたのに……そんな、いきなり会えるなんて……」

アルコールが入ったみょうじさんは普段のシャキっとした姿からは想像できない程ふにゃふにゃになってしまった。初恋の人が会える距離にいるんだから会えばいいのに。意外とうじうじするタイプなんだな。

「北さんも折り紙持ってましたよ」
「!?」
「みょうじさんがあげたんでしょう?」
「……うん」

北さんも同様に10年以上前に貰った折り紙を持っていたと知ると、みょうじさんは嬉しそうに頬を染めた。可愛い反応に正直グッときた。いいギャップだ。

「会ったら絶対好きになる……」
「いいじゃないですか。潤いますね」
「……生おかわり」

その反応はもう好きなのでは。そう思ったけど言わないでおいた。


***


「本当に一人で帰れます?送りますよ。あ、下心は全く無いんで」
「うん大丈夫。ちょっと一人で石蹴って帰りたい気分なんだ」
「……転んで怪我しないでくださいね。労災出ませんよ」
「はいはい」

半ばやけくそに酒を飲んだみょうじさんは見るからに酔っ払っている。呂律もまわってるし視線もはっきりしてるから泥酔って程じゃないんだろうけど、普段と比べたらだいぶ頼りない。いつもはそこそこにセーブしてるみょうじさんが余分にアルコールを入れてしまう程、北さんが近くにいるという事実は衝撃だったんだろう。

「っ、じゃ、じゃあ!」
「あ、はい気を付けて」

写真を撮っておこうか考えていたら急にみょうじさんはこの場を去ってしまった。弱味を握ってやろうとした俺の魂胆に気づいたのかと思ったけど違った。

「よう会うなぁ」
「……どうも」

みょうじさんが去り際に見ていたであろう方向に北さんの姿があった。なるほど……逃げたな。

「一緒におったのは彼女か?」
「いえ、会社の先輩です」

北さんの方もしっかりみょうじさんの姿は認識していたみたいだ。ということは、目が合ったのかもしれない。

「みょうじなまえさん……北さんの初恋の人だと思います」
「!」

恋のキューピッドなんて柄じゃないけど……ふたりがうまくいけばいいと思った。



( 2019.8-12 )
( 2022.8 修正 )

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