02
「みょうじさん、お土産ありがとうございました」
「いいえ。ねだられちゃったからね」
「隣いいですか?」
「どうぞ」
社員食堂で一人でご飯を食べていると角名くんに声をかけられた。大阪土産は今日朝礼が終わってすぐに営業部に置いてきた。角名くんはもう外回りに出てたから直接は渡せなかったけど、ちゃんと手元に渡ったみたいだ。
「……ちょっとすみません」
隣の席に腰を下ろす前に角名くんの電話が鳴った。得意先からだろうか。営業さんは大変だな。
「ああ、今週の土曜日だっけ?忘れてた」
席は立ったものの近くにいるから会話は筒抜けだ。くだけた口調だから得意先ではないみたい。後輩のフランクな口調はなかなか聞くことがないから新鮮だ。
「あーはいはい行くよ」
彼女と週末デートの約束してるんだろうか。角名くんも淡泊そうに見えてちゃんと恋愛はしてるんだな。
***(角名視点)
「彼女?」
「いえ、ゴリゴリの男っすね」
「なーんだ」
侑からの電話の内容は今週土曜の試合に必ず来いという念押しだった。前回すっぽかしたのを根に持ってるらしい。
そういえばこの前侑が安全な女子紹介しろってうるさかったな。「安全な」って何だよって感じだけど、この前いい感じになった女の子はお金遣いが荒かったと言っていた。いい歳なんだからもう少し人を見る目を養った方がいいと思う。
「みょうじさんバレー興味ありますか?」
「え? 一応、中学はバレー部だったけど何で?」
「バレーの試合観に行きませんか?」
ふと、みょうじさんと侑を会わせてみようかなと思った。バレー経験者なら話が早い。
「……デートのお誘い?」
「すみません違います」
「わかってるよ」
小学生以来ときめいていないと言ったみょうじさんにとっても悪い話じゃないはずだ。一応侑はイケメンバレーボーラーで通ってるわけだし。性格は悪いけど、みょうじさんならうまく扱えそうだ。
「俺の同級生がバレー選手で、今度こっちで試合やるみたいなんですよ」
「へー。私も行っていいの?」
「はい。見た目はいい男ですよ」
「あはは、干物女の世話焼いてくれんの?」
「そうですね、潤って頂ければ幸いです」
「生意気な後輩め」
万が一に侑とみょうじさんがうまくいくんだったらそれはそれで面白い。
***
後日、みょうじさんと侑を会わせてみたらなかなかに意気投合した様子だった。みょうじさんは侑の関西特有のノリにも難なく合わせていて、改めてコミュニケーション能力の高さを思い知った。
「どう? みょうじさん」
稲荷崎の同窓会で侑に聞いてみた。そこまで期待はしていないものの、一応そういうつもりでふたりを会わせたわけだから侑がみょうじさんをどう思ったのかは気になる。
「んー? ええ先輩やん。彼氏おらんの?」
「いないみたいだよ」
「あの人隙無さそうやもんなー。彼女にしたいタイプとは違うわ」
確かに侑の言うことはわかる。みょうじさんは普通に綺麗な人だしコミュニケーション能力も問題ないと思う。会社の先輩としてはとてもいい人だけど彼女としては……悪い言い方をすれば可愛げがない。男からしたらもっと隙がある方がとっつきやすいだろう。
「けど、ああいう人が恋したらどんななんねやろな」
「……」
その言葉にも共感できた。俺が普段見ているみょうじさんは会社での一面でしかない。プライベートでは多少気を抜いてるところはあるんだろう。もし仮にみょうじさんに好きな人ができて、その人の前で赤面したりもじもじしたりするんだったら……うん、いいギャップだ。
「遅れてすまん」
「北さんちわ!」
「……久しぶりやな」
「うぃっす!」
北さんが遅れて合流したことによってみょうじさんの話題は終わった。北さんは地元兵庫の商社で営業をやっていて、今日から東京出張ということで顔を出してくれた。
北さんの登場によって背筋を伸ばす双子と銀は、まだまだ学生の時の癖が抜けないようだ。写真撮っとこ。
***
「ごちそうさまです!」
「おう」
同窓会は22時くらいにお開きとなり、先輩達が奢ると言ってくれたから素直に甘えることにした。
「侑稼いでんじゃないの?」
「プロ言うても普段は会社員やからなー。お前らとそんな変わらんで、マジで」
「ふーん」
帰り支度をしながらふと、お金の計算をする北さんの財布の中がチラっと見えた。お札とは違う水色の紙のようなもの……多分、折り紙だ。財布に折り紙を入れてる人を見るのは2回目だ。
「……財布に折り紙入れるおまじないとかあんの?」
「は? 知らんけど」
あったとしても北さんがやるとは思えない。みょうじさんは親戚の子から貰ったと言っていたけど、北さんが財布に折り紙を入れる理由は何だろう。
***(夢主視点)
「あ、おった」
「……」
神社で会った男の子は1週間後にまたやってきた。
「毎日来とんの?」
「……」
話しかけてくれるのは嬉しかったけど、私はなかなか返事をする勇気を持てなかった。クラスの子達みたいに私が喋る言葉を馬鹿にされるんじゃないかと思って怖かった。
「しゃべられへんの?」
「……」
それでも男の子は喋らない私に話しかけ続けてくれた。からかってやろうとかそういう雰囲気はなくて、ただ単に気になってるっていう感じだった。
「私がしゃべると、みんな笑うから……」
「……よそから来たん?」
「……」
やっぱり一言喋っただけで私の言葉は違和感があるらしい。小さい頃の私はそれが恥ずかしいことだと思い込んでしまっていた。
「どこから来たん?」
「東京……」
「都会やなぁ」
男の子は私がよそ者だとわかっても態度を変えることはなかった。
「都会やから、みんなひがんでんねん」
「ひが……?」
「ヤキモチやいとるってこと」
男の子の名前は信介くん。私と同い年で、毎週木曜日の習い事の帰りにこの神社に寄っているんだと教えてくれた。
「胸張って堂々としてたらええ」
「……うん」
それから毎週木曜日は神社で信介くんとお話するようになった。信介くんのおかげで、少しずつだけどクラスの子達とも喋れるようになってきた。
「あ、猫や」
「うん……たまにね、あそこでおひるねしてる」
「ぽかぽかしてきもちええやろなぁ」
「そうだね」
信介くんは不思議な男の子だった。同い年なのにやけに大人びていて難しい言葉も知っているものだから、もしかしたらこの神社に住む神様なのかもしれないと思ったこともあった。けど幼い頃の私にとっては信介くんが人間だろうが神様だろうがどっちでも良くて、ただただ毎週木曜日のこの時間を大切にしていた。もしかしたら本当に神様だったのかもしれない……そうだとしても私の大事な思い出には変わりなかった。
信介くんから貰った折り紙を眺めて、大事に財布の中にしまった。
( 2019.8-12 )
( 2022.8 修正 )
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