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01


 
小さい頃に両親が離婚して、父親と東京の地で暮らしてもう10年以上が経つ。25歳になった私は自宅から通える都内の工業メーカーに就職し、人事部で働いている。

「主任おめでとうございまーす」
「……棒読みありがとう」

先輩が寿退社したことによって、3年間それなりに真面目に勤務してきた私が主任という役職に繰り上がった。特別出世欲は無かったけれどお給料が上がることはありがたいので慎んで引き受けた。しばらく私が寿退社する予定は無いし。ストレスと出張が増えるのは臨むところだ。

「今日はいくらでも飲んでいいからね!」
「うん、とりあえず生で」
「さすがっすみょうじさん!」

上司主催の祝賀会を終えた後、上司には帰ると告げて同僚主催の飲み会に参加した。同期が2人と後輩が2人。このくらいの人数が私には心地良い。この場では周りの人のお酒のペースだとか言葉遣いだとかを気にしなくていいから本当に楽だ。

「また寿退社が遠のきましたなあ」
「そもそも兆しすらなかったから大丈夫」
「それね。何でなまえって彼氏できないんだろ」
「近寄りがたいんじゃないんですか?」
「あー……」
「その目やめて」

別に恋人が欲しいとは取り急ぎ思ってないけど、結婚は親のためにいつかはしなきゃと思っている。そうこうしていたら20代後半に足を突っ込んでいてそろそろ本気で考えなきゃなあとは思いつつも、特に変わりばえのしない日々を送っていた。
とっつきにくいっていうのは自覚している。元々そこまでコミュケーションは得意ではないし友達も少ない。それにしても先輩に対して「近寄りがたい」とキッパリ言い切った角名くんはなかなかいい性格をしている。

「みょうじさんって異性にときめいたりしたことあります?」
「……」
「え、嘘でしょなまえ」
「いや、あるよ、ある。今遡ってるから……」

今まで男の人と付き合ったことはある。最後に彼氏がいたのは4年前……大学の先輩だったな。社会人になって浮気されて逆ギレされて別れたんだった。記憶が薄れてるのもあって、その人に対してときめいた記憶は残っていない。

「小学校……」
「いやいやいや!!」
「流石にそれは引く!!」
「えー……」

順々に遡っていった時、一人の男の子に辿り着いた。名前と顔しか知らない男の子。けれど今でもその子と過ごした時間は鮮明に覚えてる。幼いながらにその子に対して抱いた感情は確かに恋心だったと思う。思い返してみてもその時以上にドキドキしたことは無かった。

「その時の人が良い男過ぎたのかなー」
「小学生相手に何を」
「なまえにはリハビリが必要だ……よし合コンやろう」
「人を病人みたいに言わないでよ」

私が真剣に考えて出した答えは適当に流されて、合コンの段取りが組まれてしまった。


***(角名視点)


「合コンどうでした?」
「……ご想像にお任せします」

ということは大した進捗はなかったんだろう。
一つ上の職場の先輩、みょうじさんは俺達後輩の間でクールな姉御肌というイメージが定着している。最初こそ近寄りがたい印象があったけど、実際に接してみれば面倒見が良くて話しやすい先輩だった。

「今日は早いんですね」
「うん。明日から大阪なんだよね」
「……お土産楽しみにしてます」
「角名くんは安定してるよね」

今日はやけに帰りが早いと思ったら明日から出張らしい。主任という役職に上がって一気に出張が増えたと、みょうじさんはため息交じりに愚痴を零した。それでも上司には嫌な顔を見せず最低限のことはこなすから偉いと思う。

「角名くんは?残業?」
「いえ、これから得意先と打ち合わせです」
「こんな時間に?」
「呼ばれたんでしょうがないっすね」

そういう俺もこれから残業だ。先月から引き継いだ得意先との打ち合わせは毎回遅い時間を指定される。

「偉い偉い。頑張る角名くんに缶コーヒーを奢ってあげよう」
「あざーす」
「私のオススメでいい?にがーいやつ」
「はい」

ここは後輩として素直に奢ってもらおう。大人しく自販機の前で待っていると、みょうじさんが財布からお札を出した拍子に何かが落ちたのが見えた。ひらひらと色のついた紙が舞う。レシートではなさそうだ。

「みょうじさん、落ちましたよ」
「!」

落とし物を指摘すると、いつも落ち着いてるみょうじさんがわかりやすく焦った表情を見せた。そういう反応をされると気になってしまう。みょうじさんより先にそれを拾い上げると、チューリップの形を模したピンク色の折り紙だった。

「折り紙……?」
「……うん。親戚の子がね、作ってくれたの」

正直その説明は少し無理があると思った。折り紙はくたくたになっていて随分昔のものであることが窺える。つい最近作られた感じはしなかった。
折り紙に向けられたみょうじさんの視線も昔を懐かしむような柔らかいものだった。きっとみょうじさんにとって大切なものなんだろう。
しかしこれ以上深く追求できる程俺とみょうじさんの距離は近くない。この疑問はしばらく俺の中に残って消えなかった。


***(夢主視点)

 
うちの会社は東京が本社で、全国10か所に支店を置いている。人事部として採用を担当している私は就活シーズンになると企業説明会のための各地を飛び回る。無事新入社員を獲得したら彼らの研修をサポートするのも私の仕事だ。
今日から3日間、新入社員研修を行うため大阪にやってきた。駅を歩いているとあちこちから関西弁が耳に入ってきて懐かしい気分になる。というのも、私は幼少期5年間だけ親の転勤の関係で兵庫県で過ごしていた。

5歳の時に東京から兵庫に引っ越して、小学生に上がった私は関西の土地に馴染めないでいた。同じクラスの子達は私が喋る言葉のイントネーションが違うとからかってきて、引っ込み思案だった私は何も言い返せずただただ下を向いていた。大人になった今だからわかるけど、あの時強気に一言二言言い返せていたならもっと早く仲良くなれてたんだと思う。
駄菓子屋さんや公園に一緒に行く友達もいなくて、毎日私は一人で帰っていた。かと言って家にも帰りたくなかった。学校に馴染めてないことが親にバレるのが恥ずかしかったんだ。
時間を潰すために私は帰宅途中にある小さな神社に寄っていた。社の裏側の目立たないところに座って本を読んだり、たまにやってくる猫を遠目に観察したりして過ごしていた。

「ビックリした」
「!」

いつものように座って本を読んでいたら、同じ歳くらいの男の子が急に視界に入ってきた。びっくりしたって言われたけど絶対私の方がびっくりしたと思う。

「何しとんの?迷子?」
「……」

見知らぬ男の子は初対面の私に対して物怖じせずに話しかけてきた。一方で人見知りの私は声が出なくて、首を横に振ることしかできなかった。

神社で出会った男の子。この折り紙をくれた男の子が、私の初恋の人。彼はいったい今何をしてるんだろう。別に今更会えるなんて思ってないけど、元気でいてくれたらいいなと思った。



( 2019.8-12 )
( 2022.8 修正 )

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