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11


 
あれから何回か侑くんからのお誘いはあったけれど、仕事や用事を理由に全て断ってきた。冷たいと思われていい。中途半端に優しくして変に期待させてしまったらそれこそ侑くんに申し訳ない。
先週から侑くんは海外遠征に行っているらしくてパッタリと連絡がなくなった。そのおかげで信介くんのことを落ち着いて考えられる。私は信介くんが好きだ。侑くんを突き放したからには、前に進まないといけない。

"今週の土曜日空いてる?"

意を決して私からデートの誘いの連絡を入れてみた。絵文字やスタンプを使うべきかと色々悩んだけど結局はシンプルな文面になってしまった。愛想無く見えちゃうかな……いや、信介くんはそういうタイプじゃないはずだ。

"空いてる。俺も誘おうと思ってた。動物園行かへん?"

信介くんもお昼休みなのか、すぐに返事がきた。食事にでも行けたらと思ってたのにまさかのがっつりデートの提案を受けて舞い上がってしまった。嬉しい。今の信介くんのことをもっと知りたい。そして信介くんにもっと今の私を知ってもらいたい。


***


「お、お待たせ!」
「おん」

あっという間に土曜日になった。信介くんとのデートが決まってから、そわそわと落ち着かない気持ちはありつつもいつも以上に仕事に打ち込むことができた。週末に楽しみがあるって大事なことだ。
待ち合わせは13時。あまり早く来すぎて気合入れすぎだと思われたら嫌だから5分前くらいに到着するように来た結果、信介くんを待たせてしまっていた。

「ごめん、待たせちゃったね」
「ううん、俺が早く来すぎてん。気にせんでええよ」

信介くんの優しい言葉に早速きゅんとさせられた。ものの1分もしない内にこんなドキドキして、今日一日耐えられるんだろうか。明るい場所での私服姿は新鮮だ。かっこいいな。

「……楽しみで早く来てまったわ」
「パ、パンダ生まれたもんね!」

更に追い打ちをかけられてつい照れ隠しをしてしまった。私も楽しみで前日寝られなかったとは言えるわけがなかった。


***


信介くんの隣で終始ドキドキしていたものの、動物園に入ると可愛い動物達に心を掴まれ大分自然体を取り戻せてきた気がする。
信介くんはあまり表情を大きく動かすタイプではないけれど、動物の写真を撮ったり触れ合いイベントに積極的に参加したりとしっかり満喫しているみたい。可愛い。

「ちょ、ちょっと待って怖い!」
「何で? かわええやん」

信介くんの提案でキリンのエサ遣り体験することになった。間近で見るキリンの顔はなかなか迫力があって私は信介くんみたいに近づけないでいた。

「大丈夫やって、ほら」
「!」

呆れたように笑った信介くんは私の手を優しく引っ張った。そのドキドキに気をとられてるうちに持ってたエサはペロリと食べられてしまった。

「……な?」
「う、うん……」

無事にエサ遣りが終わった後も信介くんは私の手を離さなかった。というか、しっかり掌を握り直してきた。今手を繋ぐ理由を挙げるとしたら、触れていたいからだ。

「次あっちやな」
「……うん」

お互いにそのことには触れずに順路に従って歩き出す。私も信介くんの大きくなった掌をやんわりと握り返した。ここから私の気持ちが少しでも伝わればいいのに。


***
 

信介くんとの動物園デートはあっという間に終わってしまった。年甲斐もなくはしゃいでしまった気がする。たくさん笑ったし、信介くんの笑顔もたくさん見ることが出来た。とても幸せな時間だった。

「寄り道してかない……?」
「! うん」

晩御飯におそばを食べて20時。大人が解散するにはまだ早い時間に思えた。まだ信介くんと一緒にいたくて、いつか信介くんが言ってくれた言葉を口にしてみた。

「……」
「……」

この前と同じ公園に立ち寄ってベンチに座ったはいいものの、会話が続かなくてなんともいえない空気が流れる。
別にそういうつもりで誘ったわけじゃない。ただ純粋にもう少し一緒にいたかっただけなのに、なんだか告白でもするかのような雰囲気になってしまって居たたまれない。そりゃあちゃんと気持ちを伝える覚悟ではいるけれど、それは今日じゃないと思っていた。まだ心の準備が足りない。

「……!」

スマホが震えて画面を確認すると侑くんからの着信だった。こんなタイミングで電話してくるなんて見られてるのかと思ってしまう。

「出ないでほしい」
「!」

角度的に信介くんにも画面が見えたのか、スマホを握った腕を掴まれた。信介くんの意外な行動に呆然としていたら少しして着信は鳴り止んだ。

「……ごめん。かっこ悪いな、こんなん」
「ううん……そんなことないよ」

もしかして、嫉妬してくれたんだろうか。こんな反応をされたらどうしても期待してしまう。何事にも動じなさそうな信介くんだから余計に。

「侑の告白は断ったんやろ?」
「……うん」

私が侑くんに告白されたことを信介くんは知っていたようだ。角名くんか……侑くん本人から聞いたんだろう。私の知らないところで信介くんがどんな反応をしたのか、少し気になったけど聞く勇気はなかった。

「……何もされんかった?」
「え……と……」
「……されたんやな」
「違ッ……くは、ない……けど……」

信介くんの全てを見透かしたような目から逃げられない。動揺してしまった時点でもう誤魔化すことは不可能だ。軽蔑、されてしまっただろうか。

「どこまで? キス?」
「あ、侑くんは、悪くなくて……!」
「……俺は付き合うてない人にキスすんのは良くないと思う」

信介くんが言うことは紛れもなく正論だ。付き合ってない人とキスするなんてだらしない女だと思われても仕方がない。自分の甘さが招いてしまったことで、もう取り返しはつかないんだから今更焦ってもどうしようもない。

「……てのは建前で、好きな人に手ェ出されて腹立っとるだけか」
「!?」
「そんなんされてまだ侑のこと庇うとこも腹立つ」

どん底に落ちた気持ちが「好きな人」というフレーズに反応してまた上を向く。
正直、多少は期待していた。久しぶりに会えたことで舞い上がったこともあって、信介くんの行動全てを深読みして自分の都合の良いように解釈していた。私の誘いを断らなかったことや動物園を提案してくれたのも、そういうことなんじゃないかって考えて昨日はあまり眠れなかった。遠足前の子供じゃないんだからと自分でも思った。

「けど、なまえのそういうとこも全部含めて好きや」
「!」

あっちに行ったりこっちに行ったりする私の思考に比べて、信介くんの言葉は真っすぐで力強い。そんな信介くんに私は何度も助けられてきたんだった。

「もちろん17年ずっと想い続けてきたってわけやないけど……再会して、相変わらず優しい女の子で……向こう戻ってもなまえのことばっか考えてた」

私も、信介くんのことだけをずっと想い続けてきたわけじゃない。偶然再会して、運命なのかもとか舞い上がっちゃって、どうこうなれるような環境じゃなかったのに信介くんのことばかり考えてた。

「転勤決めたのやって……もちろんキャリアのこともあるけど、正直なまえの存在が大きいと思う。俺の知らない所で他の男にちょっかい出されたないって思った」

信介くんが私と再会して何を思ってきたか伝えてくれている。私も同じ気持ちだったことを伝えたいのに色んな感情で忙しくて頭の中を整理できない。

「離れてた分も埋め合わすくらい幸せにするから……俺と付き合うてほしい」

私には勿体なさすぎる言葉に涙が出てきそうになった。私だって信介くんに伝えたいことがたくさんある。うまく言えなくてもいいから、少しでも伝えなくちゃ。

「うん……私も、好き。大好き」
「……ありがとう」

やっとのことで出てきたのは大人とは思えない拙い言葉だった。私の感情を吐露しただけの言葉に、信介くんは嬉しそうににっこりと笑ってくれた。

「……」
「えっと……」

しかしすぐに真顔に戻ってじっと見つめられる。反応に困っていると頬に手を添えられて、その意図を察した。もしかしてと思った時にはもう遅くて、私の唇と信介くんの唇が合わさった。
もちろんキスをすること自体は全然いいし嬉しいんだけど、正直意外に思った。信介くんはもっとこう、ゆっくりと順序を踏んでいくタイプだと思っていた。

「……上書き」
「!」
「やっぱ侑にキスされたんは腹立つからな」
「……ふふ」

大胆なことをした後、信介くんは照れくさそうに視線をそらした。自分でもらしからぬ行動だと思ってるいるんだろう。
小さい頃、神社で出会った不思議な男の子と17年後にこうやって唇を合わせているなんて。こんな形で初恋が実った人間が、いったい世界に何人いるだろうか。もしかしたら、あの神社には本当に神様がいて、私達を引き合わせてくれたのかもしれない。
いつかまた、ふたりであの神社の鳥居をくぐりたいな。そんなことを思いながら信介くんの照れ顔を目に収めた。



( 2019.8-12 )
( 2022.8 修正 )

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