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09


 
「……!」

同僚との飲み会の帰り道、近道で通った公園のベンチに見知った顔が寝転んでいるのを見つけて思わず足を止めた。

「侑くん!?」
「みょうじさん……夢?」
「夢じゃないよ。もー、何やってんの?」
「熱冷ましてん」
「酔っ払ってるね……」

侑くんは目がとろんとしていて気だるそうだ。ここまで酔っ払ってるのを見るのは初めてかもしれない。

「熱冷ますにしても場所考えなよ。ほら起きて!」
「うぃっす」

酔っ払って夜風に当たりたいっていう気持ちはわかるけど、こんな公共の場で無防備に寝てしまうのはよくないと思う。このご時世成人男性と言っても何が起こるかわからないし、更に侑くんは有名人。こんなところをファンや関係者に見られたらイメージダウンしかねない。

「家は近いの?」
「あそこのマンション。送って〜」
「いいけど……自分で歩いてよ」
「ハイ!」

侑くんは酔っ払うとタメ口が増える。送ってと言われて少し迷ったけど、すぐ近くだしこのまま放っておいたらここで朝を迎えてしまいそうだから送ってあげることにした。私が頷くと侑くんは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて勢いよく立ち上がった。

「フッフッフ〜、石蹴りしてきましょ!」
「はいはい」

侑くんはご機嫌にいつぞやの私と同じことを言い出した。これは確かにめんどくさい。今後は飲み過ぎに気をつけようと侑くんを見て反省した。
 
「着いたよ、侑くん」
「んー」

公園から侑くんの家までは10分もしないうちに着いた。エントランスがあるとはなかなかいいとこに住んでるみたいだ。

「部屋1302で暗証番号0511っす」
「……そういうこと簡単に言っちゃだめだからね」
「わかってます〜」

本当にわかってるんだか。こうも無防備にされると怒るに怒れない。今日のところは大目に見てあげようかな。このまま放置したらここで寝ちゃいそうだし。
侑くんが言った通りにボタンを押すとエントランスの扉の鍵が開いた。

「侑くん、もうちょっと気を付けた方がいいよ。侑くんはプロのバレー選手で、たくさん応援してくれる人がいるんだから。このご時世何が起こるかわからないんだからね」
「……」

最後に説教っぽいことを言ってもやっぱり侑くんは無反応だ。しょうがない、また今度酔っ払ってない時に改めて言おう。

「じゃあ私は……ッ!?」

帰ろうとした私の手を侑くんが掴んでエレベーターの中に引き入れた。流石にこの中に入るのはまずい。振り払おうとしても侑くんの力は思っていたよりも強くて逃げることが出来なかった。

「侑くん……!」
「……」

必死に訴えても侑くんは無言のままだ。もしかして怒ってしまったんだろうか。侑くんの表情からは何も読み取れない。今更焦ってもどうしようもなく、無慈悲にもエレベーターはすぐに目的の階へ到着してしまった。

「侑くん、放して……!」
「嫌や。放したら、北さんのとこ行ってまう」
「!」

はっきりとした口調で断られて何も言えなくなってしまった。
自分の軽率な行動を後悔した。侑くんは私が信介くんのことが好きだと承知の上で私のことを好きと言ってくれている。酔っ払っていたとはいえ、家まで送ること自体よくなかった。でも、あんな状態の侑くんを見て見ぬふりなんて出来なかったのも確かだ。

ガチャリ

結局抵抗できないまま、私は簡単に侑くんの部屋の中に入ってしまった。ようやく腕は解放されたけど背中越しに鍵を閉める音が聞こえて青褪める。目の前の侑くんははっきりした視線で私を見ていた。

「そうやって俺のこと心配して叱ってくれるとこも好きです」
「!」
「すんません、ほんまは途中から酔い冷めてました」

はっきりした目線とはっきりした口調にアルコールの影響は感じられない。正気を取り戻したうえでの言動ならば「しょうがない」と笑って見過ごせなくなってしまった。

「俺もみょうじさんのこと思って言わせてもらいますけど……そう簡単に男の家についてったらあかん」
「だって、侑くんが……!」
「うん、強引に連れてきた。それでも嫌やって強く拒むこともできましたよね?」
「……」

反論できなかった。強く拒むことができなかったのは、侑くんとの友人としての関係を壊したくなかったからだ。侑くんの気持ちには応えられないとわかってるのに傷つけたくないと思うのは、無理な話なんだろうか。

「優しいのはわかってます。けど……期待してまう」
「……ごめん、帰るね」

これからはもう侑くんと仲良くすることはできない。会わない方がいいのかもしれない。冷たいと思われるのを覚悟で突き放さなきゃいけない。

「帰さへん……って言ったらどうします?」
「!」

帰ろうとドアに振り返ろうとすると肩を掴まれて強く引き戻された。そして抵抗する隙もなくキスをされる。

「ん……好き……」
「侑くっ、ん……!」
「ん……」

ねっとりと何度も何度もキスされる。優しく触れたり強く押し付けられたり下唇を挟まれたり、色んな角度から攻められて喰べられてるような感覚に体の奥が痺れた。
お互いの唾液で唇がしっとりと濡れてきていやらしい音が玄関に響く。唇から受け止めきれない程の愛情を感じて、このまま流されたらどうなるんだろうとよぎってしまって理性で振り払った。

「ダメ、こんなの……ッ」
「全部俺のせいにしてええから……今だけは、受け入れて」
「!」

侑くんはズルい。泣きそうな顔でそんなこと言われたら強く拒むことなんて出来ない。私が抵抗の力を緩めると、侑くんは悲しそうに笑って深く深くキスをした。


***
 

「……」

10時……寝坊した。休みで特に予定もないんだけど。支障と言えばゴミを出し忘れたことくらいだ。まだ収集車は来てないだろうから間に合うっちゃ間に合うけどそんな気力もない。

「はあ……」

昨日の出来事を自分の中で消化するには一晩じゃ全然足りない。
キス以上のことはなかった。一線は越えていない。一線をどことするかは個人差があるかもしれないけれど。
情熱的なキスをたっぷりした後侑くんは小さな声で謝って、私は逃げるように出て行った。私は信介くんのことが好きなのに、侑くんとのキスを嫌だとは思わなかった。

「……!」

気持ちがぐちゃぐちゃな中、信介くんから連絡がきた。

"明日暇やったら飯行かへん?"

信介くんからのお誘いなんて、昨日の夕方までの私だったら舞い上がって返事をしていただろう。しかし今はとてもそんな気持ちにはなれなかった。侑くんとあれだけ情熱的なキスをした翌日に信介くんの隣に並べるわけがない。

"ごめん、明日は予定あるんだ"

今はもう少し時間が欲しい。私は信介くんの誘いを断って、スマホをベッドの上に放り投げた。今日はもう家事をするのもめんどくさい。お父さんも出張でいないし、コンビニで高いカップラーメンでも買ってこよう。


***


「!」
「よう」

適当なTシャツとジーパンに着替えて最寄りのコンビニへ行くと信介くんがいた。嬉しいけど何でこのタイミングで。すっぴんだし、髪も適当に束ねただけなんですけど。

「寝坊した顔やな」
「え!?」
「俺も寝坊したから飯買いに来てん」
「……うん、寝坊した」

ああ、好きだなあ。
昨日侑くんとキスしておいて、目の前に信介くんが現れたらもうドキドキしてる。なんて自分勝手な女なんだろう。こんなの侑くんに対しても信介くんに対しても失礼だ。

「……何かあったんか?」
「え……」
「泣きそうな顔しとる」
「そ、そんなことないよ」

何で久しぶりに会った私の些細な変化がわかるの。小さい頃だって、元気がない時信介くんはすぐに気付いてくれた。

「……明日無理なら今から飯行かん?」
「む、無理!私すっぴんだし……」
「すっぴんやとあかんの?」

何がいけないんだ、と容赦なく私の顔をジロジロ見てくる信介くんはデリカシーがないのかもしれない。好きな人にすっぴんを見られたくないっていうのはごく普通の乙女心だ。

「準備してくるの待っとるよ」
「ごめん、本当に大丈夫だし信介くんとご飯も行きたいんだけど……私の気持ちの問題というか……」
「……俺のこと嫌いになったんか」
「そんなわけない!けど、今日はちょっと……」

何て説明したら信介くんは納得してくれるんだろう。言い訳が思いつかない。信介くんに誤解されたくないけど、昨日の出来事を話すわけにはいかない。

「みょうじさん!」
「!」
「あ、北さんちわっす」
「おう」

気まずくなった雰囲気に割って入ってくれたのは侑くんだった。質問の答えをうやむやにできたのはよかったものの、侑くんに対してはまた別の気まずさがある。昨日の今日でどんな顔をすればいいのかわからない。

「みょうじさん……昨日はほんますんませんでした」
「!」
「?」

一方で侑くんはどこか吹っ切れたような表情をしていて、私に対して深々と頭を下げた。アルコールが入ってない状態で謝ってくれるのは嬉しけど、信介くんに昨日のことを知られたくない。

「昨日何かあったんか?」
「えっと……」
「酔っ払って外で寝てた俺をみょうじさんが見つけて面倒見てくれたんです」
「……そうか。立場もあるんやから気を付けなあかんぞ」
「はい」

そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、侑くんは詳しいことは言わなかった。私が侑くんとキスしたことを知ったら、信介くんはどう思うだろう。軽蔑、されてしまうだろうか。

「私、帰るね」
「おん、また連絡する」
「うん。侑くんも……また」
「はい!」

これ以上この場に居られなくて、結局私は何も買わないまま家へ戻った。



( 2019.8-12 )
( 2022.8 修正 )

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