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08


 
今日は春高一日目。といってもうちはシードだから試合は明日からで、先程開会式を終えたところだ。今日は各自試合観戦をして15時になったら指定された体育館で軽く調整をすることになっている。

「みょうじさーん!」
「! 宮くん」
「どうもー!」

長身のバレー男子達がたくさんいるロビーで聞き慣れない声に名前を呼ばれて振り向くと、稲荷崎の宮侑くんがニコニコと駆け寄ってきてくれた。インターハイの時に初めて話して今日はまだ二回目なのに、距離感の近さに少し驚いた。つくづく佐久早くんとは真逆のタイプだと思う。

「みょうじさんに渡したいモンあるんです」
「え、何?」
「ハンカチ!この前貸して貰ったやつ、やっぱ洗っても取れんかったんで新しいの受け取ってください」
「え、そんないいのに!」
「ええから!ほい、手ェ出して〜」

確かにインターハイで私は鼻血を出す宮くんにハンカチを貸した。白いハンカチだったし洗っても落ちないだろうとは思っていたから、貸すとは言いつつもあげるつもりで渡していた。新しいのをわざわざ買わせてしまったなんて申し訳ない。受け取れないでいると宮くんに手を掴まれてギュッと握らされてしまった。

「なんか気を遣わせちゃってごめんね」
「そんなんと違います。ピンクにしたんですけど嫌じゃないすか?」
「うん。ありがとう」
「よかった」

きっと女物を選んでくれただろうし受け取らないのも失礼になってしまう気がした。ハンカチの入った袋が私の手に渡ると宮くんは嬉しそうににっこり笑った。その目は私を見ていない気がして少しだけ怖い。

「そろそろ追い払われそうなんで行きます〜」
「? うん」

軽い足取りで歩く宮くんの背中を見送りながらほっと息をついた。愛想は良い感じなのに少し緊張してしまうのは何でなんだろう。

「みょうじさん手出してください」
「え、あの……」

いきなり視界に入ってきた佐久早くんに、手に除菌スプレーをかけられた。前にもこんなことあったなぁと思いながら、されるがままに除菌スプレーを手に馴染ませる。佐久早くんは眉間に皺を寄せて明らかにご機嫌ななめだ。

「あ……頭に糸くずついてるよ」

佐久早くんの黒髪に白い糸くずを見つけて、手を伸ばして途中で引っ込めた。いくら仲良くなれたからと言って調子に乗ったらダメだ。"触らない"と最初に決めたルールは守らなくちゃ。

「耳の上のところ……」
「自分じゃわからないんで取ってください」
「え、でも……」

佐久早くんの意外な申し出に困惑した。他人に髪の毛を触られるなんて嫌なんじゃないのかな。取ってと言われてもなかなか手を伸ばすことができなかった。

「……アイツは大丈夫なのに俺はダメなんすか」
「!」

アイツっていうのは多分宮くんのことだと思う。つまり宮くんに触るのはオッケーなのに何で自分には触らないんだということを言われている。拗ねたような表情を見せて私の目線に頭を下げた佐久早くんにきゅんとした。
牛島くんがお兄ちゃんみたいな存在だとしたら、宮くんは兄弟みたいな存在なんだろうか。宮くんに対しては変な対抗心を持っているように見える。

「取れたよ」
「ありがとうございます」

なるべく佐久早くんの髪に触れないように指の先端で糸くずを掴んで見せると、佐久早くんは満足げな表情を見せてくれた。佐久早くんって、実は単純で可愛い人なのかもしれない。


***


春高全国大会3日目、私達は最後の春高を終えた。
優勝して終わるというのは理想だったけど、高校最後の大会が悔いなく終わるんだったら何でも良かった。今までの結果だってみんなの努力の結果としてついてきたものだ。今日までずっとその努力は変わらず続いていた。それなのに、こんな終わり方をしてしまうなんて。
もちろん怪我のせいで敗けたとは思いたくないし、飯綱くん本人にも思ってほしくない。悔いなく努力してきた人が最後に悔し涙を流す姿を見て私もたまらなく悔しくなった。
先程病院に付き添ったところ幸い今後の選手生命に影響するような怪我ではなかった。飯綱くんはきっとこの先もバレーを続ける。楽しくバレーをする飯綱くんを見るため、私もずっと応援し続けようと決めた。
今日は18時に学校の体育館に集合するまで自由時間となり、飯綱くんは一回帰宅して他のみんなは観戦など思い思いの時間を過ごすことになった。

「……っ」

私はとても試合を観る気にはなれなかった。この空気感に触れているだけで胸の奥がザワザワとした。階段で笑顔や泣き顔の選手達とすれ違う度に涙がこみあげてきてどうしようもない。

「! す、すみませ……!」
「……いえ」

ぐっと涙腺に力を入れて歩いていたら前方への注意が疎かになっていた。ぶつかってしまったのはよりによって佐久早くんだった。佐久早くんの顔を見た途端、今まで我慢していた涙がぶわっと溢れてきた。

「ご、ごめん……!」
「……あっち、ベンチあるんで」

こんな情けない姿見られたくないしめんどくさいって思われる。私と目が合った佐久早くんは少しオロオロした後、立ち去ろうとした私の手を引いた。


***


「……」
「……」

人目につかないベンチに移動し、佐久早くんは特に慰めるわけでもなくただただ泣き止まない私の隣にいてくれた。だいぶ落ち着いてきたけどずっと我慢していたせいか、変わらず涙は溢れてくる。

「何でマネージャーの私がこんな泣いてるんだって思ってるでしょ」
「……いえ」

佐久早くんからしたら選手でもない私が何でこんなに泣くのか理解できないんだろう。否定されたけどあの間は図星の間だ。

「ごめんね。飯綱くんの前ではずっと我慢してたから、なんか爆発しちゃった」
「……俺の前なら泣けるんですね」
「……!」

佐久早くんの優しい声色を聞いて笑ったような雰囲気を感じたけど、見上げた時にはいつもの無表情だった。いったいどんな表情をしていたんだろう。佐久早くんの優しい笑顔を想像したらドキドキした。

「みょうじさん……小学生の頃バレーやってましたか」
「!? え、お、憶えて……!?」

整った顔をぼーっと見てるとまたドキドキさせられた。いや、ドキドキじゃなくてバクバクだ。忘れてると思ってたのに、ここにきて憶えてるなんて私はいったいどうすればいいの。

「今泣き顔見て思い出しました」
「な、何それ……」

どうやらたった今思い出したらしい。そういえばあの時も私は泣いていた。よっぽど印象に強い泣き顔を晒していたのかと改めて恥ずかしくなった。

「あまり憶えてないんですけど……失礼なこととか言ってなかったっすか」
「……鼻水汚いって言われた」
「それは……事実ですよね」
「!」

あ、笑った。鼻水汚いって言われたというのに嫌な気にはならなかった。今も多分鼻水出てるから汚いって思われてるんだろうな。そろそろハンカチもぐちゃぐちゃになってきた。これで拭いても逆効果な気がする。

「どうぞ」
「! い、いいよ、汚いもん」
「あげます」
「あ、宮くんから貰ったハンカチがあるから……」

佐久早くんからハンカチを借りるなんてとんでもない。そういえば宮くんから貰ったハンカチがあるのを思い出して、ジャージのポケットに手を入れた瞬間腕をガシッと掴まれた。

「新品は洗ってから使った方がいいと思います」
「でも……!」

ゴネていたら問答無用でハンカチを目元に押し付けられた。肌触りが柔らかい。質の良い綺麗なハンカチを私の涙で汚してしまって本当に申し訳ないと思うと同時に、不器用で強引な佐久早くんの優しさに自然と頬が緩んだ。

「ありがとう」
「いえ……」
「井闥山に来てくれてありがとう、佐久早くん」
「!」

井闥山に佐久早くんが来てくれてよかった。部活で同じ時間を過ごせて、優しいところをたくさん知れてよかった。

「何すか急に」
「佐久早くんのおかげで楽しい部活でした」
「……やめてください」
「ふふ」

私の高校3年間に悔いは無い。



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