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05


 
昼休みに階段を上がるみょうじさんの後ろ姿を見つけた。上がっていく先の踊り場では男子生徒が3人ふざけていて通りにくそうだ。「邪魔だからどけ」と言えばいいのにみょうじさんは何も言わずその隙間を通り抜けようとした。

「う、わ……!」
「怪我したらどうするんだよ……」
「!」

そんなみょうじさんには気付かず、ふざけた男子生徒の腕がみょうじさんの肩を押した。重心が後ろに傾いたみょうじさんの身体を支える。嫌な予感がして近づいておいてよかった。

「ごっ、ごめんみょうじさん大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ」
「ほんとごめんね!?」
「ううん気にしないで」

非があるのは明らかに向こうなのにみょうじさんは少しも責めようとはしない。怒らないにしても「気にしないで」は言い過ぎだと思う。下手したら転落して怪我をしていたかもしれない。大いに気にするべきだ。自分のことを優先しないみょうじさんの性格は損をすることの方が多いと思う。

「佐久早くんありがとう」
「……本当に大丈夫なんすか」
「……」

俺から離れて一歩踏み出した体勢に違和感を感じた。本当に大丈夫なのか、問い詰めるようにみょうじさんをじとっと見つめたら後ろめたそうに視線を逸らされた。これは大丈夫じゃないやつだ。


***(古森視点)


「何? 佐久早怪我したの?」
「いや、ただ飯綱さんを保健室に連れてこいって連絡があって……」

昼休みに聖臣から連絡がくるなんて何事かと思ったら、飯綱さんを保健室に連れてこいとだけ伝えられて詳細はわからない。普段慎重すぎて肩の調子が悪い気がするとか言い出す奴だけど、主将を呼ぶなんて何か大事なことが起きたのかと流石に心配してしまう。

「い、いいってば! やだ!」
「暴れないでもらえますか」

言われた通りに飯綱さんを連れて保健室の前まで来ると、聖臣の声と一緒にみょうじさんの声が聞こえてきた。

「だって、き、汚いよ……!」
「そうですね」

いったい中で何をしているんだ。みょうじさんのか細い声は簡単に年頃の男子高校生の想像力を掻き立てた。思わずドアにかけた手を止めて飯綱さんと目を合わせる。多分飯綱さんも同じことを考えている。いやいや、常識的に考えてありえないし、聖臣がそんなことするわけない。衛生面的に。

「おーい、入るぞ?いい?大丈夫?」
「どうぞ」

わかってはいるけど万が一にもチームメイトのそういう場面に出くわすのは気まずい。飯綱さんが念入りに声をかけてからドアを開けた。中に入って目に映ったのは椅子に座るみょうじさんと、その足に触れる聖臣だった。

「名字怪我したのか!?」
「飯綱くん……!」

聖臣とふたりきりの空間はよほど緊張していたのか、みょうじさんは飯綱さんを救世主を見るような目で見つめた。

「軽く捻っただけだと思います。飯綱さん診てもらえますか」
「おう」

怪我をしたのはどうやらみょうじさんの方で、聖臣はその手当てをしていたようだ。飯綱さんを呼んだのはきっとみょうじさんのためだろう。実際聖臣に手当てされるのは嫌がっていたけど、飯綱さんに触られるのは大丈夫っぽい。

「テーピングしとくけど病院行っとけよ」
「うん」

捻挫まではいってないようで良かった。
それにしても……正直聖臣が手当てしようとしてたのは意外だった。他人の足とか絶対触りたがらないはずなのに。怪我人は例外なんだろうか。それともみょうじさんが例外なのか。ふたりのやりとりを眺める聖臣の表情からは何も読み取れない。

「佐久早くん!」
「? はい」

もう自分は用無しだと言わんばかりに早々に保健室から出ようとした聖臣をみょうじさんが呼び止めた。

「あっ、ありがとう」
「……いえ、お大事に」

あ、ちょっと嬉しそうだ。


***


「鞄持ちます」
「!?」

翌朝、変に気を利かせた聖臣がみょうじさんの鞄を持つと申し出て、それを見た生徒達からみょうじさんは「あの佐久早を従えてる怖い人」と誤認されることになった。面白そうだから否定はしないでおいた。


***(夢主視点)


秋合宿中、古森くんとの何気ない会話の中で衝撃の事実を知ってしまった。仲良しだとは思ってたけど、まさか佐久早くんと古森くんが従兄弟……血縁者だったなんて。

「ねえ、飯綱くんは知ってた?」
「うん」

早速その日の夜に飯綱くんに話してみたら、飯綱くんは既に知っていたみたいだ。他のみんなも特に驚く様子はなく頷いている。私はあんなにびっくりしたのに、この衝撃を分かち合えないのは少し寂しい。

「みょうじそこ答え違くね?」
「え、ほんと?」

合宿の夜、3年生の多くは部屋に集まって受験勉強をする。進学校である井闥山はほとんどの生徒が大学を受験する。私も都内の大学を志望している。部活は大事だし楽しいけど、周りが引退して受験モードに入っている中何もしないわけにはいかない。

「最近佐久早と仲良さそうじゃん」
「そうかな……? 前より苦手意識はなくなったけど、仲良しにはなれてないよ」
「そーか」

確かに春と比べたらだいぶ話せるようになったし苦手意識もなくなってきた。それでも変わらず距離はあるし「仲良し」と形容するにはまだまだ早い気がする。もし今佐久早くんとふたりきりになってもどうしたらいいかわからないもん。

「もうちょっと、仲良くなれたらいいなあとは思うよ」

ただ、佐久早くんが優しくてエースとして頑張ってくれてるってことは十分にわかってる。私にもうちょっとコミュ力があればマネージャーとしてもう少し仲良くなれるのになと思う。

「…… みょうじそろそろ帰らなきゃか。駅まで送ってく」
「ありがとう」

時計をチラッと見た後飯綱くんが徐に立ち上がった。学校施設を利用する秋合宿では、私は宿泊せず家に帰ることにしている。たった一人の女のためにみんなのお風呂や部屋を制限してしまうのは忍びないからだ。
飯綱くんは1年の時から毎回駅まで送っていってくれてる。こういうことを好きな子に対してサラッとやっちゃえばいいのにと毎回思う。

「おう」
「どうも」

3年生の大部屋を出て少し歩くと自販機の前に佇む佐久早くんと遭遇した。

「みょうじさん帰るんすか」
「うん」
「一応女子だからなー」

一応という言い方が引っかかったけど佐久早くんの前ではいつもの調子で文句を言うことができなかった。

「佐久早送ってってやってよ」
「!?」
「俺勉強したいし」

いきなり何てことを言い出すんだ。飯綱くんを横目で見ると意地悪で言っている感じではなくて、むしろ清々しい表情をしていた。もしかしてさっき私が言った「もうちょっと仲良くなれたらいいな」という言葉を受けて、気をきかせてくれたのかもしれない。いや、そういうことじゃないじゃん。

「わかりました」
「!?」

即答で断ると思ってたのに佐久早くんはあっさりと頷いてしまった。え、嘘でしょ。佐久早くんって先輩の言う事素直に聞く子だっけ?嫌なことは嫌って言うタイプだと思ってたんだけどな。

「じゃあよろしくな!」

私はこの時飯綱くんの笑顔に対して感じた憤りを多分しばらく忘れないだろう。


***


「……」
「……」

送ってくれるのは本当にありがたいんだけど、案の定会話がない。佐久早くんも嫌だったら嫌だって断ってくれてよかったのに。私が先輩として遠慮するべきだったんだろうか。そもそも先輩の私が会話をリードしてあげなきゃなのに、佐久早くんの隣に並ぶと途端に緊張して何も言えなくなってしまう。他の人だったら大丈夫なんだけどなあ。

「……まだ、俺のことは嫌いですか」
「……!?」

ぼそりと投げ掛けられた佐久早くんの言葉が一瞬理解できなかった。嫌い?私が?佐久早くんを?

「きっ、嫌いじゃないよ!!」

嫌いだなんてとんでもない。まさかそんな誤解をされてるなんて思わなくて、立ち止まって力強く否定した。

「でも俺が触ると嫌がるし……」
「あ、あれは佐久早くんに私なんかの汚い足を触らせるのが申し訳なくて……!」

先日足を挫いた時、佐久早くんの手当てを嫌がってしまったことを言われた。あれは別に嫌っていうわけじゃなくて申し訳ないっていう気持ちの方が強かった。他人の足なんて普通の人でさえ触るの抵抗あるのに、綺麗好きの佐久早くんが気にしないわけがない。

「私の痩せ我慢見抜いて保健室連れてってくれたの嬉しかったよ、ありがとう」
「……」

ストレートに感謝を伝えて恥ずかしい思いをしたのに、佐久早くんは特に反応せず私の顔をじいっと見てきた。もしかして信用されてないんだろうか。

「部活でもありがとね。佐久早くん備品を元の場所にきちんと戻してくれるから助かるよ」
「……」
「だから……つまりね、嫌いじゃなくて好きってことで……」
「……」

必死に弁明しようとするあまり言葉選びを間違えた。「好き」は言い過ぎた。こんなの逆に気持ち悪いと思われてしまう……!

「好きっていうのは別にヘンな意味じゃなくてね!?マネージャーとしてもっと仲良くなりたいと思ってます!!」
「……嫌われてないならよかったです」

恥ずかしくて顔が熱い。顔を赤くして否定しても全然説得力ないのに、焦れば焦るほど顔に熱が集中してしまった。一方で佐久早くんは変わらずおすまし顔で本当によかったと思ってるのかはよくわからない。

「送ってくれてありがとう」
「はい」

その後はもう居たたまれない程の沈黙が続いた。たったの5分くらいの時間がもの凄く長く感じた。
佐久早くんのことが嫌いなわけじゃないということはちゃんと伝わったと思うけど、結局変な奴だとは思われてしまったかもしれない。こんな調子で仲良くなんてできるんだろうか。

「……あの」
「?」

駅に向かって一歩出ると佐久早くんに控えめに呼び止められた。

「俺も、みょうじさんと仲良くなれたらって思います」
「……!?」
「よろしくお願いします。失礼します」

丁寧にお辞儀をした後佐久早くんは踵を返した。
今、ものすごく嬉しいことを言ってもらえた気がする。去り際に見た照れくさそうな佐久早くんの顔を思い出すと胸の奥がきゅんとした。
ホームからの電車が到着したというアナウンスは私の右耳から左耳へ抜けていき、乗るつもりだった電車には間に合わなかった。

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