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04


 
「あっ!」

インターハイの全国大会でこの会場に来るのは今年で三回目になる。物販スペースに見知った顔を見つけて思わず声をあげてしまった。

「?」

宮城県代表、白鳥沢の牛島若利くん。今までに何度も対戦したことがあるし有名な選手だから、私に限らずこの会場にいる誰もが知っている名前だと思う。
牛島くんはいきなり声をあげた私と目が合うと首を傾げた。何回か対戦してると言っても私はマネージャー。牛島くんの記憶に残ってないのは当たり前だ。
一度も会話をしたことがない牛島くんに対して何故こんな反応をしてしまったのかというと、佐久早くんが原因だ。3回戦が終わった後古森くんに「まだ若利くんに会えてない」と言ってるのを盗み聞きしてしまった。
どうやら佐久早くんは牛島くんのことをライバル視していると同時に慕っているようで、私も何度か2人が一緒にいる場面を見たことがあった。中学の頃からお互いに名前が知れ渡っていたから多分昔からの付き合いなんだと思う。
牛島くんと話す時の佐久早くんはどこか幼く見えて、勝手にお兄ちゃんみたいな存在なのかなと思っている。佐久早くんが会いたがってる相手を偶然にも見つけたから、思わず声をあげてしまったというわけだ。

「あ、あ、あの!」
「?」

振り返った牛島くんとしっかり目が合ってしまってもう逃げられない。私はなりふり構わず牛島くんに声をかけた。周りにいたチームメイト達の視線も集まってしまって恥ずかしい。

「あれ〜?井闥山のマネちゃんだよネ?」
「俺に何か用か?」

一応井闥山のマネージャーとして認知はされていたけど、談笑ができる程打ち解けてるわけじゃないし言葉を交わすのは今が初めてだ。何か用かと聞かれてすぐに答えることができなかった。正直にそのまま「佐久早くんが会いたがってるから会いに行ってほしい」と伝えてしまってもいいんだろうか。

「んもー、若利くんにぶちんなんだから!ゴメンね〜?」

言い淀んでいたらミドルブロッカーの天童くんがニヤニヤと笑みを浮かべながら牛島くんに耳打ちをして、私と牛島くんを残して去っていってしまった。もしかして勘違いさせてしまったかもしれない。誤解を解こうにももうどうすることもできなかった。一方牛島くんの方は変わらず凛々しいお顔で佇んでいる。どうやら牛島くんにはあまり伝わっていないみたいだ。

「あ、みょうじです」
「牛島です」

とりあえず自己紹介をする。軽く頭を下げると牛島くんも綺麗なお辞儀で対応してくれた。育ちの良さが窺える。

「あの、うちの佐久早くんが会いたがっていて……!」

この状況で「やっぱり何でもないです」とは言えなかった。でもこれを伝えたところでどうすればいいんだろうか。佐久早くんのために会いに行ってあげてほしいなんて、図々しくないか。

「えっと、今連れてくるので……ちょっと待っててもらえますか?」
「それなら俺が行きます。案内してください」
「あっハイ!」

私に佐久早くんを連れてくるなんてことができるのか怪しいところだったけど、牛島くんの方から行くと言ってくれて助かった。
私の隣に並んだ牛島くんは当たり前だけど大きかった。佐久早くんも大きいけど、なんていうか全体的に筋肉量が多い気がした。私服で街中を歩いていたらきっと高校生には見えないだろう。

「今回は当たるとしたら準決勝ですね」
「ああ」
「さっきの試合観ました。スタメンに1年生いましたね」
「……ああ。時期エースらしい」

あ、ちょっと笑った。表情や言葉遣いで近寄りがたいイメージがあったけど、実際牛島くんから出てくる言葉に威圧感はない。きっと優しい人なんだろう。少しだけ佐久早くんに似てると思った。

「あ……!」

井闥山の荷物スペースに辿り着く前にトイレから出てきた佐久早くんと遭遇した。

「じゃあ私はこれで!」

佐久早くんと牛島くんを会わせるという任務が思いのほか早く遂行できて安堵した。もう私がこの場に残る必要はない。私は佐久早くんの「何でお前が若利くんと一緒にいるんだ」という視線に気づかないフリをしてこの場から離れた。


***(佐久早視点)


「うちのマネージャーと知り合い?」
「……さっき知り合った」

トイレから出たら若利くんが目に入って、その隣にみょうじさんがいたものだから少しだけ驚いた。白鳥沢とは何度か試合してるけどふたりが話してるのは見たことがなかった。

「俺を佐久早に会わせたかったらしい」

俺と目が合った途端に行ってしまったみょうじさんを見て邪魔をしてしまったかと思ったけど、俺に若利くんを会わせるのが目的だったらしい。みょうじさんに直接若利くんに会いたいと言った覚えはない。おそらく今までの俺の行動を観察したうえで気を利かせてくれたんだろう。みょうじさんが俺のことを考えて動いてくれたことが少し嬉しいと思った。

「……あと、俺のことが好きらしい」
「え、は? 告白されたの」
「いや、天童が言っていた」
「……」

みょうじさんが若利くんのことが好きと聞いて特に不思議には思わなかった。若利くんは強くてかっこいい。となると結局俺は邪魔をしてしまったことになるのか。若利くんのことが好きだったら、俺のことなんてほっといて自分を優先させればいいのに。


***(夢主視点)


「何やと!?」

インターハイの表彰式を終えて、一人こっそり泣いていたのを隠すためにわざわざ外の水道まで顔を洗いに来たら怒号が聞こえてきた。恐る恐る目を向けてみると、本日センターコートで戦った相手、稲荷崎の宮兄弟がいた。ふたりとも眉間に皺を寄せて険悪な表情をしていて、セッターの宮侑くんがウィングスパイカーの宮治くんの胸倉を掴んでいる。
男兄弟がいなくて学校でも部活でもこういった場面に遭遇したことのない私はどうしたらいいのかわからない。もちろん部外者の私が仲裁するなんてお門違いだけど、このまま放っといていいんだろうか。誰か稲荷崎の関係者の人を呼んだ方がいいのでは。

「うっ……さいわボケェ!!」
「あだっ」

ひええ、と心の中で悲鳴をあげる。ついに手が出てしまった……いや正確には頭だけど。宮治くんの頭突きが宮侑くんの顔面にクリーンヒットして、宮侑くんの鼻から鮮血が見えた。これはけっこうやばいのでは……男兄弟の喧嘩ってこんなもんなんだろうか。

「っ……北さんにバレたらどうしてくれんねん!」
「知るか」

遠目に見ていた宮兄弟が私の方に近づいてきた。おそらく鼻血を水道で洗い流すためだろう。急に離れるのも変な感じがして私はその場から動けなかった。

「! 井闥山の……」
「どうも……」

どうすることもできず水道の前で私は宮侑くんと鉢合わせすることになった。宮侑くんは私の姿を確認すると鼻を押さえたまま目を丸くした。井闥山のマネージャーとして認識はされてるみたいだ。

「あの、よかったらどうぞ」
「え!? いやいや……」
「大丈夫、気にしないでください」

私が使おうとしてたタオルハンカチを少し強引に押し付けた。ティッシュを持っていたら良かったけど、まだ顔は洗ってないから大丈夫だと思う。垂れ流しにさせるわけにはいかないし。

「すんません、洗って……いや、新しいの返します」
「洗って春高で返してくれれば大丈夫ですよ」
「……うす。次は負けないんで」

暗にまた春高で戦いましょうと伝えると、試合中を彷彿とさせる好戦的な笑みを向けられた。
ここ最近の稲荷崎の勢いはすごくて飯綱くんも年々強くなってるって言っていた。ハンカチは別に返ってこなくてもいいけど、春高でまた会える確率は高いだろう。

「みょうじさん」
「!?」

私の名前を呼んだのが佐久早くんの声だと脳が瞬時に判断して、無意識に背筋が伸びた。

「集合っす」
「あ、うん!わざわざごめんね」
「……」

振り返ればやっぱり佐久早くんがいて、らしくない大声に違和感を感じた。気付けば集合時間の10分前で、私のルーズさが佐久早くんの怒りを買ってしまったのかと猛反省する。
鼻血の件は解決したし、もうこの場を離れても大丈夫だろう。宮侑くんを見上げるとさっきの好戦的な笑みが一転、人懐こい笑みに変わっていた。

「センパイ、ほんまありがとうございます〜」
「え? あ、いえいえ」

おどおどする私の手をニコニコ顔の宮侑くんが取って、ぎゅうっと握られた。急に距離感を詰められて戸惑ってしまう。元々はこういう性格なんだろうか。

「じゃあ、また春高で」
「はーい!」

そんなことよりも佐久早くんの視線が怖い。おそらく佐久早くんは宮侑くんのことを苦手というかあまり良く思っていないと思う。佐久早くんとは真逆のタイプだし、プレー中も煽るような言動が多い。去っていく宮侑くんの後ろ姿を睨む佐久早くんの眉間には皺が刻まれていた。

「アイツのこと知ってんすか。何でハンカチ渡してたんですか」
「え? 試合してるし……鼻血出してたから……」
「……」

眉間に皺が寄ったままの顔で詰め寄られて思わず一歩下がる。私が宮侑くんのことを知っていてハンカチを渡すことの何が気に食わないんだろうか。

「手、出してください」
「?」

言われるがままおずおずと掌を差し出すと、ササッと除菌スプレーかけられた。私が両手に馴染ませたのを見て佐久早くんは何やら満足げだ。佐久早くんの綺麗好きのセンサーに何かが引っかかっていただけなのかな。

「……嫌味とか、言われてないすか」
「えっ? 大丈夫だよ」

顔をじっと見られて、泣いてたのがバレたんじゃないかと焦った。選手達を差し置いてマネージャーが号泣してたなんてかっこ悪いし知られたくない。

「い、行こっか」
「はい」

ただ、私が宮侑くんに泣かされたんじゃないかって心配してくれてるんだとしたら嬉しいと思った。

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