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03


 
(古森視点)

「何だろコレ」

部活を終えて部室から出たところで地面に落ちた一冊のノートを見つけた。どこにでも売っているようなキャンパスノートで、表紙には「井闥山男子バレー部 マネージャー引継ぎノート」と油性ペンで書かれていた。おそらくこれを落としたのはみょうじさんだろう。

「へ〜。こんなのあるんだな」
「……」

聖臣のねちっこい自主練に付き合ったから今日もすっかり遅くなってしまった。みょうじさんは既に帰っちゃったし、少しくらい中身見てもいいよな。俺がペラペラとページを捲ると、背後から聖臣も覗き込んできた。
内容は題名の通り、マネージャーとしての仕事について詳しく書かれてあった。日付を見る限り5年前から存在しているらしい。俺達が知らないだけで、みょうじさんはこんなにも多くの仕事をこなしていたのかと吃驚する。マネージャーがいない学校では選手が雑務をする。練習だけに集中できるのはありがたいことだと改めて思った。

「お、ここからみょうじさんだ」
「……」

みょうじさんの字が最初に綴っていたのは備品リストだ。商品名やメーカーなどかなり細かく書かれていて掃除系の道具が多い。
確かに井闥山は部室とかボールとかすごく綺麗だ。バレーに限らずスポーツの強豪校って掃除に力を入れるところって多いらしいし。うちの場合は「掃除しろ!」って強制されてるわけでもなく、主将の飯綱さんが綺麗好きなのとみょうじさんの管理が徹底しているおかげなんだろう。あと今年からは聖臣の影響も多少あるのかもしれない。

「ぶはッ何これ主婦みたい!」

備品リストのページの一番下のメモを見て思わず笑ってしまった。だって、近くの薬局やスーパーの特売日が書かれてるんだもん。何曜日で買うならここ、みたいなルールがみょうじさんの中にあるんだろう。うちの母親も同じようなことやってた気がする。先輩マネージャーの生活感溢れる姿を想像してなんだかほっこりした。

「おお……」

しかし次のページを捲ると一転、部員一人一人に関する情報がずらっとまとめられていた。名前の読み方、見た目の特徴、プレースタイル、アレルギーなどその項目はかなり細かい。飯綱さんのところに小さく「恋愛はヘタレ」って書いてるのを見ると、みょうじさんの主観的な情報もメモされてるみたいだ。そうなると自分はみょうじさんに何て思われてるのかが気になる。

「フッ、柴犬……」
「ははは、よく言われる!」

俺のところには「柴犬みたいで可愛い」という文字とかわいらしい犬の絵が書かれてあって聖臣と一緒に笑ってしまった。別に悪い気はしない。ちゃんと「ディグがうまい」って評価も貰ってるしな。
そして更に気になるのは、おそらくみょうじさんが苦手意識を持ってるであろう聖臣について何て書いてあるかだ。

「……」
「長ッ!!」

他の人が3行くらいでまとまってるのに対して、聖臣には次のページの半分くらいを使っていた。基本情報はもちろん、聖臣が過去に取った賞のこととか愛用しているテーピングやマスクのことまで。そして何より一番下のメモが気になる。『絶対に触らない、不用意に近づかない、なるべく息をしない』……おそらくこれはみょうじさんが聖臣と接する上での注意点を箇条書きにしたものだろう。

「お前どんだけ気ィ遣われてんだよ!」
「……」

とりあえず聖臣がみょうじさんに尋常じゃない程気を遣われてることはわかった。


***


「あ、みょうじさーん!」
「どうしたの?」

ノートを拾った日は一旦持ち帰って、翌日の朝練が終わった後に聖臣とみょうじさんのクラスに立ち寄った。飯綱さんに渡しても良かったけど、直接手渡した方が面白そうだと思ったからだ。

「これ、昨日部室の前に落ちてました」
「……!!」

マネージャーノートを差し出すとみょうじさんはわかりやすく顔を真っ青にした。

「ありがとう……み、見たよね……?」
「どうも、柴犬古森っす!なはは!」
「うわああごめんなさい……!!」

予想通りの反応で嬉しい限りだ。別に謝ることはないのに。普段しっかりしてるみょうじさんがこんな風にワタワタするのは可愛らしいギャップだと思う。

「あの……」
「!!」

俺の後ろにいた聖臣に声をかけられたみょうじさんは固まってしまった。俺も少し驚いた。コイツ自分からみょうじさんに話しかけたりするんだな。

「息は、普通にしてください」
「は、はい……」

そこかよ!!


***(夢主視点)


インターハイ全国大会前の夏休みに行われる合宿では、最終日に海に行くのが恒例になっている。ビーチバレーをしたり海で泳いだりかき氷を食べたり、各々楽しみ方は自由だ。毎日ハードな練習をこなしていて他の学生と比べたらゆっくり遊べる時間もないだろうから、みんなすごく楽しそうに思い思いの時間を過ごしている。
私は肌が弱くて海に入ったり紫外線を浴びすぎると赤くなってしまうため、毎年ビーチパラソルの下でみんなの荷物番をしている。

「……」
「……」

そのビーチパラソルの下に佐久早くんが入ってきて無意識に息を止めた。おそらく佐久早くんも海には入らない派で、人混みを避けた日陰がここしかない、ただそれだけのことなんだと思う。
……気まずい。元々あまり話さないのはもちろんのこと、この前ノートを見られてしまった。つまり、私がなるべく佐久早くんに近づかないように、触らないようにしてることはバレてしまったのだ。そういえば「息は普通にしていい」って言われたんだと思い出してなるべく静かに深呼吸をした。他2つについては特に何も言われてないから、佐久早くんとしても継続してほしいことということで理解している。

「海入らないんすか」
「あ、うん。肌弱くて」
「……そっすか」
「はい」

佐久早くんとの会話はあっけなく終わり、再び沈黙が訪れた。他の人が相手だったらもうちょっと話を膨らませられる自信はあるのに、佐久早くんを前にすると何故か言葉が出てこなかった。
それでも、佐久早くんから話しかけてくれた事実は嬉しいと思う。少しは私のことをマネージャーとして認識してくれたんだろうか。

「マスク焼けしない?」
「日焼け止め塗ってます」

勇気を出して私からも話題をふってみた。佐久早くんは外でもいつものマスクを着用している。余計に暑くないのかと思うし、マスクより上だけ日焼けしてしまったら大変なことになる。しかし佐久早くんはぬかりなかった。

「SPF50を朝塗ってきたので」
「ふふふすごい、知ってるんだね」
「……」

日焼け止めクリームによく表記されているSPFというアルファベットの意味を知ったのは私も最近なのに。男の子の佐久早くんが得意げにそれを話すのがなんだか可愛らしくて笑ってしまった。その直後に上から目線な言い方だったかもしれないとハッとした。

「姉に教えてもらいました」
「へ、へー。佐久早くんお姉さんいるんだ」
「はい」

内心青褪める私に対して佐久早くんは特に気にしていないように見える。佐久早くんにお姉さんがいるという新事実が発覚したというのに、失敗を恐れた私はそれ以上突っ込んで聞くことができなかった。

「なまえーー!スイカーーー!!」
「! はーーい!」

再び沈黙が訪れたところでお母さんの大きな声が私を呼んだ。毎年合宿の最終日には父母会がスイカを持ってきてくれて、海でスイカ割り大会をするのが恒例なのだ。スイカは嬉しいけど、佐久早くんの前でガサツな声で呼ばないでほしい。なんか恥ずかしい。

「手伝います」
「え!? い、いいよ重たいよ」
「重たいから俺が持った方が良いと思うんすけど」
「!」

意外にも佐久早くんは立ち上がった私のあとをついてきた。確かに私の貧弱な腕よりも佐久早くんの方が力持ちなのは当然だ。
私が勝手に怯えてるだけで、飯綱くんも言っていたように佐久早くんは優しい人であることには間違いない。引退までにもう少しだけ、仲良くなれたらいいなと思った。

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