×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

11


 
「あ、佐久早くんお疲れ様!」
「どうも」

数日前はどんな顔して佐久早くんに会えばいいかわからないなんて思ったけど、志望校に合格した嬉しさで今の私は全然気にならなかった。
今日は差し入れを片手にお世話になった先生や監督、コーチに合格報告をしに来た。ちょっと早すぎたかなと思う時間だったけどまず最初に佐久早くんに会えて良かったのかもしれない。

「合格したよ!」
「おめでとうございます」

テンションの高い私に対して佐久早くんの態度はいつも通りだ。そっけなく見えてしまう人もいるかもしれないけどしっかり祝う気持ちは持ってくれていると、今の私ならわかる。

「佐久早くんは卒業した後どうするの?」
「俺は大学いきます」
「そうなんだ」
「取れる資格と知識は取っておきたいので」

きっと佐久早くん程のプレーヤーであればプロの世界に入ることはそこまで難しいことではない。ただ、そこから活躍できる人は限られるだろうし選手としてずっとやっていけるわけでもない。そもそもバレーの選手は基本的に企業に所属することになるらしいし。慎重な佐久早くんらしい考え方だと思った。

「ふふ、楽しみだなぁ。応援してるね」
「……できれば、観に来てくれませんか」
「うん、行くよ」

となると、プロとしてバレーをやる佐久早くんを見るのは5年後くらいになるのかな。オリンピックに出場するなんてことになったら泣いちゃうかもしれない。

「来年の試合も、大学での試合も、プロになってからの試合も」
「うん」

もちろん来年度のインターハイも春高も応援に行くつもりだ。大学でのバレーも、情報を教えてもらえるんだったら観に行きたいと思う。

「バレーを辞めた後も、俺を見てくれますか」
「え……」

選手じゃなくなった後……は、どうなるんだろう。バレーという繋がりがなくなったら私が佐久早くんと会う理由はなくなってしまうんじゃないかと思う。想像したら少し寂しくなった。

「見るっていうのは、どういう……」
「俺を一番近くで見てくれる人は、みょうじさんがいいです」
「え、と……」

せっかく今まで意識しないでいられたのに、こんなにも熱っぽい視線をまっすぐ向けられたらどうしてもその意味を考えてしまう。佐久早くんの"一番近く"を私なんかが貰ってしまっていいんだろうか。

「そ、それは、つまり……」

佐久早くんが私に求めてるものをはっきりと教えてほしい。それを聞いたらもう後戻りはできないし、私だってはっきりと応えなきゃいけない。今まで築いてきた関係を壊す勇気があるのかと聞かれれば、自信を持って頷けるわけでもない。佐久早くんの熱っぽい視線にあてられたのかなんだか顔が熱い気がした。

「お、みょうじ来てたのか。」
「あっハイ!合格しました!」
「そうかー!頑張ったなあ!」
「ありがとうございます」

佐久早くんの口が開き私の心拍が最高潮に達した時、監督の声で緊張の糸が切れた。一番いいところで邪魔が入ってしまうなんてお約束な展開が待ち受けてるなんて笑ってしまう。
……いや笑えない。早く体育館に入るように促されてしまって結局確信的な言葉は聞けなかった。

「また今度、話します」
「!」

ただ、去り際にぼそりと伝えられた言葉はずっと私の心を掴んで離さなかった。


***


「……というのが1週間前です」

あれから1週間。また今度っていつだろうとそわそわした毎日を過ごしたが、佐久早くんから連絡がくることはなかった。モヤモヤに耐えられなくなった私は飯綱くんを呼び出して話を聞いてもらうことにした。

「明日卒業式なんですけど」
「あー、うん」

卒業式の明日が過ぎてしまえばきっと佐久早くんとの接点はなくなってしまう。それがとても怖かった。

「つーか、みょうじはもう付き合う気満々ってことでオッケー?」
「!」

言われてハッとして、たまらなく恥ずかしくなったけど確かに否定はできなかった。
私は佐久早くんのことが好きだ。佐久早くんが私に何を求めているか知りたいし、真摯に応えたいと思う。佐久早くんの望むものを私が与えられるのだとしたらそれ以上の幸福はない。

「付き合って、いいのかな……」
「悪いことはないだろ」

ただし高揚した気持ちに誤魔化されて本質を見失ってはいけない。果たして私は佐久早くんの隣に立つに相応しい人間なんだろうか。「一番近くで見てほしい」とは言われたわけだけど、実際付き合ってみて幻滅されることにならないだろうか。何かを始めるということはいつかの"終わり"がどうしても付き纏ってしまう。

「俺はふたりが付き合ったら嬉しいよ」
「飯綱くん……」

肯定して後押しをしてくれる飯綱くんの優しさが身に染みる。明日、何かが変わるといいな。


***


「なまえちゃん写真撮ろ〜!」
「うん撮ろ〜」

卒業式を終えた後、校舎の周りには胸に造花を付けた卒業生達が別れを惜しんで至る所に屯していた。友達や恋人、先生や後輩達とお喋りをしたり写真を撮ったりと、まだまだ帰る気配は無い。
結局昨日も佐久早くんからの連絡はなく今日という日を迎えてしまった。飯綱くんはああ言ってくれたけど、今考えるとこの人混みの中に佐久早くんが現れるとは到底思えなかった。
好かれてはいたけど告白してもらえる程ではなかったのかな。この数日で熱は冷めてしまったのかもしれない。こんなことになるんだったらもっと早く自覚して私の気持ちを伝えれば良かった。

「みょうじさんも0次会来る?」
「え?」
「焼肉の前にカスト行こうかなって話してんだ〜」
「行こうよなまえ!」
「あ、うん……」

今夜はクラスのみんなで焼肉に行くことになっている。それより前に一部のメンバーで集まるみたいだ。正直楽しめる自信はないけど一人家で過ごすより気を紛らわせられると思って頷いた。

「俺らもう行くけどどうする?」
「みょうじさん歩きじゃなかった?後ろ乗る?俺のココ空いてますよ?」
「あはは、大じょ……」
「みょうじさん」
「!」

鈴木くんの冗談を笑って流そうとしたところで後ろから名前を呼ばれた。誰かなんて振り返らなくても声でわかった。

「今いいすか」
「は、はい……」

そこには私の目を真っ直ぐ見据える佐久早くんがいて、その神妙な雰囲気を察知して意図せず敬語が出てしまった。周りの友人達が色めき立つのを背中で感じながら、佐久早くんの3歩後ろを歩いた。


***


「卒業おめでとうございます」
「うん、ありがとう」

弓道場の裏で立ち止まり、まずは今日何回も聞いた祝いの言葉を貰う。そして訪れる沈黙。佐久早くんはしっかり私の目を見てくれているけど次の言葉はなかなか出てこなかった。もしかして緊張してるんだろうか。全国大会の試合でも緊張しないと言っていた、あの佐久早くんが。

「えっと……」
「好きです」
「!」

そろそろ沈黙に耐えられなくなってきた時、その言葉は思いの外あっさりと伝えられた。もしもこうなった場合どう返答をするかいろいろ考えてきたくせに、あまりにもさらっと言われたからか一瞬で頭が真っ白になってしまった。

「でも、俺と結婚する気がないなら頷かないでください」
「……ん?」
「いつか別れることになるなら付き合いたくないです」

すぐに返答できずにいる私に対して続けられた言葉に、ますますどう返事をすればいいかわからなくなった。告白されたのに「付き合いたくない」って言われるなんてことあるんだろうか。

「ふ……ふふっ」
「!」

佐久早くんが何を思ってそう言ったのかはなんとなくわかる。付き合うということはいつか終わりが来てしまうかもしれない。佐久早くんはそれが嫌で、結婚という選択肢を用意したんだと思う。
極端すぎる考え方に思わず笑ってしまうと、何で笑われたのかわからない佐久早くんが不思議そうに私を見てきた。

「佐久早くんって……ううん、何でもない」
「……何すか」

クールで賢そうに見えて意外と短絡的な思考をしているのかもしれない……なんて言ったら怒るだろうか。
佐久早くんがどこまでの覚悟を持ってその言葉を口にしたかは計り知れない。けれど高校生の私達にとって「結婚」というワードは少し現実味がないし、軽はずみにそんな約束をするべきではないと思う。

「私も佐久早くんのことが好きだよ」
「!」

私の返事を待つ佐久早くんにまずは伝えるべきことを伝える。
佐久早くんのことが好き。私なんかがという思いは拭いきれないけれど、こんなにも想ってもらえている自分なら胸を張って言えた。

「でも、将来のことは約束できないというか……しない方がいいんじゃないかな」
「……」
「結婚したくないって言ってるわけじゃなくてね、ほら、この先綺麗な女子アナと結婚できるかもしれないじゃん」
「みょうじさんがいいです」

即答されて不覚にもキュンとしてしまった。ものすごく嬉しいことを言ってもらえたけど、ここで意見を変えるわけにはいかない。

「10年後私達がどうなってるかはわからないけどさ、私は今の佐久早くんが大好きだよ。だから、この先もずっと一緒にいられるように努力していきたい。それじゃダメ?」

好きだからこそ、この先の将来までもを拘束したくない。もちろん生涯を共にできたら幸せだと思う。でも、佐久早くんの気持ちがずっと私にある保証はない。その時に足枷のような存在にはなりたくない。私が願うのは何よりも佐久早くんの幸せなのだ。

「わかりました。結婚したいと思わせられるように頑張ります」
「え? いや、そんな偉そうなこと言ってるんじゃなくて……」

それじゃあまるで私が「付き合ってあげるけど結婚するかどうかはあなた次第」って上から目線で言ってるみたいじゃん。そんなつもりは微塵もない。

「付き合ってくれるってことでいいすか」

そわそわと食い気味に聞かれた。私もそうだったように、佐久早くんもはっきりした答えを望んでいる。不安だったんだろうか。その不安を私の一言で払拭できるのなら本望だ。

「うん」
「!」

めいっぱいの笑顔で頷くと、緊張の糸が解けたのか佐久早くんの表情が柔らかくなった。きっと佐久早くんのこの顔を見られるのは私の特権だと思って、しっかりと目に焼き付けた。

「よろしくお願いします」
「幸せにします」

好きな人の特別になれることがこんなにも嬉しいことだなんて初めて知った。できることならこの先もずっと佐久早くんの特別でありたい。10年後も50年後も隣にいたい。
口では大人びた理屈を並べてみても、結局は私も不確定な未来を期待している。この先の人生を共にしたいと伝えられるとしたら何年後になるだろうか。その時、佐久早くんはどんな表情を見せてくれるだろう。

「こちらこそ」

歳を重ねた佐久早くんの姿を想像して、この人を幸せにしたいと心から願った。



prev- return -