03
(治視点)
「……」
HRが早く終わったから部活が始まる前に購買で菓子でも買おうと渡り廊下を歩いていたら、体育館裏にしゃがむ紺野さんが窓から見えた。
紺野さんは極度の人見知りらしく、俺ら1年とはまだ目を合わせて喋ってくれない。それでも2年生が言う通り、歩み寄る努力はしてくれてると思う。無視されるわけでもないし、話しかけてくれることだってごく稀にあるし。そんな些細な努力はコミュ力オバケの侑にはわからんみたいやけど。
「紺野さんを笑わせてみせる!」と意気込んでから侑はうざい程紺野さんに絡むようになった。もしかして侑に付き纏われてストレス溜まってんのとちゃうやろな。一人で体育館裏で過ごす紺野さんが心配になって行ってみることにした。
「何飲んではるんですか?」
「!?」
ものの数分で体育館裏に到着すると、紺野さんは項垂れてるわけでもなく紙パックのジュースをちまちま飲んでいた。
ここまで来て素通りするのも何だし、声をかけたらものすごく驚かれた。威圧感を与えないように適度に距離をとっておく。侑が紺野さんはパーソナルスペースめっちゃ広いっ言っていた。そもそもパーソナルスペースがどうとか言う前に、デカい図体の奴が馴れ馴れしく距離詰めてきたら普通に嫌やろ。
「いちごオレ……」
紺野さんが飲んでいたのはピンク色の紙パック。いちごオレと答えた紺野さんは何故かちょっと恥ずかしそうや。
「そのシリーズうまいですよね」
「うん」
「……」
……会話が続かない。俺は侑みたいにスラスラ言葉出てくる方でもないから余計だと思う。ずっとこんな感じで一方的に話し続けとんのやったらアイツのメンタルやばすぎやろ。
「何でこんなとこで飲んでんすか?」
「……」
でも侑ばっかに心開いて俺には全然慣れてくれなかったら、それはそれで悔しいと思う。俺は適度の距離を保って紺野さんと同じ目線にしゃがみこんだ。
「部活前のこの時間は、いちごオレタイムなんよ」
「……?」
「こう、美味しさを噛みしめて……今日もがんばろ、て」
「ああ、それわかります」
「ほんま?」
「はい」
俺が部活前に菓子食ってエネルギー補充するのと同じ感じか。共感を示したら紺野さんは初めてしっかりと俺の目を見てくれた。
「俺は部活前に菓子食って補充します」
「そうなん」
そういえば菓子買ってくんの忘れたな。俺の腹、最後までもつやろか。
紺野さんの視線が俺から鞄に外されたのをいいことに改めてじろじろと見てみる。目の形も鼻筋も整ってるし髪もサラサラしてそう。美人さんや。
「……ポッキー食べる?」
「! あざす」
不躾にガン見していた俺に紺野さんが差し出してくれたのはポッキーだった。これはありがたい。食いモンの差し入れは遠慮せずに受け取ると決めている俺は、紺野さんからのポッキーも例に漏れず素直に受け取った。部活前は何かしら腹に入れとかないと持たんからな。
「治は……」
「?」
「侑と顔はそっくりやけど雰囲気は全然違うね」
「ああ……」
「話しやすいわぁ」
「……」
それはつまり、俺は話しやすいけど侑は話しにくいっつーことですか。まあ確かに、あいつの馴れ馴れしさは人見知りからしたら軽くカルチャーショックなのかもしれない。
「もう一本貰てええですか?」
「うんええよ、一袋あげる」
「マジすか」
「……治かわええなぁ」
「!」
あ、笑た。ちょっとやけど。あんなに躍起になって紺野さんを笑かそうとしてる侑より先に笑いかけてもらった優越感に浸るとともに、そんな片割れを不憫やと思った。めんどいからこのことは言わないでおこう。
***(侑視点)
「あれっ、ゆきさん今日チャリやないんすか?」
「うん、パンクしてまって」
「バス?電車?迎え?」
「電車」
土曜日の部活終わり、いつも駐輪場に向かうはずのゆきさんが体育館前に佇んでいた。聞いてみると自転車がパンクして電車で帰るらしい。こっから最寄りの駅までは歩いて10分くらい。まだ真っ暗ではないにしても女子一人で帰らすわけにはいかん。
「そんなら送ります!俺らバス停駅の近くやし!」
「ええよ」
「あかん!女子ひとりで帰らすなんてできません!」
「私北くんと帰るから」
「アッ」
送ろうと意気込んだはいいものの、ゆきさんには一緒に帰る人が既におった。そっか、北さんとは中学が同じだから方向も大体一緒なんか。なんか一人で張り切ってアホみたいやんか。隣に立つ治に鼻で笑われた。ゆきさんの前じゃなきゃ一発殴ってた。
「なんや、侑と治も一緒に帰るんか?」
「北さん!え、ええですか!?」
「別に俺の許可はいらんやろ。勝手にしたらええ」
「じゃあみんなで帰りましょー!」
まあ結果オーライ。そもそも俺の目的は送るってことよりもゆきさんと交流を深めることだし。
「腹減った。アイス買ってってええですか?」
「ええな!」
「なにアイス食うん?俺も行く!」
「アランくんも行こうやー!」
「ん? おん」
アイスに釣られて銀も寄ってきた。どうせならみんなで賑やかくして行ったろ。2年生も誘った方がゆきさんも安心やろと思ってアランくんと赤木さんも誘ったら、最終的にけっこうな大所帯で帰ることになった。
***
「ゆきさんアイス何にします?」
「……迷う」
一番近いコンビニに入って各々がレジに向かう中、ゆきさんはまだ冷凍棚の前で悩んでいた。こういうの意外と迷うタイプなんやな。スパっと決めそうなイメージやった。
「何と迷ってはるんですか?」
「雪見大福とピノ」
「じゃー俺雪見大福買うんで、半分こしましょ!」
「ええの?」
「はい!」
半分こするとか、だいぶ打ち解けたんとちゃうか。相変わらず笑ってはくれないけど最初と比べたら大きな進歩や。銀が羨ましそうにこっちを見ている。ふふん羨ましかろう、日々の努力の賜物やで。
「治それ何?」
「カリカリくんの新発売っす。シークワーサー」
「ふーん……」
得意げになっていたらゆきさんは治の持ってるカリカリくんに興味津々になっていた。え、治何普通にゆきさんと会話してん。俺がゆきさんに目ェ見てもらえるようになるまでどんくらいかかったと思てんの。
「一口食います?」
「は!?」
「……あ、あかんか」
「当たり前やろがッ!!」
治は下心なしに言ったんやろが、ダメに決まってる。間接キスやんけ。カリカリくんの間接キスはあかん、てか許さん。
「……欲しい」
「へっ……」
「!?」
しかしゆきさんは怒るどころか、引っ込めた治の手を掴んで自分の口元に寄せてアイスを一口かじった。度肝を抜かれるとはこのことか。俺を始め、治も銀もその仕草に釘付けになって黙ってしまった。だって……なんかめっちゃエロかった。ゆきさんのちっさいお口がもぐもぐと動いている。かわええ。
「美味しい。ありがと」
「……ピノひとつ貰てええですか」
「うん、ええよ」
「!?」
呆然としてる場合じゃない。治のヤツ、いつの間にゆきさんと仲良くなったんや。
「治お前……何なん!?」
「喧しいわ」
「ちょ、俺にも一口寄越せや」
「絶対イヤや」
「あ゛! 二口で食いやがった!!」
***
「あいつら少しくらい黙ってられんのか」
「時間遅なったけど大丈夫か?」
「うん。なんか……こうやって部活帰りにみんなでアイス食べるの、ええね」
「!」
「……せやな」
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