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部活が終わる時間が近づくにつれ、浮かれていた気持ちは緊張へと変わっていった。練習中も北さんに今日は落ち着きがないと指摘されてしまった。だってこれからゆきさんが告白してくれるかもしれないなんて、落ち着けるわけがない。告白を受けるのにこんなにも緊張したのは初めてだった。

「え、何でおるん」
「一応ライン送ったんですけど……」
「あー……」

部活が終わってとりあえず制汗剤を振り撒こうと部室に直行すると、部室棟の前に菊池がいた。そういえば昼休みに連絡がきてたような気がする。めんどくさくて開いてもいなかった。気まずくて視線を逸らすと菊池は苦笑した。

「勝手に待っといてなんですけど、一緒に帰ってもええですか……?」

これだけ適当な対応されても菊池の俺への態度は変わらない。本当に熱心やなあと冷静に思った。お試しで付き合ったところで俺が菊池を選ぶことはない。一週間後に断ればもうつきまとわれることはない。そう思って菊池の条件を呑んだわけだけど、中途半端に期待を持たせて悪いことをしてしまった。「けじめをつけろ」と治が言ったのはこのことや。確かにこの状態はゆきさんにも菊池にも失礼やんな。

「悪い。これから大事な用あんねん」
「そうですか……」

菊池は確か家庭部。多分長い時間待っていてくれたんだと思う。申し訳ないとは思うけど菊池と一緒に帰ることは出来ない。俺が菊池をゆきさんより優先させることは、きっとこの先もないだろう。

「一週間経っとらんけど結果出してええか」
「!」

治にも言われた通り、ゆきさんと前に進むためにはけじめをつけないといけない。一週間っていう約束だったけどあと何日経とうが俺の気持ちが菊池に向くことはない。

「い、嫌ですっ……約束が違う!」
「……」
「私、バレーの邪魔しましたか?連絡うざかったですか?お菓子、美味しくなかったですか?」

振られるのを感じ取ったのか、急に菊池が焦りだした。バレーの邪魔はされていない。連絡もうざい程きたわけじゃない。菓子は食ってないけど治が言うには美味いらしい。それでいて、俺のことをずっと好きでいてくれてる。菊池に悪いところなんてひとつもない。

「侑先輩の彼女になるためならどんな努力でもします。それでも……ダメですか……?」
「うん。菊池の問題やないねん。俺が、あの人やないとダメなんや」
「……そう、ですか……」

はっきりと告げると菊池は静かに涙を流した。本当に俺のこと好きなんやなあ。これだけ一途に人のこと好きになれるなんてすごいことだと思う。感謝せなあかんな。ポロポロと涙を流す菊池にタオルを渡した。

「……高校まで追っかけてくるとか、きもいことしてごめんなさい」
「ほんまやで。一時のテンションで志望校決めたらあかん」
「……私があげた差し入れ、ほとんど治先輩にあげてたこと知ってました」
「……ごめん」

タオルに顔を埋めながら、菊池はぽつりぽつりと小言を言ってきた。人でなしと泣き喚かれても仕方ないのに、後腐れなく終わろうとしてくれているんだろう。ええ子や。

「餞別にこのタオル貰てええですか」
「フッ……何やねん餞別て」

変なことを言う菊池に思わず笑ってしまった。最後くらい優しくしたろと思って、タオルに顔を埋める菊池の頭を撫でた。

「……私からの餞別欲しいですか?」
「え? いや……」
「侑先輩が私の頭撫でてくれたとこ、マネージャーさんに見られてました」
「……はあ!?」

せっかくいい感じで終わらせようとしたのに視界の端にゆきさんの後ろ姿を捉えた瞬間、俺は菊池の方を一切振り向かずに走り去るという雑な別れ方をしてしまった。

「ゆきさん!!」

運動が苦手なゆきさんに追いつくことなんて容易い。部室棟から全速力で走って、テニスコートの裏でゆきさんの後ろ姿を見つけた。

「ご、ごめん。私のせいで、彼女と喧嘩してまったやろ……」

菊池の言う通り、俺が笑って菊池の頭を撫でたあの場面を見られていたらしい。俺に背を向けたまま喋るゆきさんの声はか細く、震えていた。

「アイツは違うんです!」

俺がゆきさんの正面に回りこむと、ゆきさんは顔を逸らした。今にも泣いてしまいそうなその表情に胸が痛む。こんな顔、好きな人にさせたらあかんやんか。俺は大バカ者や。

「ゆきさんにサイテーって思われるの嫌で言えなかったんですけど……」

いつもの優しい顔で俺を見てほしい。でも、今の俺にそんな資格はない。ゆきさんのパーソナルスペースに合わせて距離を取り、事実をありのままに説明することにした。

「中学ん時から何回も告白されて全部断ってて、この前お試しで1週間だけ付き合うてくれたら諦めるって言われて……つい頷いてまって……。自分でも最低やと思いますけど、好きなわけやないんです」
「……」

正直に話すと、ゆきさんついにぽろぽろと涙を流してしまった。改めて最低なことをしていたんだと思い知らされる。「最低や」と罵って殴ってくれて構わない。むしろそうしてくれた方が気が楽や。

「最低なんは私の方や……」
「え……」
「それを聞いて安心してまった……ごめん」

誰がどう考えても最低な俺の行動を、ゆきさんが咎めることはなかった。今ゆきさんが泣いてる理由は、菊池との付き合いがお試しだったことに安心してしまった自分に対する嫌悪感からってことだろうか。

「最低ついでに私の気持ち全部言ってええ?」
「!」
「侑に伝えたいこと、いっぱいある」
「は、はい」

最低なわけないと力強く言いたくなったのをグッと堪えてゆきさんの次の言葉を待った。

「ミスコンの時ね、侑が隣にいてくれて心強かった。"いつも通りでええ"って言ってもらえたのが、すごく嬉しかったんよ。ありがとう」
「そんな俺は……」

そんなこと言ったやろか。よく憶えとらんけど、変な無理はせず自然体でいればゆきさんの魅力は十分伝わると思っていたのは確かや。
文化祭も今となっては懐かしい。元々北さんがやる予定だったアシスタントを俺がやれるとも思っていなかった。北さんと同じくらい、俺に対して心を開いてくれてるように思えて嬉しくて仕方がなかった。

「何で治にはかわええって頭撫でるのに自分にはせんのやって聞かれたけど……私、侑のことかわええって思ったことない」
「えっ」
「その……か、かっこええとは、何回か思った」
「!」

事あるごとに「かわええ」と言われる治に対して嫉妬心を曝け出したこともあった。顔を赤くしてそんなん言われたら、何十回の「かわええ」よりも一回の「かっこええ」の方が嬉しいと思えた。

「頭撫でたらあかんって言ったのは、侑に触られるとドキドキするからやし、アイス貰わなかったのは、侑と間接キスするのが恥ずかしかったから」

頭撫でるのを断られた時もアイスを食べてもらえなかった時も、そんなことを考えていてくれてたなんて。毎日のように見てきたゆきさんの変化に、何で俺は気づかなかったんや。

「彼女できたなら邪魔したらあかんと思って勝手に距離とったくせに、すぐに私の方が寂しくなってまった」

何で大事な人が悲しむようなことをしてしまったんや。

「……侑が私以外の女の子に夢中になるんは、嫌や」
「っ、ゆきさん以外に夢中になれる女子なんていません」
「私……侑の一番がええ」
「一番です!!」

ゆきさんのいじらしいお願いに食い気味に答えた。いくら後悔したところで自分の罪が消えることはない。だからこそ、人見知りのゆきさんが一生懸命伝えてくれる言葉は一文字も逃さず受け止めて、応えていきたいと思った。

「好きです。気づくの遅なってすんません。俺、ゆきさんのことめっちゃ好きです」
「!」

ゆきさんに先に言わせることになってしまったけど、好きな気持ちは俺だって負けてない。恋愛感情だと自覚できていなかっただけで、ずっと前からゆきさんは俺の特別だった。

「俺だってゆきさんの一番がええ。治にも北さんにも、誰にも譲りたくない」
「……うん」

治と仲良くされるのは嫌や。北さんとお似合いやって周りに見られるのも嫌や。ゆきさんの一番になりたい。こんなにもひとりの女性に執着したのはゆきさんが初めてや。

「俺と付き合うてください」

不安にさせてしまった分を埋め合わせできるくらい、いや、それ以上にゆきさんを幸せにする。確固たる覚悟を胸に、俺は深々と頭を下げた。

「……あかん」
「あかんんん!?」

ゆきさんからまさかの返答がきて思わず突っ込んでしまった。いや、確かに最低なことをしたクソヤローですけれども。この流れで「あかん」と言われるとは思わんやんか。

「お試しでも今侑は他の子と付き合うてるんやから、ちゃんとしてからにしよ。私も一緒に謝りたい」
「!」

その理由は優しくて律儀なゆきさんらしいものだった。こういうところも、たまらなく好きだと思う。

「菊池とはさっきけじめつけました」
「でも、納得してくれるやろか……」
「大丈夫っす。……ええ子なんで」

治の助言のおかげで菊池とはけじめをつけられた。別れ際だけ雑になってしまったのは後日謝るとして、さすがに名前さんが菊池に謝る必要はない。菊池へのフォローは俺の義務だし、俺とゆきさんが付き合うことをとやかく言うような子じゃないはずや。

「絶対幸せにします。俺と付き合うてください」
「……うん。大好き」

改めて告白して、ゆきさんが頷いてくれた瞬間に抱きしめた。ふんわりと鼻を掠めたのはゆきさん愛用のハンドクリームの匂い。俺の背中にまわされた腕からもゆきさんからの「好き」がひしひしと伝わってきてるような気がする。
ゆきさんに心配してもらいたい、頼ってもらいたい、かっこええって言われたい、大好きって言われたい……気付けば最初に掲げていた目標は全部クリアしていた。でも、これがゴールじゃない。ゆきさんを世界で一番幸せにするという新しい目標を胸に、俺が世界で一番幸せになった瞬間を噛み締めた。



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