02
紺野さんを笑わせるという目標ができたからにはまず紺野さんがどういう人なのかを知る必要がある。部活中の姿を見ていてわかったことは、紺野さんはあまり人を頼らないということ。人数の多いバレー部員に対してマネージャーは紺野さんひとり。一部の一年が手伝ったりしてるけどいつも何かしら動いている印象や。タオルやドリンクボトルが入った重たいカゴも一人で何往復もして運びはる。仲良くなれたらええなって下心もあって何度か手伝いを申し出たけど全部断られた。ほんま愛想ない。女の子なんやから「ありがとう」って言って甘えたらええやんか。
「紺野、そっち持つ」
「……ありがと」
大耳さんには素直に甘えとった。何それめっちゃ悔しいんですけど。
***
「紺野さん!」
こんなんで諦めてたまるか。休憩時間に紺野さんを捜してウロウロしていたら駐輪場から歩いてくるのを見つけて、俺は迷わず駆け寄った。
「どっか行ってたんすか?」
「うん、買い出し」
「ひとりで?」
「うん」
「……」
紺野さんの手には2つの大きなビニール袋。買い出しに行くなら荷物持ちのひとりやふたり連れてけばええのにひとりで行ったんか。ランニングついでって言えば監督だって許可したはずや。
「持ちます」
「ええよ」
「ええから!」
「……」
駐輪場から体育館までのちょっとした距離でも頼ってくれないことに少しイラっとして、右手の袋を強引に奪った。紺野さんの右手首にはくっきりとビニールの痕がついてしまっている。ほら、絶対重いはずなのに。
「……」
「……」
荷物持ったはええけど早速気まずい沈黙が流れた。さすがに先輩相手に強引な行動して怒らせてまったやろか。
「……テーピング」
「!」
必死に紺野さんとの話題を頭の引き出しから探していたら、なんと紺野さんの方から話しかけてくれた。たったそれだけのことなのに何やこの高揚感は。紺野さんの小さな口から出てくる言葉を一言一句聞き逃さないように集中する。テーピングが、何や。
「10ミリのでよかった?」
「え!」
俺がいつも使ってるのは10ミリのテーピング。部活の救急箱には15ミリと30ミリのやつしかなくて、10ミリじゃないと違和感あってたまらんわってついこぼした気がする。でも何で紺野さんが知っとんのやろ。
「北くんが教えてくれた。侑専用に買ってやれって」
北さんに聞かれてたんか。そういえばこの前、北さんが買い出しのことで紺野さんを呼び止めていた。このことを伝えてたんかな。だったらそのあとの「北くんお母さんみたいや」って紺野さんが笑ったのも筋が通る。
「はい、10ミリのが一番しっくりくるんです」
「そっか。北くんに感謝やね」
「……紺野さんもありがとうございます」
「私は、別に……」
あ、照れたかも。顔が赤くなったとかわかりやすい見た目の変化は無いけど、しおらしく外された視線がそう感じさせた。こうやってよーく見れば紺野さんもちゃんと感情動かしてるのがわかるんやな。
「ここに置いていいですか?」
「うん。……侑」
「!」
紺野さんに名前を呼ばれてドキっとした。え、人見知りするくせに名前で呼び捨てしてくれるんすか。
「……手伝ってくれて、ありがと」
「!!」
おそらく紺野さんなりに勇気を出して発した言葉に、俺は強く胸を打たれた。
何やっけ、ツンデレ?クーデレ?って、こういうことを言うんやろか。よくわからんけどとにかくものすごい破壊力やった。アランくんの「ああ見えて可愛いとこあるんやで」という言葉に全身全霊で共感した。紺野さん、めちゃくちゃかわええやんか。
***
ゆきさんが無愛想に見えてしまうのは人見知りしているから。じっくり付き合うてみれば可愛らしい一面を見せてくれることを知ってからはいろいろと吹っ切れた。
まず普通に会話するところはクリアした。最終目標のゆきさんを笑わせるために、俺はとにかく話しかけることにした。
「ゆきさんおはようございます!」
「……おはよう」
朝練終わりに登校中のゆきさんを見つけたから名前を呼んで駆け寄った。ちゃんと返事はしてくれたけど俺が横に並ぶとさり気なく距離をとられた。ゆきさんはパーソナルスペースが広い。
ちなみに呼び方は向こうが名前呼びしてくれてたから勝手に名前呼びに変えさしてもらった。特に何も言われないからOKいうことで解釈している。
「ゆきさんチャリ通なんですね」
「うん」
「チャリでどんくらいなんすか?」
「30分くらい」
「えっ、それ遠ないすか?」
「そんなことないよ」
ゆきさんの返事は必要最低限や。もう入部して2ヶ月くらい経つというのに視線も全然合わせてくれない。人よりコミュ力には自信あるけど、正直ゆきさんと会話を長く続けるのはしんどかった。
「私こっちやから」
「あ、ハイ」
そうこうしてる間にチャンスの時間は終わってまった。全然話せなかった……こんなペースでゆきさんが打ち解けてくれるようになるまで、いったいどのくらいかかるんやろ。
「……また、部活で」
「! ハイ!」
去り際にゆきさんが絞り出した言葉を俺は聞き逃さなかった。確かに、嫌ってるわけじゃなくて歩み寄る努力はしてくれてると思う。注意しないと見逃してしまうくらい些細なことだけど、今ならわかる。もっともっと打ち解けてもらいたい。
***(夢主視点)
「ゆきさん今日めっちゃ暑いっすねー」
「うん」
「ゆきさんスカート短くせえへんの?」
「少しはしとるよ。私はこのくらいが落ち着く」
「へー!」
最近、侑がめっちゃ絡んでくる。元々名字呼びだったのにいつの間にか名前呼びになっていたし、急な距離の縮め方に正直困惑していた。別に嫌なわけじゃない。むしろ侑は私なんかと話してて楽しいんやろかと心配になる。特にうまい返しとか話題を広げるようなことも言えないから、つまらなくないんかな。
「あっ、もうこんな時間や!また部活で!」
「……うん」
1年生の教室、ここからけっこう離れてるけど間に合うやろか。遅刻するくらいならこんなとこまで来なければええのに。
「懐かれとるな、侑に」
「……おはよう」
「おはよ」
侑が行った後、声をかけてくれたのは尾白くんやった。侑の後ろ姿を呆れた表情で見ている。
「うざないかアレ。嫌やったら俺から言うとくけど……」
「ううん、大丈夫」
尾白くんは侑と治とは小学生からの知り合いらしくて、ふたりが入部してきた初日から仲良しやった。息の合ったやりとりを遠目に見ていて、楽しそうでええなと思っていた。
「私とコミュニケーションとろうとしてくれてるんやなって、わかるし……」
侑がこうやって私に話しかけてくれるのは、人見知りな私と打ち解けようとしてくれてるからだと思う。そのことは素直に嬉しい。
「私も、後輩と仲良くなりたいし……」
(……かわええ)
「でも、ちょっと距離感が近くて困る」
「あー……」
ただ、慣れるにはまだ時間がかかりそうや。
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