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25


 
インターハイでも春高でも、最後までコートに残るのは全部を勝ち抜いた一校のみ。その頂点を目指していた私達稲荷崎高校は、春高最終日を迎える前にその資格を失った。準決勝であたった井闥山に敗けてベスト4。それが今年の春高で私達に与えられた称号だった。

「……」

帰りのバスは空調の音や運転手さんの咳払いが聞こえるほどに静かだった。隣に座る北くんも、ずっと窓の外を眺めていてまだ一言も喋っていない。
こういう時、マネージャーとして何て声をかけるのが正解なんやろか。気の利いた言葉は全然出てこなかった。「惜しかったね」とか「次は優勝できるように頑張ろ」なんて言っても、選手経験のない私の励ましなんてきっと響かない。

「北くんも、一番が良かった?」
「……大事なんは過程で、結果は副産物に過ぎん。今年の春高はベスト4の実力やったってことや」
「……」

『思い出なんかいらん』……他のチームが四文字熟語や希望のある単語を掲げる中、うちのこの言葉はなかなかインパクトがあると思う。私は正直あまり好きじゃない。みんなとこうやって東京に来られたことは、私にとって大事な思い出であることに違いはないから。結果が全てだなんて思わないし、一番以外が意味のないものだとも思わない。今までたくさん練習してきたみんなを近くで見てきたからこそ、その努力が否定されるような考え方はしたくなかった。

「夏の合宿の時にね、小春先輩にこのチームでどうなりたいか聞かれて、答えることが出来んかったんやけど……」
「……」

今日敗けた瞬間、私は得点ボードをぼんやり見つめながら夏の合宿で小春先輩に聞かれたことを思い出していた。このチームでどうなりたいかという難しい質問に私は答えられなかった。今も正解なんてわからない。

「みんなが、一番がええなぁ」

一番がええなんて、子供のワガママみたいな願望だけど、今あの質問に答えるとしたら私はこう答えたと思う。私はバレーをしてるみんなが好き。勝って、くしゃって子供みたいな笑顔でベンチに戻ってきてほしい。悔しそうな顔や泣いている顔を見るのは嫌や。すごく短絡的な考えだと自分でも思う。

「「次は一番になります!!」」

前の席に座っていた侑と治が後ろを振り返って同時に叫んだ。それが私がボソッと呟いた言葉に対する返事であることにはすぐに気付いた。静かな車内では聞こえていてもおかしくない。

「……うん」

いつもみたいな調子に戻ったふたりを見て安心した。いっぱい勝って、いっぱい笑ってほしい。そのために私にできることがあるのなら、何でも頑張りたいと思った。


***(侑視点)


2月に入った。2月といえばそう、バレンタインや。女子からチョコレートが貰える日や。毎年、本命と義理合わせてたくさんチョコを貰っている。正直普通の人より多く貰っている自覚はある。それは素直に嬉しいけど、今年はどうしても欲しい相手がいる。

「ゆきさん去年はチョコくれました?」
「貰たな」
「て、手作りすか!?」
「おん。アレ何て言うんやっけ」
「トリュフやろ」
「ああそれ。硬かったけど」
「「おおお!」」

念のため先輩達に確認してみたら、やっぱりゆきさんは部員みんなにチョコを配っていた。ゆきさんからのチョコが確定して治とふたりで目を輝かせた。

「ちゃんと部員一人ずつにラッピングしてたな」
「な。マメやな」

今年は何を作ってくれるんやろ。どんだけ硬かろうがゆきさんの手作りなら何でもええ。一番最初は絶対ゆきさんのチョコを食うんや。


***


そしてやってきたバレンタイン当日。部活終了の挨拶で集まる部員達の落ち着きがないのは、ゆきさんが持っている紙袋が気になってしょうがないからや。多分あの中に、ゆきさんの手作りチョコがある。

「あー……最後にマネージャーから連絡がある」
「部室戻る前に、一人一個、貰ってってください」
「「「おおおお!!」」」

ゆきさんが紙袋を差し出すと大きな歓声があがった。部員達が両手を上げたり涙を流したりして喜ぶ中、俺と治はいち早くゆきさんに駆け寄った。

「俺一番!」
「何すか!?」
「クッキー。誕生日にお母さんからいろんな種類の型抜き貰たから、使いたかったんよ」

今年はクッキーらしい。誕生日の時はカップケーキだったから、ゆきさんのクッキーを食うのは初めてや。

「ハートはありますか!?」
「え、うん」
「俺ハートが入ってるのがええ!」
「俺も!」
「漁るなよ……」

大きな紙袋の中にはご丁寧に小分けにラッピングされた小さな袋が入っていた。いろいろな形のクッキーがランダムに入っているみたいだけど、どうせ貰うならハートがええ。

「まったく騒がしい奴らやな……」
「侑も治もいっぱい貰てたのに食いしん坊やね」
「いや……そういうんやないと思うで」
「?」
「ゆきから貰うんが嬉しいんやろ」
「! ……そっか」


***(夢主視点)


3学期の終業式を終えて春休みに入った。新体制での活動にも慣れてきて、北くんや侑と治を中心にチームとしての形が見えてきたと、マネージャーながらになんとなく感じ取っていた。私もその一員なんだと、今なら胸を張って言える。
昼休憩か終わる頃、監督に買い出しを頼まれて荷物持ちを一人連れていけと言われた。確かにリストを見る限り私一人だと厳しい量だった。去年の私だったら無理をしてでも行っていたかもしれない。練習を抜けさせて付き合ってもらうのは気が引けるけど、多分みんなは頼んだら快く引き受けてくれるんだと思う。

「悪い、これから部長集会あんねん」

まず一番頼みやすい北くんに頼んでみたら断られてしまった。部長集会ならしょうがない。他の人なら誰に頼もう。尾白くんはコーチに個人レッスンしてもらってるから申し訳ない。大耳くんは北くん不在の時に仕切ってくれるからいないときっと困る。赤木くんは後輩の子に何やら熱心に教えている。

「侑に頼んだらどうや?喜んでついてくるやろ」
「……」

侑なら多分、頼めば手伝ってくれると私も思う。でも大好きなバレーの練習を中断させることになってしまう。それでも喜んでついてきてくれるんやろか。

「……!」

お願いしようか迷って見ていたら目が合ってしまった。そういえば侑が入部したばかりの時も北くんと話している時に目が合って、あの時は反射的に逸らしてしまったのを思い出した。あれから約1年間一緒に過ごしてきて、それなりに仲良くなれたと思っている。言うだけ、言ってみようかな。

「侑……」
「ハイ!」
「今から買い出し行くんやけど……」

でも、もし断られたらどうしよう。嫌そうな顔をされたらどうしよう。侑に拒絶されるのを想像したら、次の言葉はなかなか出てこなかった。

「一緒に行きます!!」
「!」

私が頼む前に侑の方から申し出てくれた。いつもの無邪気な笑顔にほっとする。もう緊張する理由はないはずなのに、私の心臓はいつまでもドキドキとうるさかった。



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