22
(角名視点)
文化祭1日目の目玉イベントは午後に行われるミスコンだ。今年は紺野さんが出るということで会場の体育館は立ち見が出る程の超満員。俺はクラスの友人となんとか椅子に座ることができた。ちなみに治はこの後のミスターに出る準備のため不在。侑はワガママを言って紺野さんのアシスタント役を北さんと代わってもらってステージ上にいる。あいつもミスターに推薦されていたはずだけど、多分このために辞退したんだろう。
「まずは自己紹介をお願いしまーす!」
生徒会の司会の進行でミスコンが始まった。最初の審査は質疑応答。自己紹介をした後に司会からの質問に答えていかなければならない。それがどう審査に影響するかはわからないけど、人見知りの紺野さんにとっては大きな試練になるだろう。普段あれだけ人見知りしてる人がこんなにも注目されることが平気なわけない。それなのに自らミスコンに出ると言ったのは優勝賞品が欲しいから。それを聞いて違和感を覚えたのは俺だけじゃなかった。
優勝賞品は商品券1万円分。確かに魅力的ではあるけれど、そんな物欲のために動く人ではないと思う。
「紺野ゆき、2年1組。男子バレー部マネージャー。えっと……」
自己紹介のために立ち上がって注目を浴びる紺野さんは客席から見ても緊張してるのがわかった。もじもじと視線を泳がせたり無意味に前髪をいじったりする姿は可愛らしい。微笑ましくて応援したくなってしまう。
その気持ちは隣に座る侑も同じようで、緊張している紺野さんをデレデレ顔で見てる。表情筋緩みまくってる。一応イケメン双子で名が通ってるのに、全校生徒の面前でその腑抜けた顔を晒すのはいかがなものか。
「では早速気になる質問バンバンいっちゃいましょう!」
「ズバリ、彼氏はいますか!?」
「あ? いるわけないやろが」
「あ、いやアシスタントさんには聞いとらんけど」
「いません。ね、ゆきさん」
「う、うん」
いきなり司会が攻めた質問をしてくると、それに答えたのは紺野さんではなくて侑だった。いや何でお前が答えてんだよ。
「ではでは、どんな男性がタイプですか?」
「えっと……」
「秘密ですゥー」
「いや、だからアシスタントさんちょっと黙ってくれへん?」
「こんな公の場でゆきさんの好みのタイプ晒せるわけないやろが!ゆきさん後で俺にだけ耳打ちで教えてください!」
「えええこのアシスタントめっちゃ邪魔やねんけど!」
「侑邪魔やでー!」
「マネさんのこと教えろやー!」
「喧しいわお前らなんかに知られてたまるかい!」
開始早々紺野さんより目立つアシスタントに司会はたじたじだ。客席からは野次まで飛んできた。
「好きな食べ物は何ですか?」
「ヒラメの縁側ですよね、ゆきさん」
「うん。アジの開きも好き」
「好きな動物は何ですか?」
「犬ですよね、ゆきさん。黒柴飼ってますもんね!」
「うん」
その後も周りの反応おかまいなしに紺野さんへの質問にすべて答えていく侑。こんなアシスタント邪魔でしょうがないだろうな。主役の紺野さんが全然喋れてないじゃん。
「バレー部の侑っていつもあんな感じなん?」
「……うん」
***(侑視点)
文化祭一日目の午後、ミスコンの会場である体育館にはかなりの人数が集まった。大勢の人前でゆきさんは緊張しまくってる。そんな姿を隣で見られるなんて俺は幸せ者や。しかし微笑ましく見守るだけではあかん。俺の役目はゆきさんのアシスタントや。一次審査の質疑応答では生徒会からの変な質問に全部代わりに答えてやった。
二次審査はファッションショー。ゆきさんの友人が用意してたのは巫女さんの衣装やった。めちゃくちゃ似合っとった。観客からも「おおお」と歓声があがったが隣でめちゃくちゃ威嚇しといた。これでミスコンが終わった後も安易にゆきさんに近づこうとする輩は現れないだろう。
「では最後の審査に参りましょう!3次審査は……疑似デート〜!」
そして3次審査は疑似デート。生徒会が用意したあるデートのシチュエーションを演じて、どれだけ観客をきゅんとさせられるかが審査されるらしい。
「台本はこちらで用意してますが、赤字で書かれた胸キュンフレーズさえ言ってくれれば基本アドリブオッケーです!」
「アシスタントの腕が試されますね〜」
そう、この審査では彼氏役を務めるアシスタント……俺の立ち回りが重要になってくる。芝居だとしてもゆきさんの彼氏になれるなんて役得すぎる。
「一番手、紺野さんが引いたお題は……こちらです!」
「お家でお勉強デート〜!」
「胸キュンフレーズは……『おばかさん』でーす!」
このお題は楽勝や。何故ならお家でお勉強したことあるし「おばかさん」も言われたことがあるから。
「台本読んでええんよね?ちゃんとできるやろか……」
緊張してるゆきさんかわええなあ。そんな不安そうな顔されると護ってあげたくなる。
「大丈夫です、俺がついてるんで!気張らんと普段通りやりましょう!」
「……うん」
別に演技なんてしなくてもゆきさんは十分魅力的な人や。普通にしてるだけで魅力は伝わるはずや。そう励ますとゆきさんは優しく微笑んだ。え、何その笑顔超かわええ。
***(角名視点)
「では……紺野さん、よろしくお願いします!」
3次審査が始まった。紺野さんと侑でカップルを演じて、観客をどれだけ胸キュンさせられるかが審査のポイントらしい。紺野さんこういうの苦手そうだな。まあ侑がうまくフォローするだろう。
「えと、次は数学やね」
予想通りっちゃ予想通りだけど……棒読みだ。台本読んでる感半端ない。そんな大根役者でも可愛らしく見えるからやっぱり美人は得だと思った。
「しょ、翔太くん、手が……」
「ストップ!誰ですか翔太て!ちゃんと俺の名前呼んでください!」
「けど台本には翔太くんて……」
「翔太なんてこの学校に何人いると思とんのですか!侑にしてください!」
うわあ、侑のヤツ台本に駄々こね出したんだけど。翔太っていうのはおそらく生徒会が適当に設定した彼氏役の名前だろう。別に芝居なんだからいいじゃん、翔太で。
「……ええの?」
「はい、アドリブオッケーなんで。口調とかも全然変えてええんで!」
侑の幼稚なワガママに客席からは笑い声が漏れた。
「じゃあ……侑、手が止まってる」
「あかん集中できへん!」
「何で?勉強教えて言うたんは侑やんか」
「そんなんただの口実に決まっとるやないですか!」
「え、と……?」
侑と呼んだからかどうかはわからないけど、少し紺野さんの台詞が自然になった。しかしすぐに言葉に詰まってしまった。多分侑のアドリブのせいだろう。
「ええですか。今後勉強教えて欲しい言われても絶対ふたりきりにならんでください」
「侑、台本……」
「治もあかん!てかあいつ最近距離近ないすか?」
「そんなことない」
これはもはや寸劇でも何でもない、いつもの部活での光景なんだけど。何を見せられてるんだ。
「あります!ゆきさんも治ばっか贔屓してますやん」
「そんなんしてへん」
「なら何で俺には頭撫でたりかわええって言ったりしてくれへんのですか!!」
「……」
侑がガキみたいな嫉妬を吐露すると会場は爆笑。拍手まで巻き起こった。もうコントを見ている気分だ。会場を味方につけた侑は客席に向かって得意げに手を振った。対して紺野さんは恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「……ばか、恥ずかしいからちゃんとやってや」
「!」
照れた紺野さんは侑に腹パンをくらわせた。腹パンと言っても痒いくらいのもの。俺も同じようなことをやられたことあるけど、破壊力半端なかった。侑にはもちろん効果抜群で、きゅんきゅんが抑えられていない。イケメンの顔がゆるっゆるだ。観客も紺野さんのいじらしい仕草に胸を打たれてるのがわかった。
「そ、そこまでー!」
会場がほわっとした雰囲気に包まれる中、ストップの声がかかった。一応「ばか」は言ったからいいらしい。
***
そして全ての審査が終わり結果発表の時間がやってきた。
「優勝は……紺野さんです!!」
でしょうね。優勝者の紺野さんにスポットライトが当たりステージ中央に促される。隣の侑は「当たり前や」と得意げな表情だ。
「優勝賞品は商品券1万円分です!何に使いますか?」
「……プロテイン」
「え?」
「プロテインを、買います」
紺野さんが欲しがっていた商品券1万円分。何に使うのかと聞かれたら予想もしなかった答えが出てきて会場が固まった。紺野さん自身がプロテインを欲しがるわけがない。運動音痴だし。だとしたら考えられるのはひとつ。
「プ、プロテイン?紺野さん体鍛えとるんですか?」
「部活で……」
「!」
結局は俺らのためにミスコン出たってことね。あーもう……何だろうなこの感じ。
「もう……ゆきさん……好きッ……!」
「これは侑が悶えるのもわかりますね〜」
言い表し様のない何かがこみ上げてくる。この気持ちをステージ上の侑が顔で表現してくれていた。
「ええなあ、バレー部」
「……いいでしょ」
隣に座る友人が零した言葉に、俺も自慢げに頷いてしまった。
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