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「やっぱり出ることにした」
「え……」
「ミスコン」
「……えええ!?」
突然のゆきさんの報告に驚きが隠せなかった。だって、あんなに嫌がっていたミスコンに出るなんてどういう心変わりや。
「マジすか!?」
「うん」
「脅されてません!?」
「うん。北くんも隣にいてくれるし……頑張る」
しかも周りに強く頼み込まれてしょうがなくって感じじゃない。むしろ前向きな姿勢のように見える。
「楽しみにしててな」
「!」
そりゃんおめかししたゆきさんはめちゃくちゃ楽しみやけれども。それよりも他の奴に見せたくないっていう気持ちの方が上回る。でもそんなん言われたら「出なくてええです」なんて言えへんやんか。
***
「どういうことすか北さーん!」
「何やねん」
部室に入るなり、俺は北さんに問いただした。ミスコンに出るには必ず異性のアシスタントを一人つけなあかんらしい。それが北さんだと言っていたから、ゆきさんが急にミスコン出ることになった理由も北さんなら知っているはずや。
「何でゆきさんがミスコン出ることになってんすか!」
「紺野が出る言うたんや」
「ゆきさんが自分から人前出るなんて信じられません!」
「……優勝賞品の商品券で、買いたいもんがあんねんて」
「……」
その理由を聞いてもいまいち納得できなかった。ゆきさんが商品券程度で自らミスコンに出るなんて言うやろか。
「ミスコンて何やるんですか?」
まあ決まったことをいつまでも嘆いていても仕方ないし、こうなったらゆきさんの出場は認める。今考えなあかんのは、ミスコンを見た連中が下心を持ってゆきさんに近づかないようにする方法や。
「ちょうど生徒会からプリント貰た」
北さんが鞄から出したプリントをみんなで覗き込んだ。審査項目は大きく分けて3つらしい。
「まずは質疑応答」
「エロい質問とかないやろな」
「スリーサイズは聞かれるやろ」
「は? 却下」
「何でお前が却下すんねん」
「秘密です〜言うとけばええんや」
ゆきさんのスリーサイズなんて俺らも知らんのに公の場で晒せるわけないやん。変な質問に関しては全部「秘密」と言ってもらえばええか。
「次にファッションショー……」
「衣装は個人で用意。自分の魅力を最大限引き出せる服を用意してください」
「え、これどうするんですか」
「服は友達が選んでくれる言うてた」
「それ大丈夫なんすか?露出多い服と違いますよね?」
「知らんけど」
女子チョイスならよっぽど大丈夫やと思うけど、一応衣装については事前にチェックしておこう。
「最後に疑似デート」
「何それ?」
「生徒会が用意した台本でカップルのデートを演じるんやて」
「えっ、相手は!?」
「アシスタントやから……北やな」
「えええ北さんズルい!」
芝居でもゆきさんの彼氏役になれるなんて羨ましすぎる。そして北さんもゆきさんも、芝居してる想像ができない。正直あまり上手くはなさそうや。
「ズルい言うなら侑代わるか?」
「エッ」
羨ましさに唇を噛み締めていたら北さんからまさかの提案をされた。そりゃゆきさんのアシスタントとして隣におられるんだったらめちゃくちゃ嬉しいけど、そんな簡単に代われるもんなんすか。
「あ、紺野」
「?」
「ミスコンのアシスタントな、侑がやりたいねんて。侑でもええか?」
「え……」
部室から出たところでちょうど通りかかったゆきさんに北さんが聞いた。ズルいとは言ったものの、北さんが適役だってことは理解している。ゆきさんが一番安心できるのは多分北さんの隣や。
「……ええよ」
「マジすか!?」
ゆきさんは少し悩んだ後頷いた。まさか受け入れてくれるとは思わなくてめちゃくちゃ狼狽えてしまった。俺でもええんすか。
***
そして文化祭当日。1日目は校内開催になる。俺ら1年は展示品を飾るだけだから当日は先輩達の催し物を見て回る時間が多い。治と角名と一緒に、真っ先に向かうのはもちろんゆきさんのクラスや。確かドリンクショップって言ってた。
「妖怪……ドリンクショップ……?」
「いらっしゃーい」
いざゆきさんのクラスの前まで来てみたらなんか、想像してたんと違った。祭りの屋台みたいに普通に冷やしたペットボトルとか缶ジュース売っとるんと違うの。
出迎えてくれたのは全身緑タイツできゅうりを片手に持ったお兄さんやった。多分河童や。ちょっと残念な感じあるけどおそらく河童や。
「おう、お前ら来てくれたんか」
「大耳さん!?」
「何すかその格好!」
「一反木綿や」
「クオリティ低ッ!」
河童のお兄さんに案内されて中に入るとシュールな格好をした先輩達がたくさんいた。その中に模造紙を身にまとった大耳さんがいて思わず噴き出してしまった。一反木綿は確かにヒラヒラした紙の妖怪やけれども。「妖怪ドリンクショップ」という名前の通り、妖怪のコスプレをして飲み物を売ってくれるっていうことらしい。
「紺野、侑達来たで」
「あ、いらっしゃい」
「「「!」」」
となると、ゆきさんのコスプレが気になる。大耳さんに呼ばれて仕切りカーテンから出てきたゆきさんは淡い水色の浴衣を着ていた。ただの美人やんって思っていたら「雪女」という名札がついていた。
「雪女なんですね」
「うん。座敷童と迷ったんやけど」
どっちにしろ似合うからよし。かわええなあ、ずっと見てられる。
「……えい」
「ッ!? 冷たッ!」
「ふふ、雪女やからね」
浴衣姿のゆきさんを思う存分目に焼き付けていたら、ゆきさんの手が俺の頬に触れた。その冷たさに驚くとゆきさんはいたずらに笑った。冷たくて反射的に驚いたのは一瞬で、ゆきさんの手が俺の頬に触れたことがただただ嬉しいし笑顔超可愛い写真撮りたい。
「ゆきさん俺も」
「っ、あかーん!」
「!」
治が同じことを要求したから俺はゆきさんの右手を掴んで全力で阻止した。ゆきさんにほっぺた触られるサービスを他の奴に味わわせてなるものか。掴んだついでにもう出来ないようにめっちゃ温めたろ。
「……冷た」
「え……と、驚かせるために冷たくしたんやけど……」
「ア゛!!」
邪魔する俺をうざそうに睨んだ後、治はゆきさんの左手をとって自ら頬に当てて堪能しやがった。
「ゆきさん、このサービスは他の人にやったらあかん」
「サービス違う」
保冷剤で冷やされたゆきさんの手は俺と治によってしっかり温められた。
「何か飲む?」
「貰います!」
「何あります?」
「メニューどうぞ」
気を取り直して本来のサービスを受けよう。渡されたメニューを開くと変な名前の飲み物がいくつも載っていた。
「何ですか河童のメロンソーダて!」
「普通のメロンソーダ」
「普通なんかい!」
「あ、雪女ある!」
「うん」
「これにします!」
お店のコンセプトに合わせて全部の飲み物に妖怪の名前がついてるらしい。そんならゆきさんのがええ。俺達は「雪女の冷たいカルピス」を3つ頼んだ。
「紙コップに書くやつ選んで」
「?」
メニューにはまだ続きがあった。どうやら飲み物を選んだ後、担当の妖怪さんが紙コップに何か書いてくれるらしい。スタバのアレみたいな感じやな。選択肢は3つ。猫ちゃんか名前か似顔絵。何それかわええ。
「「似顔絵で!」」
「じゃあ俺猫ちゃん」
俺と治は似顔絵、角名は猫ちゃんを選んだ。ゆきさんの絵ってそういえば見たことないな。どんな絵描くんやろか。
「わかった。侑からね」
「!」
似顔絵を描くためにゆきさんに顔をじっと見られる。めっちゃドキドキすんねんけど。こんなんあかんやろ。ゆきさんにこんな見つめられたらやばいやろ。俺ら以降このメニューは削除してほしい。油性ペンで塗り潰したろかな。
「はい」
「ありがとうございます一生大事にします!!」
「飲んだら捨ててや」
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