15
(角名視点)
「あ、ゆきさんや」
昼休み、購買帰りの廊下で紺野さんの姿を治が見つけた。結構遠いのによくわかったな。治は迷うことなく紺野さんに駆け寄っていった。俺も遅れて後ろからついていく。
「……」
先日の喧嘩以降、治も完璧に紺野さんの忠犬になった気がする。前まで名字呼びだったのに名前呼びになってるし、紺野さんを見つけた時の嬉しそうな顔や紺野さんに駆け寄る後ろ姿はまさに大好きな飼い主に尻尾を振る犬のようだ。
「何食べてはるんですか?」
「ビスコ。食べる?」
「はい」
治は言わずもがな満腹キャラだけど、紺野さんも何かしら食べ物を持ってることが多い。大食いなわけではなくてお菓子が好きらしい。こうやってお菓子を治に分け与える光景を1日1回は見ている気がする。俺にも勧めてくれたけど遠慮しておいた。紺野さんの分が無くなっちゃうし。
治はたかがビスコでものすごく幸せそうだ。それは単に美味しいからだけじゃなくて、紺野さんがくれたものってとこに意味があるんだろう。
「治、食べかすついとる」
「?」
「右んとこ」
「ここ?」
「違う、もうちょっと内側」
「……わからへんから取ってください」
あ、これは確信犯。取ろうと思えば取れるくせにそれをしないのは紺野さんに甘えたいからだ。あざとい。治は紺野さんが届くように腰を屈めた。
「ほらここ」
唇の端の結構際どいところについた食べかすを、紺野さんは躊躇なく指で払った。偶然通りかかった男子生徒がぎょっと目を丸くした。
紺野さんはおしとやかそうに見えて結構豪快なところがある。合宿最終日、海でパーカーを脱ぎ捨てた動作は色気の欠片もなかった。
「!」
一歩引いてふたりのやりとりを見ていたら遠目に侑を見つけた。どうやら今のやりとりを見ていたようだ。これは煩くなりそうだ。真っ先に突っかかってくると思ったら、何を思ったのか侑はその場でネクタイを緩めて制服を着崩した。
「ゆきさんこんにちは!」
「……侑、ネクタイ緩んどる」
「ゆきさんやってください!」
ああそういうこと。紺野さんに世話を焼いてもらった治が羨ましくて対抗してるってわけね。……くだらない。
「ネクタイくらい自分で絞めれるやろ」
「えええ!?」
しかし侑の思惑は空回り、治が勝ち誇ったように笑った。なんか……紺野さんのおかげで双子のめんどくさい小競り合いが増えた気がする。
「……角名」
「あ、はい」
「ここ、寝癖ついとる」
「!」
「「!?」」
傍観を決め込んでたのにこっちまで飛び火してきた。寝癖がついてると紺野さんに頭を触られると、双子の羨ましそうな視線が同時に向けられた。面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだけど、この羨望の視線は少し気分が良い。
「ありがとうございます」
「ううん」
***(侑視点)
「角名何見とん?」
「!」
部活の休憩時間、治と外を歩いていると何やらこそこそとカメラを構える角名を見つけた。声をかけたら少し驚かれて、口の前に人差し指を立ててしーーとジェスチャーした。
「「?」」
角名の視線を追っていって納得した。ゆきさんが、寝ている……!おそらく洗濯待機中に寝てしまったんだろう。体育座りでビブスを抱きしめて寝ている。天使か。あのビブス使いたい。
「ちょ、おい角名写真撮ったんか?」
「うん」
「くれ!」
「えー……」
このムッツリめ。お前ばっかゆきさんの写真持っとってズルいねん。
「ケチ!ええわ自分で撮るからスマホ貸して!」
「は?」
このチャンスを逃してたまるか。俺は角名から携帯を奪って治と一緒に眠るゆきさんに忍び足で近づいた。ゆきさんは起きる気配ない。俺は右隣、治は左隣にしゃがんでインカメのシャッターを押した。宝物や……!今のうちに俺のトーク画面に送っとこ。
「ん……」
「!!」
角名のスマホを操作してたらゆきさんが俺の肩に寄りかかってきた。やばい、めっちゃええ匂いすんねんけど。どんなご褒美やねん。俺は慌ててスマホを治に渡した。
「ちょ、治写真!写真撮って!」
「ゆきさん起きてください」
「うん……?」
「何で起こすんじゃボケェ!!」
せっかくのシャッターチャンスだったのに治のアホがゆきさんを起こしやがった。目を覚ましたゆきさんは重そうな瞼をこすって、俺と治の姿を見て首を傾げた。寝ぼけ眼なゆきさんかわええ。
「……寝てた」
「おはようございます」
「起こしに来てくれたん?」
「……はい」
さすがに盗撮したとは言えなくて治はスマホを背後に隠して嘘をついた。
「北くんには内緒な」
「「!」」
休憩時間とはいえ部活中に寝てしまったことに多少の罪悪感があるらしい。口の前で人差し指を立てる『しーー』のポーズもやる人が違うだけでこんな悩殺ポーズになるんか。
「人の携帯返してくれる」
ゆきさんにふたりして悩殺されていたら角名がスマホを取り返しに来た。忘れとったわ。てか、盗撮なんかせんでもゆきさん起きたし、普通に写真撮ればええやん。
「角名写真撮って!」
「え……」
「ゆきさんと写真撮ったことないな思て!」
「嫌ですか?」
「……嫌やないけど」
ゆきさんは視線を逸らしてボソっと呟いた。入学したての俺だったら無愛想な反応だと受け取っていただろうが、今なら「後輩と写真撮れて嬉しい」というゆきさんの本心を感じ取れる。
「写真撮るなら角名も写ろ」
「!」
別に角名も写るのはええけど、何で俺とゆきさんとの間に角名を入れるんすか。
「じゃあはい、侑インカメで撮って」
「俺が撮るんかい!」
角名はゆきさんが空けてくれたスペースに容赦なく入ってきて俺にスマホを渡してきた。くっそ、覚えとれよ……!
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