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(赤葦視点)

木兎さんのパンダが見たいという唐突な願望に付き合わされて上野動物園まで来た。何が悲しくて男2人で動物園に行かなくてはいけないのだろう。他の先輩達にはうまく逃げられてしまった。
「木兎のお守りは疲れるぞ」と脅しまで頂いたわけだが……その言葉の重さを今身を持って実感している。園内を回る木兎さんはまるで小学生だ。パンダが見たいと言ったくせに最初に目に入ったサルに夢中になり、その次はゾウ、少し目を離した隙にキリンに餌をあげてたりもした。
そしてライオンの檻のところで完全に見失ってしまった。そう……迷子だ。もうこのまま帰ってしまいたい。しかし我らがエースに万が一のことがあったら困る。
ユニフォームを貰ったはいいがこれから2年間、こんな風に木兎さんに振り回されるんだろうか。そう考えると気分が重たくなった。俺、年下なんですけど。

「!」
「すみません、大丈夫ですか?」
「大丈夫、です」

足速に園内を歩いていたら人とぶつかってしまった。しかも女の人だ。怪我をさせてしまったらまずい。よろめいた相手の腕を反射的に掴んだ。

「ごめんなさい、人を捜してて……」
「俺も人を捜してよそ見してました。怪我はありませんか?」
「はい」

一瞬目が合って、すぐにそらされてしまった。綺麗な人だな。有名人……ではないよな。あまり詳しくはないけど見覚えはない。

「あの、迷子センターてどこにあるかわかりますか?」
「迷子センター……」

もうこの際、迷子のお知らせで呼んでもらった方が早い気がする。高校生にもなって迷子の園内放送流されるなんて威厳に関わるかもしれないけど、そんなの知ったことか。

「?」
「あ、すみません。案内ついでに俺も一緒に行っていいですか?」
「え……」
「俺の捜し人も園内放送で呼んでもらおうかと」

俺の提案に女性は一度だけ頷いた。やっぱり視線は合わせない。コミュニケーションが苦手な人なのかもしれない。

「観光ですか?」
「兵庫から家族で……。弟が、迷子になってしまって……」
「そうなんですか」
「……」
「……」

俺もそこまで多弁な方ではない。初対面の関西の女性と話すことも特になく、黙々と迷子センターへと歩いた。

「「……いた」」

迷子センター直前のところで木兎さんを見つけて、思わず呟いた言葉が斜め後ろの女の人とかぶった。よかった、お互いに捜し人は見つかったみたいだ。
見つかったはいいが……何故か木兎さんは知らない小学生くらいの男の子を肩車していた。どうしてこうなった。思わず声をかけるのを躊躇ってしまった。

「あ、姉ちゃんだ!」
「え、姉ちゃんいた?」
「おう、あっち!」
「おー赤葦ー!」

木兎さんの肩に乗っている少年はこちらを指差した。木兎さんは少年を喜ばせるためかロボットのようなコミカルな動きでこちらに近づいてくる。どうしよう、ものすごく他人のフリしたい。

「孝太郎!」
「「!?」」

突然木兎さんの下の名前が呼ばれて俺も木兎さんも驚いた。何故なら呼んだのが初対面のはずのあの女性だったからだ。

「やっと見つけたー!勝手にいなくなんなや!」
「迷子になったんは孝太郎やんか」

しかし彼女の視界に木兎さんは入っておらず、木兎さんの肩から降りた少年と親しげに話している。彼女が捜していた弟がこの少年で、偶然にも木兎さんと同じ「こうたろう」って名前だったのか。

「ライオン見えへんかったけどな、ボクトが肩車してくれたから見えたんやで!」

自慢げに報告する少年の言葉を聞いてハッとした。それってつまり、木兎さんのせいでこの姉弟ははぐれてしまったのでは……?

「木兎さん……下手したら誘拐ですよ」
「エッ、ヒーローじゃないの!?」
「アウトです」
「アウト!?」

そもそも初対面の少年に肩車するって、なかなか普通の人はできない。人懐っこい子だったから良かったものを、人見知りをする子だったら泣かれていたかもしれない。

「あ、あの、弟が、すみませんでした」
「!」
「いえ、こちらこそすみませんでした」

俺と一緒に来た女性が深々と木兎さんに頭を下げた。普段なら明るく「気にすんな」と笑って言いそうなのに、さっきまでの勢いはどうしたのか、途端に木兎さんは大人しくなってしまった。

「あっああああの!!」
「は、はい……?」
「お、おおお名前は、何ですか!!」
「紺野です」
「紺野ゆきやでー!俺孝太郎!」
「ゆきさん……!!」

顔を真っ赤にした木兎さんは教えてもらった彼女の名前を大事に噛みしめるかのように呟いた。これは……めんどくさくなりそうだ。


***


「……あ」
「……どうも」

インハイ全国大会会場にて、上野動物園で迷子を捜していた関西の女の人とまさかの再会を果たした。紺野さん、だったかな。
ジャージを着ているのを見る限りどこかの高校のマネージャーなんだろうか。まさかまた会えるなんて。これってかなりすごい確率なのでは。木兎さんだったら「運命だ」と騒いでいたことだろう。
紺野さんと会ってから木兎さんはしばらく腑抜けた状態が続いて苦労した。先輩達に相談したら「色ボケモード」だと教えてくれた。何ですかそれめんどくさいと思わず口に出た。今日まで「全国で活躍すれば紺野さんの耳にも届きますよ」と鼓舞してなんとかモチベーションを保ってきた。

「あああああ!?」

木兎さんを呼んでくるべきか考えていたら、後ろから本人の叫び声が聞こえた。

「なッ、なな何で!ここに!?」
「兵庫の稲荷崎のマネージャーです。ふたりとも、バレー部やったんですね」

兵庫の稲荷崎っていったら、今年宮兄弟という双子が入学したところか。特にセッターの方がすごいって言われてるのを聞いたことがある。

「そういえば名乗ってませんでしたね。梟谷の赤葦です」
「俺! 木兎光太郎!!」
「こうたろう……弟と同じ名前や」
「うん! 光太郎って呼んで!!」
「え……」
「木兎さんいきなり馴れ馴れしすぎます」
「何年生?」
「2年……」
「同い年じゃん!問題なし!ゆきちゃんって呼ばせて!」
「う、うん」
「……」

この人の距離の近さはいったい何なんだ。この前は赤面して挙動不審だったくせにもう開き直ってる。紺野さん引いてるけど大丈夫だろうか。

「ゆきちゃんち試合何時から?」
「13時から」
「赤葦俺達は?」
「同じ時間ですね」
「ちぇ、ゆきちゃんにかっこいい俺を見てほしかった……!!」

いいところを見て欲しいのはわかるけど自分の試合の時間くらい把握しておいてほしい。

「あ! ゆきちゃんラインのID教えて!」
「え……」
「あ、嫌なら嫌って言ってください。すみません」
「ううん……ええけど、覚えにくいかも……」
「だいじょーぶ!」

木兎さんはどこまでも遠慮という言葉を知らない。遠まわしに断られてるのかもとか思わないんだろうか。木兎さんが意気揚々と漁った鞄の中で、トーナメント表のプリントがぐちゃぐちゃになってたのは見なかったことにしよう。

「はい! ここに書いて!」

木兎さんはマジックペンを取り出して紺野さんに渡し、自分の右手の甲を差し出した。

「これ油性やけど……」
「いーのいーの!むしろスパイク打つ度目に入ってテンション上がるから!」
「……ふふ」
「!」

あ、笑った。あまり笑わない人だと思ってたから意外だ。
笑顔に悩殺されるっていうのはこういうことだろうか。木兎さんは顔を真っ赤にして固まってしまった。

「犬のアイコンやから」
「ワ、ワカッタ!」
「それじゃあ……頑張ろね」
「ヘイ!!」

最終的には結局挙動不審に戻って、木兎さんは去っていく紺野さんの背中が見えなくなるまで手を振っていた。

「赤葦……これ運命じゃない?」
「さあ、どうでしょうね」
「笑顔めちゃくちゃ可愛かった……夢に見たい……好き……」
「……勝ち進めば試合見てもらえるんじゃないですか?」
「うぉーーーし全部勝つぞ赤葦ィーーー!!」
「……」

何にせよ木兎さんのテンションが上がるのは良いことだ。右手を誇らし気に見つめて意気揚々と歩く木兎さんの後ろ姿を見ると、今日は負ける気がしなかった。



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