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01


 
バレーを始めたのは小学校2年生の時。きっかけは何でもない、靴箱に貼ってあった団員募集の紙に書いてあったウサギが可愛くて、楽しそうだったからお母さんにお願いして入団した。やってみたらすごくすごく楽しくて、みんなが見てる日曜日の朝にやっているアニメが見られなくても構わない程、私は夢中で練習した。
身長が低いからアタックはあまり打たせてもらえなかった。トスは正直苦手だった。レシーブが1番得意だった。ここにくるだろうと構えた予測が当たった時。遠いボールに飛び込んで繋げられた時。難しいボールをドンピシャでセッターに返せた時。これらの瞬間が好きで好きで仕方がなかった。
ボールを落とさないように繋げていく。この単純なルールを純粋に楽しんでいた。だけど、いつからだろう。

( 勝たなくちゃ )

勝敗ばかり気にするようになったのは。

( ここでミスしたらどうしよう )

失敗を恐れるようになったのは。

( お願い、こないで )

ボールを求めなくなったのは。

( 怖い )

あんなに好きだったバレーが楽しくなくなったのは。

バレーをやめたのは中学2年生の夏。県代表に選ばれ、東北大会の準決勝で負けた後だった。弱い私は耐えられなくて逃げたのだ。
以降、私は極力バレーを避け続けた。選択授業や球技大会ではバレーじゃなくて卓球やテニスを選んだり、日本代表の試合を放送してる時はチャンネルを変えたり、元チームメイトと違う高校を選んだり。かれこれ2年以上バレーに触れていない。
それでも時々夢に見る。私が試合でスーパーレシーブを決めたり、あと一歩でボールに届かなかったり。そんな夢を見て起きた時は決まってドキドキした。2年たった今でもバレーに未練タラタラであることは自分が一番よくわかっていた。

「ナイスキー!」

ふと、通りかかった体育館から懐かしい音が聞こえてきた。体育館の床とシューズが擦れる音や掌で打たれたボールが床に落ちる音は、少し前まで耳にこびりつく程聞いていた。
私が進学した青葉城西高校の男子バレー部は毎年県内でトップクラスの成績を収めているらしい。男子バレー事情に疎かった私は入学してからその事実を知った。まあ関わることはないだろう……そう思っていたけど、青城での男子バレー部の存在感は私の想像以上に大きかった。その原因はほぼ一人の人物にあると言っても過言ではないと思う。
"及川さん"。県内ナンバー1セッターで、イケメンらしい。女子に生まれたからには「あの人がかっこいい」とかそういった話題からは逃れられない。私の友達も例外ではなく及川さんに夢中で、何度か試合観戦に誘われたけど角が立たない程度に断ってきた。
つまり、ここ青城では普通に生活していてもバレーを忘れることはできないのだ。夢に見てしまうのもきっと男子バレー部のせいだ。そんな逆恨みにも似た感情を持ってしまっている私は本当にかっこ悪い。

ズドォッ

「特大ホームラーーン」
「うるさいな!」

コロコロと私の足元に流れ球が転がってきて、足を止めてバレー部の練習風景を見ていたことに気が付いた。
拾い上げて、ボールについた砂を軽く払う。青と黄色のその球体はひどく私の指に馴染んだような気がして、また胸が締め付けられた。

「拾ってくれてありがとう」
「……!」

声をかけられてハッとした。今私はどんな表情していただろう。ボールを持ってしかめっ面なんてしていたら変に思われてしまう。しかも、ボールを取りに来たのはあの及川さんだ。初めてこんなに近くで見て、確かにかっこいい人だと思った。

「いえ……どうぞ」
「……」

私がボールを渡しても尚、及川さんは動こうとしなかった。じっと見つめられて居心地が悪い。そして何より、嫌な感じがした。

「失礼、します……」

及川さんが口を開く前に私はその場から逃げた。


***


ある日、予期せずバレーボールに触れる機会が訪れた。

「さより、レシーブ教えて!」
「はーい」

月曜日の放課後、私はちびっ子バレー教室に来ていた。この教室はうちの親戚が開いていて、コーチの一人が体調不良で入院してしまったらしく、その間だけでいいから子供たちの相手をしてほしいと頼まれてしまったのだ。おじさんからはいつも高そうな手土産を貰ってる手前断れなかった。

「何でさよりはレシーブふわってできんの!?」
「えーと……」

コーチの代わりと言ってもそこまで技量の求められることはやらない。パスの相手をしたり、こうやって休み時間にお話したりするくらいだ。小学生は2年もブランクのある私のレシーブをキラキラした目で見てくれた。

「腕を振るんじゃなくて、膝を使って体全体で上げるイメージでやってみるといいと思うよ」
「こうか!?」
「うん、上手!」

早速私が言ったことを全力でやってくれる猛くんは素直でいい子だ。けれど私はどうしても後ろめたさを感じてしまう。バレーから逃げた私に教える資格なんてないのに。

「さよりはリベロだな!」
「よく知ってるね」

小学生の段階ではまだリベロというポジションは存在しないはずなのに。猛くんは得意げに話してくれた。

「チビだし、レシーブうまいからな!」
「ふふ、ありがとう」
「俺の親戚はトスが上手いんだぜ!セッターだからな!」
「へえ〜」
「あ、でもサーブも上手いしアタックも上手かった」
「猛くんはその人に憧れてバレーを始めたの?」
「おう!すぐ追い抜くけどな!」
「そっか」

楽しそうに話す猛くんは、きっと今バレーが楽しくて大好きなんだろうな。小学生の頃の自分と重なって見えて、少し苦しくなった。

「あ!今日の迎え徹だ!」
「……!」

猛くんが駆け寄った先の人物を見て息が止まったような気がした。
そこにいたのは及川さん。猛くんがさっき得意げに話していた親戚って、及川さんのことだったんだ。先日のこともあって勝手に気まずさを感じたけれど、及川さんが憶えてるわけがない。私は軽く会釈だけしてその場から離れた。


***


「さより!いつの間に及川さんと知り合ったの!?」
「え?」
「よっ、呼んでるよ!?」

休み時間、興奮気味に友人がやってきたかと思えば教室の入り口付近には及川さんがにっこりと笑って立っていた。しかも手を振るというオプション付きで。クラスの女子の視線が私に突き刺さる。知り合いという程でもないのに、及川さんが私を訪ねてくる理由がわからない。

「何ですか?」
「んー……ちょっと話してみたくなって」

「ここじゃなんだから廊下に行こうか」と言われて教室を出たけど、及川さんがいる時点でどこにいようが視線を向けられるのは免れない。

「甥っ子の猛がお世話になってるみたいで」
「いえそんな……」
「アイツ、帰り道でもずっとさよりちゃんのこと話してるよ」
「そうなんですか」

猛くんは及川さんの甥っ子だった。親戚に憧れてバレーを始めたっていうのは及川さんのことだったんだ。
ニコニコと笑顔を浮かべる及川さんは一見愛想よく見えるけど、どことなく怖いと思ってしまった。

「さよりちゃんはバレー好きなの?嫌いなの?」

ほら、こうやって核心をつく質問をしてくる。

「……私がバレーを好きでも嫌いでも、及川さんには関係ないと思うんですけど」

不愛想に思われていい。そういう覚悟で突き放すように言った。
及川さんがどういう人かはまだわからないけれど、きっと苦手なタイプだ。私の触れてしくないところに踏み込もうとしてくる。

「うん、そうだね。でも……バレー好きでもない人に甥っ子は任せたくないかな」
「……そう、ですね」

及川さんの言葉が私に突き刺さった。及川さんが言ったことは全くもって正論だ。なのに、それを悔しいと思ってしまっている自分がいた。

「放課後、体育館に来てよ」
「え……」
「わからせてあげる」

そう言って好戦的に笑った及川さんを、素直にかっこいいと思った。



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