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11


 
「うわぁ……」

東京の満員電車は私の想像を超えていた。始発駅から乗っていた私は座席に座れてはいるけれど、駅を通過するごとにどんどん人が増えていって、目的の駅にもうすぐ着く頃にはぎゅうぎゅうぱんぱんになっていた。
一緒に来た親と弟は観光のため4つ手前の駅で降りて今は私一人だけ。私はインターハイ全国大会を見に行くために一人別の駅を目指している。この状態で降りられる気がしなかった。

「す、すみません……」

これは駅に着く前に移動しておいた方が良いと思い、私はリュックを前に抱えたまま立ち上がった。人の隙間を謝りながらかき分けていくけど思うように進むことができない。
そうこうしてるうちに目的の駅に停車してしまった。どうしよう、ドアまでまだ距離がある。降り損ねたら絶対迷子になる。東京の電車はいっぱいありすぎて、絶対一人じゃ戻ってこれない。なんとしても降りなければ。

「……ここで降りるん?」

どうすることもできずにふと顔を上げたら、知らない男の子が私を見下ろしていた。

「俺の後ついてきぃ」
「!」

頷くと、男の子はずんずんと人をかき分けて進んでいった。その背中を見失わないように追いかけたら、なんとか満員電車から脱出することができた。

「あ、ありが……」

お礼を言おうとしたら、今度はホーム内の人波に流されてあっという間に見失ってしまった。


***(白布視点)


「賢ちゃん!」
「!?」

インターハイ全国大会、東京の会場で信じられない姿を見つけた。

「な……んでさよりがいるんだよ」
「応援しに来たよ!」
「お前……はあ……」

ちょっとしたサプライズのつもりなのか、ニヤニヤと俺の反応を窺ってくる幼馴染に深いため息をついた。お前は青城のマネージャーだろうが。

「あっれぇ〜?その子青城のマネちゃんじゃない?何でこんなとこに?そして『賢ちゃん』とな?」
「……」

さよりと話しているところをよりによって一番面倒くさい人に見つかってしまった。ガキくさい呼び方まで聞かれてしまったからにはもう誤魔化すことはできない。

「賢ちゃんとは幼馴染でして……」
「えーーー!賢二郎、青城のマネちゃんと幼馴染なの!?」
「えっ、白布さんの幼馴染?」
「は? 白布に女子の幼馴染?」

天童さんが大声を出したせいで周りにいた瀬見さんや五色までもが集まってきた。恨めしく天童さんを見たらわざとらしく視線を逸らして口笛を吹いた。確信犯だ。

「いいなーいいなー、可愛い幼馴染!好きなの??」
「ありえません」
「なーんだつまんなーい」

天童さんが期待してるようなことは一切ない。一ミリもない。
中学の時、さよりが急にバレーをやめたと聞いて酷いことを言ってしまった。それからなんとなく気まずくて、この前の決勝戦後に喋ったのが2年ぶりだった。
青城に行ったことは母親づてに知っていたけど、バレー部のマネージャーをやってるとは思わなかった。バレーにはもう関わらないと思ってた。あんな苦しそうにしてた幼馴染が再びバレーと真剣に向き合っていることは、試合中の姿勢ですぐにわかった。

「けどいくら幼馴染だからって負けた相手応援するってどうなのヨ?及川クンに怒られちゃわない?」
「ちゃんと断ってきましたし……私が応援するのは賢ちゃんですし……」
「ふーん?」
「そ、それに一番の目的は偵察なんですから!」

だろうな。根本的にこいつはただのバレーバカだ。全国レベルの試合を観られることが純粋に嬉しいんだろう。俺の応援なんてそのついでに過ぎない。

「えっと……賢ちゃんの応援も同じくらい……」
「別にフォローいらねーから」


***(夢主視点)


白鳥沢の試合は午後から。午前はどこの試合を観ようかな。家族旅行のついでだから基本的に自分が観たい試合を観ればいいってコーチは言ってくれたけど、やっぱり上位常連校の井闥山と稲荷崎はおさえておくべきだろう。あと、岩泉さんが梟谷見たいって言ってて、松川さんが私には音駒がオススメだって教えてくれた。

「!」

入り口に貼りだされてるトーナメント表を見ていたら、なんと電車で私を助けてくれた人を見つけた。背格好もジャージも間違いない。こんなところで会えるなんて奇跡だ。知らない人に声をかけるのは緊張するけど、今ここで声をかけなければ絶対後悔する。

「あ、あの!」
「?」
「今朝、助けてくれてありがとうございました!」
「……おん?」

お礼を伝えられてスッキリした。真っ黒なジャージには「稲荷崎」と書いてある。強いところだ。何かお礼として渡せる物があればと思って、私はバッグを漁った。

「……あっ、メン子ちゃんゼリーどうぞ!」
「?」

ここで会えるんだってわかってたらもっとちゃんとしたお菓子を途中で買えたけど、残念ながら今私のバッグに入ってるお菓子はメン子ちゃんゼリーだけだった。でも何もないよりはマシだし、みんな大好きメン子ちゃんゼリーだから多分大丈夫だ。

「試合、頑張ってくださいね」
「……おん」

これも何かの縁だし、今日の午前中は稲荷崎の試合を観ることにしよう。


***


「え……え!?」

そして稲荷崎の試合を観て私は驚愕した。何故なら恩人さんと同じ顔がもう一つ……なんと、私の恩人さんは稲荷崎の有名な双子選手だったらしい。遠目に見て明らかに違うのは髪色くらいだ。
今思い返してみれば、電車で助けてくれた男の子は金髪ではなかった。さっき私が意気揚々とお礼を伝えた男の子は金髪だった。

「……」

もしかして、間違えてお礼を伝えてしまったのでは。そういえば私がお礼を伝えた時、反応がイマイチだったような気はする。気付いてしまって、客席でひとり恥ずかしさに悶えた。


***


「あ、メン子ちゃんや」
「!?」

稲荷崎対名古屋西の試合は稲荷崎のストレート勝ちだった。
観戦を終えて、改めて本人にお礼を伝えるべきか迷っていたら声をかけられた。振り返ると同じ顔がふたつ。稲荷崎の宮兄弟だ。銀髪の方がウイングスパイカーの宮治くんで、満員電車で私を助けてくれた人。そして金髪の方がセッターの宮侑くんで、間違えてお礼を伝えてしまった人。

「ご、ごめんなさい!私、間違えちゃって……!」
「……ああ、今朝の」
「なんや、治の知り合いかい」

人違いなんて失礼なことをしてしまって心から謝るけれど、まさか双子かもしれないなんて普通考えないし私には防ぎようがなかった。

「今朝、満員電車から降りられなくて困ってたら宮治くんが助けてくれて、さっき宮侑くんに間違えてお礼を伝えてしまって……」
「ふーん……てことはあのゼリー俺のやん。よこせや」
「もう食ったけど」
「あん?」
「何やねん仕方ないやろが!」

セッターの宮くんもいきなり知らない女子からゼリーを貰って意味がわからなかったことだろう。思い返せば思い返す程恥ずかしい。とりあえず恩人のウィングスパイカーの宮くんにも改めてお礼をしなければ。

「メン子ちゃんゼリーまだあるのでどうぞ!」
「そのメン子ちゃんて何?」
「えっ」
「「え?」」

ふたりはメン子ちゃんゼリーにいまいちピンときてないみたいだ。え、メン子ちゃんゼリーを見たら「あー懐かしいー!」とか「これねー!」とか普通なるものでは……?

「も、もしかして全国区じゃ……ない……!?」
「まあ何でもええから貰っとくわ。ゼリーやろ?」
「あ、はいどうぞ」
「うま」

メン子ちゃんゼリーが全国じゃなかったなんて初めて知った。私が呆気にとられている間にウィングスパイカーの宮くんは渡したゼリーを全て完食した。

「メン子ちゃんはどっかのマネージャー?」
「あ、古賀さよりです。宮城の青葉城西ってとこのマネージャーです」
「そんなとこ来とったっけ?」
「残念ながら決勝で白鳥沢に負けてしまって、選手はここにはいないんですけど……」
「何で来とるん?」
「白鳥沢の幼馴染の応援と偵察です」
「え、俺ら偵察されてたん?」

こういうのってあまり言わない方がいいんだろうか。でも偵察なんて珍しいことでもないと思う。カメラを回している人はあちこちにいたし。

「で? 偵察の結果は?」
「すごかった!」
「小学生の感想かーい」



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