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09


 
夏の合宿は毎年恒例でOBを呼んで練習試合をしていて、去年卒業した先輩から俺の知らない代まで、毎年結構な人数が集まってくれる。

「あ、あの!ジャンフロ打ってください!」
「いいよいいよーお兄さん何本でも打っちゃう!」
「お前デレデレしすぎ」
「JK……しかも女子マネにテンション上がるのはわかるけどな」

久しぶりの女子マネでOBの人たちはさよりちゃんにデレデレだ。さよりちゃんの持ち前の犬属性が余計にそうさせてるんだと思う。さよりちゃんの方も大学生のレベルの高いプレーに朝からめちゃくちゃ楽しそうだ。

「古賀さん、告白断ったんだって」
「えっマジで?」

少しの嫉妬心を感じながらOBと練習をするさよりちゃんを見ていると、国見ちゃんと金田一の会話が耳に入ってきた。さよりちゃんの色恋沙汰は1年の間でも話題になっているらしい。まあ広まった原因はまさしく俺なんだけど。

「俺、ちょっと安心しちまった」
「……わかる」
「こう……姉ちゃん取られちゃう、みたいな」
「それな」

ふたりもさよりちゃんに彼氏ができるのは嫌みたいだ。確かに金田一はよくさよりちゃんと一緒に練習してるし、国見ちゃんはお菓子をあげたり貰ったりしている。国見ちゃんに至っては先輩扱いしてるか怪しいところだけど、ちゃんと慕ってはいるようで安心した。

「バレー部員ならまだしも、部外者だとなんか嫌だよな」
「だな」

確かに、とふたりの会話に頷きかけて止まった。例えば岩ちゃんとかマッキーがさよりちゃんと付き合ったとしたら、俺は心から祝福できるだろうか。想像してみたけど、嫌だと思った。岩ちゃんでもマッキーでも、国見ちゃんでも金田一でも嫌だ。これじゃあまるで俺がさよりちゃんのこと好きみたいじゃん。
……え?


***


さよりちゃんのことは好きだ。大事なマネージャーだし。俺が誘ったってこともあって部活に馴染んでる姿を見ると安心する。だけどマッキーがさよりちゃんにあーんしてたり、まっつんがさよりちゃんの頭を撫でてるのを見るとモヤモヤする。
いやでもこれは前にも言った通り飼い犬が自分より他の人に懐いて面白くないだけだと思っていた。俺のこの感情は親の気持ちに近いんじゃないだろうか。娘を嫁にやりたくない、みたいな。

「あ! すごいの見つけました!」

いつものサーブ練習を終えて宿泊棟へ歩いていると、さよりちゃんとマッキー、まっつん、岩ちゃんが木の周りに集まってるのが見えた。

「何してんの?」
「及川も参加する?」
「?」
「見てください!」

さよりちゃんが手に持って見せてきたものが予想外すぎてギョッとした。だって、女子がクワガタ鷲掴みで見せてくるとか思わないじゃん。しかもけっこうでかい。

「オオクワだ!」
「でかいな。」
「こりゃ古賀ちゃんの勝ちかな〜」

さよりちゃんは大きなクワガタに目を輝かせている。虫は平気らしい。

「いや、何してんの?」
「誰が一番大きなクワガタとれるか勝負してんの」
「……さよりちゃんも?」
「はい!優勝者にはハーゲンダッツなんです!」
「ああそう……」

いかにもこの3人がやりそうな遊びだ。そこに溶け込んでるさよりちゃんは少年のようなのに、何故だかめちゃくちゃ可愛く見えた。女子にクワガタ見せられてきゅんきゅんしてる俺の心臓はいったいどうなってしまったんだ。

「ていうかさよりちゃんそろそろ帰らなくて大丈夫?」
「え、さよりちゃん泊まってかないの?」
「はい、帰ってまた明日の朝来ます」
「マジか。ごめんなー、付き合わせちゃって」
「いえそんな!楽しかったです!」

合宿の3日間、さよりちゃんは宿泊棟には泊まらずに帰宅することになっている。女の子一人だし、万が一にも何かあったら困るし、男だらけで気遣いもできないだろうし。コーチと相談してそういうことになった。
クワガタ探しをしていたせいでいつもよりかなり遅くなってしまった。こんな時間に女の子を一人帰らせるわけにはいかない。

「優勝は古賀でいいな。賞品は帰り道に及川が買ってくれるってよ」
「え!?」
「ありがとうございます!」
「いやまあ送ってくのは全然いいんだけどパルムでいいかな!?」
「はい!」

何で参加してない俺が賞品を買わなきゃいけないのとか思ったけど、さよりちゃんの笑顔を見たらどうでもよくなった。


***


「ほんとにパピコで良かったの?」
「はい、パピコの気分になったので!」

結局さよりちゃんが買ってほしいと持ってきたのはハーゲンダッツでもパルムでもなくパピコだった。さよりちゃんは歩きながら袋を開けて、割った片方を「どうぞ」と俺に差し出してきた。良い子だ。

「そういえば及川さんって彼女いるんですか?」
「エッ!? な、何でそんなこと聞くの!?」
「え……そういえば聞いたことないなって思って」

さよりちゃんから恋愛の話を振られるのは初めてで動揺してしまった。この様子だと特に他意はないんだろうけど、彼女の有無を聞かれただけで勘違いしちゃう男もいるんだとさよりちゃんに教えてあげたい。

「今はいないよ」
「じゃあ前はいたんですね。何人と付き合ったことあるんですか?」
「え、えー……?」

何なの今日のさよりちゃんぐいぐい来るんだけど。
今まで付き合った女の子の人数は多分人より多いから言い淀んでしまった。さよりちゃんに軽い男だって思われたくない。もちろん軽い気持ちで付き合ったことなんて一度もないけれど。

「あ、ごめんなさい。答えにくかったらいいんです」
「別にいいけど……急にどうしたの?さよりちゃんがそういうこと聞くの珍しいね」
「なんか、鶴田くんに告白されてからそういうこと考えるようになって……」
「……へー」
「私もいつか、誰かと付き合ったりするのかなって考えるといまいちピンとこなくて」

良くも悪くも鶴田の告白は今まで無頓着だった恋愛にさよりちゃんが目を向けるきっかけになったようだ。
この感じだとさよりちゃんは今まで誰かと付き合ったことないんだろう。さよりちゃんは好きな人の前ではどう振る舞うんだろう。頬を赤らめたり、可愛く笑ったりするのかな。

「及川さんは好きな人とか彼女ができたらどうなるんですか?やっぱ楽しいですか?」
「そりゃ楽しいよ。その子のことばっか考えちゃうし、笑顔見たいって思うし、他の男にちょっかい出されたらむかつくし……」

さよりちゃんの質問は意図せず俺の核心をついてきた。自分から出てきた答えひとつひとつ確認すると、そこにいるのはやっぱりさよりちゃんだった。最近の俺はさよりちゃんのことばかり考えている。さよりちゃんが笑うと嬉しい。鶴田が出てきた時はモヤモヤと気持ちがすっきりしなかった。

「その子の隣は、俺じゃなきゃ嫌だな」

さよりちゃんの隣は、俺じゃなきゃ嫌だ。



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