部員勧誘の裏側

廊下の窓から見下ろす正門付近の地面は、桜の花びらと部活勧誘のビラで真っ白になっていた。群がる人間の黒い影と、見事なコントラストである。

「部活をやっている人は大変だね」

窓枠に頬杖をつきながら見下ろしていた竹下みのりは、苦笑混じりの声で言いながら、隣りに立つ結城雅人を振り返った。

「勧誘する方もだけど、される方も大変だろうな」

窓ガラスに背を預けてぼんやりしていた雅人は、みのりの声につられて下を覗き込む。ビラの束を片手に新入生を待ち構える上級生と、その上級生にもみくちゃにされながら正門に向かう一年生――同じ制服を着ているはずだが、その区別は遠目でも容易についた。
「生徒会も、大変そうだし。――あ、会長だ」
一年次からクラス委員を務めてきた雅人たちのクラスメイトである彼は、今期の生徒会役員選挙で見事生徒会長への昇格を果たした。あまり強引な勧誘は取り締まると息巻いていたが――なかなか思うようにはいかないらしい。今も『生徒会役員』と書かれた腕章を付け、人波の中を奔走している。
「彼、弓道部だっけ?」
「本人曰く、『一応』らしいけど。勧誘は他の部員に任せてるのかな」
弓こそ持っていないが、弓道着姿の生徒も人ごみの中に混ざっている。
「運動部所属の彼でもあの程度にしか動けないんだから、僕があそこに飛び込んだら、身動きも取れないだろうね」
「やめてくれ。俺じゃ絶対助け出せないから」
呆れ半分、感心半分に述べるみのりの言葉に、雅人は想像だけで血の気が引いた。運動神経の悪い方ではないが、部活をやっている連中とは根本的な鍛え方が違いすぎる。
「例えばの話だよ。執行部入りも断ったからね、あそこに行く必要はないから安心してくれ」
「執行部?誘われてたのか?」
初耳な話に、雅人はみのりを振り返る。
「昨年、選挙の直後にね。断ったし、二度は誘われなかったけれど」
「なんで断ったんだ?」
今日求められているような、身体を張る仕事はともかく、事務仕事はみのりの得意とするところだ。雅人に相談するまでもないほどの即決で断る理由は、ないように思われる。
首を傾げる雅人に、みのりはにこりと笑った。

「執行部に入ると、呼び出しが増えるだろう?君と一緒に帰れなくなるじゃないか」

「……別に、それぐらい待つけど」
くすくすと笑うみのりから、雅人は顔を逸らす。頬が熱い。
「君だって、同じようなことを言って、演劇部の勧誘を断ったじゃないか」
「それは……っ」
昨年の文化祭直後の話だ。クラスメイトの演劇部員から助っ人をやらないかと誘われ、雅人はそれを断った。みのりの言葉に、当時自分が言った台詞を思い出し、頭を抱えてしゃがみこむ。

『演劇部って、放課後も練習してるんだろ?みのりと一緒に帰れなくなるじゃないか』

始めは自分には荷が勝ちすぎるからと、遠慮がちに断っていたのだが、繰り返し誘われるので、ある種の買い言葉である。言ってしまってから我に返っても、すでに手遅れだ。
「――そろそろ、部員勧誘の熱も落ち着いてきたみたいだよ」
窓の外を見下ろしていたみのりが、雅人に手を差し出す。

「さぁ、一緒に帰ろう」


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