古都にて

修学旅行最終日は、ほぼ全てが班別自由行動に充てられていた。
宿で朝食を済ませ次第、街へくり出し、夕方、荷物を持って京都駅に集合する。集合時間を厳守できるなら、京都市営交通の範囲内のどこへ行くのも自由だ――とは言え、制服着用と班での行動が義務付けられているから、完全な自由時間とはいかないのだが。

「なぁ、雅人。俺たち友達だろ?遠慮するなよ?」
「しつこいなぁ。何度目だよ、それ言うの」

班別行動の計画を立てている時から同じ台詞を繰り返す友人に、結城雅人は呆れ顔でため息をついた。
旅行中の班は、公正なる話し合いの結果、仲の良い者同士で組まれている。一班四〜七人と、人数も幅があるのだが、宿での部屋割りの都合上、男女別が原則だった。
だから、どんなに仲が良くとも雅人と竹下みのりは別行動になる――はずだったのだが。
「遠慮も何も、最初っから仕込んでたんじゃねぇか」
朝から、行く先々で、みのりの班と行き合っている。最初はラッキーな偶然と思っていたのだが、三ヶ所目で何者かの作意が働いていることに気がついた。
二つの班の行程が偶然丸ごと重なるなど、あり得ない。

「俺たちが邪魔なら、遠慮せずに言えよ?」
「い、ら、ね、え、よ、そんな気遣い」

わざとらしく慈愛深い微笑を浮かべる友人にツッコミを入れつつ、雅人はバスを降りた。雅人と同じ班のメンバーが続き、その後からみのりの班のメンバーもバスから降りてくる。
「やっぱり、ここも一緒かよ」
「偶然だね〜」
ぼやくように呟いた雅人に、みのりの班の班長――七瀬夏澄が返す。にやにやとした笑みは、今日だけでもすでに見飽きていた。
「ほら!手ぇ繋ぎなよ!」
別の班員に背中を押され、みのりが雅人の隣りに並んだ。
「そっ、それは……、」
顔を赤らめて抗議しかけたみのりは、雅人の顔を見てふと言葉を止める。何かを思いついたように一人頷き、手を差し出した。

「繋いでもらえるなら、僕は嬉しいのだけどね」

「っ!人前!」
顔を真っ赤にして叫ぶ雅人に、他人事のように肩をすくめる。
「というわけで、嫌だそうだ」
「えー、せっかく写真撮ろうと思ったのにぃ」
撮られてたまるかと、雅人は足早に石段を登る。慌てて追いついたみのりが、横に並ぶ。
「冗談だよ。僕だって、みんなの前では恥ずかしい。――それより、ほら。手水所だ」
恥ずかしいと言っておきながら、みのりは雅人の手を取った。しっかりと握るのではなく、控えめに裾を持つ辺り、かえって外野からからかわれそうだ。
実際後ろから、雅人の友人たちの「ひゅーひゅー」という時代遅れの冷やかしが聞こえてくる。
「く……っ」
振り払うわけにもいかず、何も聞こえないと自己暗示をかけながら手を引かれ、雅人は柄杓を手に取った。手順がわからずおろおろするその隣りで、みのりが流れるような所作で両手と口を清める。
「えーと……こうか?」
見よう見まねで水を流す雅人に、みのりは苦笑した。
「そんなに何度も水をすくうものではないよ」
教えられた通りに手と口を清め、みのりから受け取ったハンカチで手を拭きながら雅人がふと振り返ると、満足そうに頷く友人と目が合った。きっと、今のやり取りをにやにやしながら見物していたに違いない。これを見るために、この悪友は七瀬たちと示し合わせたに違いないのだ。
「酷い顔になっているよ」
苦笑気味のみのりに指摘され、内心が表情に表れていたことに気づく。
「……そんな酷い顔してるか?」
雅人が訊くと、みのりは堪え切れずに吹き出した。
「君は本当に、素直に顔に出るね。当ててみようか?見せ物じゃないと怒鳴りたいけど、何だかんだで楽しいからどうしたものか迷っている――そんなところだろう?」
「まぁ……そんなところだ」
そんなところも何も、大正解である。複雑な気分のまま、参道を歩く。厄年の表が大きく掲げられていたが、今年は関係なさそうだった。
「二礼二拍手一礼、だっけ?」
「鈴を鳴らせば、略礼で良いはずだよ?」
みのりの言になるほどを頷き、代わる代わる賽銭を入れ、鈴を鳴らす。都合8人の大所帯なので、鈴の音は平日昼間の境内に高らかに響いた。

参道を四条の方へ引き返しかけ、雅人は、出がけに親から言付かっていた買い物を思い出した。
「悪い。俺、八坂神社の護符買って来いって言われてたんだ」
「護符?お守りじゃなくて?」
「なんか、玄関に貼っときたいらしい。お守りは北野天満宮で買って来いって言われた。――買ってくるし、ちょっと待ってて」
言い置いて、社務所に寄る。売られている守り札などを見比べていると、背後からみのりが近づいてきた。
「お守りでも買うのか?」
「いや。せっかくだから、おみくじでも引こうと思ってね。みんなは、参道に出ていた屋台を冷やかしながら待っていてくれるそうだ」
「……そんな見るほどのものもなかったと思うけど」
つまりは方便で、せいぜいごゆっくり、という意味なのだろう。つくづく、雅人をからかうためには細やかな気遣いをする奴らだ。
「そういうことなら、俺も引こうかな」
待っていてくれると言うのなら、そのお言葉に甘えよう。雅人もおみくじを引き、みのりと結果を見せ合った。
みのりは大吉、雅人は末吉である。
「微妙な……」
自分の結果にぼそりと呟く雅人に、みのりは苦笑気味に笑った。
「そのくらいの方が良いと思うよ。あまり良すぎると、反動があるからね」
「いや、まぁ、みのりに限ってそれは大丈夫だと思うけど」
釈然としない気持ちでおみくじを結った。釈然としないが、さすがにあまり待たせるのも悪いだろう。

「……ん?」
参道を歩きながら、雅人は首を傾げた。
疎らな参拝客の中に、見慣れた制服姿が一人も見当たらない。手水所まで戻ったところで、二人は顔を見合わせた。
「屋台って、ここだよな?」
「僕も、この辺りのことだと思っていたけど」
嫌な予感が、頭をよぎる。それを裏付けるように、二人の携帯電話が同時にメールの着信を告げた。
雅人の方はやはり、姿が見えない悪友からだ。

『件名:Good Luck!
本文:はぐれた時の集合時間と場所の変更のお知らせ〜。16時に地下鉄京都市役所前駅の改札前ってことで。
あ、ちなみに、竹下さんの班も同じだって☆』

思わず携帯を地面に叩きつけかけた。
「っ、やられたっ!」
代わりに、頭を抱えてしゃがみこむ。
「ほぼ同じ内容、だろうね。僕の方は、夏澄さんからだったのだけど」
頭痛がする思いなのは、みのりも同じらしい。携帯を持った手でこめかみを押さえながら、みのりはため息をついた。
「夏澄さんたちが何かこそこそやってるのは、気づいていたんだけどね。行程を示し合わせただけかと思っていたけど」
認識が甘かったらしい。そう言うみのりの表情には、早くも状況を面白がる気配がある。
「……どうする?」
訊くまでもないことではあるが、雅人はみのりに問いかけた。
「そうだね、」
みのりは軽くため息をつき、それから、楽しげに笑った。
「みんなのせっかくの心遣いだ。京都で二人旅と洒落込むのはどうだろう?」
つられて、雅人も笑った。
「ぶらり二人旅?」
「二人とも制服では、あまり格好がつかないけれどね」
雅人の軽口に、みのりは苦笑しながら肩をすくめる。
「どうする?」
訊き返され、雅人は立ち上がった。
「そうだな、」
言って、みのりに手を差し出す。

「それじゃあ、気ままな二人旅と洒落込みますか」

みのりは満面の笑みを浮かべ、その手を取った。


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