八話 | ナノ


8th game

 セナを部室へ押し込み、降旗に練習着を借すよう伝えてその背中を見送った後、リコは標的をモン太に変えた。

「で、君はモン太くんだっけ? 変わった名前ね」
「それはあだ名っす。本名は雷門太郎っていうんすよ」

 絆創膏を貼った特徴のある鼻を指先ですり、モン太は気前よく答える。セナは気弱であったり、押しに弱い印象が強いが、彼はお調子者の様な空気を持っていた。

「うちの小金井は猫みてぇだけどモン太は猿って感じだな」
「ムッキャー!! 誰が猿だ!!」

 木吉の正直すぎる感想というか禁句が炸裂した。しかしその反応に一同は口にはしないが内心呟く。

 猿だ。猿だな。猿ですね。あれは前世から猿っぽそう。空飛ぶもぎ捕りモンキーだっけ。その通り名の時点でアウトだろ。絶対バナナ好きだろ。そうだったら最早ネタだろ。"猿"と言わ"ざる"を得ない、キタコレ! 心の中ではせめて黙れ伊月。
 言いたい放題、いや、思いたい放題だ。日向達の心中など気付くはずもなく、木吉に激怒するモン太をリコが抑える。

「こら、鉄平! 失礼なこと言わない! うちの馬鹿がごめんね。えぇと、雷門くんと小早川くんはアメフトではなんてポジションなの?」

「……モン太でいいっすよ。俺はWR(ワイドレシーバー)。野球でいうとキャッチャーみたいな感じっす。んで、セナはRB(ランニングバック)ってポジションで簡単に言うとボールを持ってラインとか、えーと人の壁をひたすら抜いてタッチダウン、ゴールを目指す役って言った方が早いっすね」

 モン太の説明にリコがなるほど、と納得する。話しに入りたそうな青米が視界にチラチラ視界に入るが、それはあえて無視した。なるべく本人達から情報を取りたいからだ。
 もし、この場をモン太の事を良く知る泥門の面々が見たらこう思うだろう。あのモン太が理解できる説明をしている……! と。瀧ほどではないにしろ、『名誉挽回』を『汚名挽回』と格好つけて想いを寄せるまもりにアピールしたり、瀧の入学試験の勉強では参議院のことを『ソーリー大臣」などと自信満々大真面目に答えていた彼だ。もしこの場にセナがいれば感動に打ち震えるほどのことだった。
 そうしてしばらくリコとモン太と話していると、部室のドアが開く音が聞こえた。

「カントク、終わりました!」

 部室からセナと降旗が姿を現す。リコに報告する降旗とは反対にセナは一言も発さない。肘まで隠れるシャツの袖に、臍より上に上げても膝が隠れそうなハーフパンツ。たった155pしかない体に、170pの人間の服は大きすぎた。

「なんつーか、服を着てるってより着られてるって感じだな……」
「それは僕も嫌ってぐらい自覚してるから言わないで……!」

 ううう、と涙を流すセナをモン太が慰めるが、それは関係ないとばかりに話しは進んでいく。

「よし、じゃあ早速小早川くんはアップ始めて体を解してちょうだい。さっきも言ったけど、怪我をさせることは絶対にしないし、させないから入念に頼むわね」
「はぁ……。分かりました」

 諦めよう。セナはこうなればとことんやってやる、とヤケクソ気味にストレッチを始めた。



 セナがアップを始めると、日向達はその姿を遠くから眺めた。

「結構速いな」
「そうね……」

 走って体をほぐすセナとそれに一緒に並走するモン太を見つめる。今の時点では、いまいち二人がトップクラスの選手であることを実感出来ない日向とは逆にリコはその光景を目に焼き付けるように彼らを見つめていた。

「それで誰に相手させるんだ?」

 伊月がリコに訊くと、リコは迷うことなく答えた。

「火神くんよ。て訳で、火神くんも疲れてるところ悪いけどストレッチして。その後軽くハーフダッシュ、フットワークをしたら勝負してもらうわ。ダッシュとフットワークは各5本ずつ。いいわね」

 皆が驚いたようにざわつく。当たり前だ。現在の火神個人の実力はキセキの世代と並ぶ。つまり高校生トップクラスのプレイヤーである。そんな彼が選ばれるほど、あの小早川瀬那という少年は能力を持っていることになる。
 おもしれぇ、と火神は無意識に呟いた。普段とは違うボールなしの1on1、フットワークの真剣勝負ということだ。自分が誠凛バスケ部の代表として選ばれたことの嬉しさもあったが、試合の様な高揚感を抱えて火神は元気良く返事をし、準備を始めた。アップを始めた火神をしばらく見つめた後、一年三人組が一人、福田が質問する。

「あの人達、そんなに凄いんですか?」

 彼らは特殊な目を持つリコとは違うのだ。アップの様子からスピードはあるようだが、どうしてもセナ達がそれほど能力が高く見えなかった。福田だけではなく、そう思っている者が多いだろう。まあ、キセキの世代という超人ばかり見てきたのだからしょうがないか、とリコは思う。

「凄いわよ。どれだけ凄いかは見てのお楽しみだけどね。この勝負を機に火神くんは更に伸びるかもね」

 具体的には教えない。しかし、リコの目は準備が整うまでセナから外される事はなかった。

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121224

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