うたプリ | ナノ



俺にとって、正に青天の霹靂だった。
まさか、あいつがあんなことを言い出すなんて、思いも寄らなかったんだからな――。


「…これを此処に差し込んで、後はこれをぐぐっと入れて…っと。よしっ、完了。トキヤ、ちょっと身体を動かしてみてくれねぇか」

問題が生じていた箇所のパーツを交換し終えた俺は、徐にトキヤを見上げながら言う。

「どうだ?動き難い箇所とかねぇか?」
「えぇ、問題ありません」

感覚を確かめるように、トキヤが修理した箇所を上下左右に動かして見せる。
この俺から見ても、違和感はない。どうやら正常に機能しているようだな。これなら、問題ない。

「そうか、良かった。だが、あんまり、無茶すんなよ。大きな負荷が掛かれば、その部位はそれに比例してイカれ易くなる。交換パーツも無限に有る訳じゃねぇんだからさ。お前みたいな旧式のロボットは特にな」
「すみません、翔…」
「別に謝る必要はねぇんだけどよ。ま、これが俺の仕事だからな」

こうやって律義に謝ったり、お礼を言ったりするのは、こいつの特徴…、というか、最早、性格と言ってもおかしくないだろうな。
トキヤは元々、インプットされた通りに動くだけの、AI――所謂人工知能を組み込まれた人型ロボットの1体に過ぎなかった。だが、一十木音也という主人と出会ったことにより自我が芽生え、唯一無二の特異的ロボットとなった。

自分の意志を持ち、感情を持ち、想いのままに行動する。人間により近い存在――それが今のこいつだ。

「翔…」

ガチャガチャ。金物がぶつかり合う音を響かせながら工具を片付けていると、不意に後方からトキヤが声を掛けてきた。
何時もより覇気の無い声音が少々気にはなったが、俺は手を休めることなく、短い返事だけをする。

「ん?何だよ」
「翔に頼みがあるんです」
「俺に頼み?へェ、お前にしちゃ、珍しいことを言うな。何だよ、頼みって。一応、言ってみろよ。あっ、先に言っとくが、金はやんねェぞ。最近、金欠なんだよ、俺」
「……私を…、壊して頂けませんか」
「はぁ…っ!?」

思いもしなかったトキヤの言葉に、思わず手が止まる。

「二度とこの姿には戻れないくらいに、粉々に」
「ちょ、待てっ。お前それ、本気で言ってるのか…っ?」

何とも笑えない、冗談だと思った。
折角、身体を元通りに修理してやったというのに。

いや、それだけじゃない。こいつの主である、音也にだってもう会えなくなるというのに。
文句の一つでも言ってやろうと向き直れば、何時になく神妙な面持ちのトキヤと視線がかち合った。

「……マジなのかよ、それ」

俺の言葉に、ゆっくりと頷く。

「…私は音也を愛する為に作られた、ロボットです。彼だけを愛する為に、私はこれからも変わらず動き続けていくことでしょう。でも、彼は違う。音也はこれからも変わっていく、成長だってしていく。段々と歳を取りながら、時を刻む。私には出来ない運命を音也は歩んでいくのです。これから先、何十年と続く、長い人生(みち)を…。だけど、隣に居る私は?」

悲しげにトキヤは目を伏せる。

「…私は歳を取りません。いいえ、歳を取れない私は、姿、形もずっと変わらず、このままで…。造りモノだから。私はただのロボットだから。こんな私では愛する人を、大切な人を幸せには出来ない…。そう、気付いたのです。気付いてしまったのです」
「お前…」
「…正直言うと、私は、彼の傍に居るのが辛いのです。愛するのが辛い。音也のこれからを見続けるのが、凄く怖い」
「…トキヤ。お前、本当に…、あいつが大切なんだな」
「…それは彼が私の主ですから。大切に想うのは当然です」
「俺が言ってるのは、そういう意味じゃねぇって…。心から想っているっていうか…」
「心から?…どうなんでしょう?私には心というモノが元々存在しませんから…。でも、もしかしたら、そうなのかもしれない」

そう言ってトキヤは曖昧に笑う。
心から愛する――なんて、作られた存在にはない感情だ。こいつが分からないのも、無理はない。
トキヤのようなロボットは、本来、主人となる人間を愛するように作られている。しかし、プログラムでそう指示されているだけのこと。

だが、こいつは言った。
傍に居るのが辛いと。愛することが辛いと。
きっとそれは、あいつの幸せを想えばこその、感情。相手の幸せを願うからこそ、トキヤは自分という存在に、深く思い悩んだのだろう。
ロボットである自分では、人間である音也を幸せに出来ないと悟ったのだろう。
何の見返りも求めず、ただひたすらに、一途に人を愛する。幸せだけを願う。

agape――そんな言葉が、唐突に浮かんだ。
こいつの、音也に対する愛は、正に無償そのもの。
純粋な想い。とても切ない想い。


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