小さな灯りだけが灯った部屋で女は白い男に抱かれていた。
骨ばった感触を背中越しに感じながらも、力をふりしぼって身をよじると、肌が一ミリでも離れるのを嫌うように男は腕の力を強めた。

『…すまなかった、きらわないでくれ』

肩に男の頭がうずまり、許しを請うてすり寄るが女は何も答えない。無視をしている、とも取れるかもしれないが全身をだらりと投げ出して浅い息を繰り返す姿を見ると、答える気力もないと言った方が正しいのかもしれない。

女は今日の昼、何年かぶりに白い男以外の人物にこの建物で出会った。瞳に三日月を携えたその人物は久方ぶりの再会に大いに喜び、彼女を外に連れ出した。そうすると女はこれまた何年かぶりの外を非常に喜び、動かない足を悔しく思いながらも男に連れられての外出を楽しんだ。万屋で売られた色とりどりの雑貨、髪留め。町に並んだ出店の数々、しばらく見ないうちに変わった道のりを懐かしく思いながら、女は万屋で美しい柄があしらわれた花札を購入した。自分が外に出ることをいたく嫌う白い男とどうにか室内でできる遊びをしたいと考えてのことだった。
三日月を携えた男は、部屋に閉じ込められ、歩く自由さえ奪われたにも関わらず、未だ白い男を想い愛らしい笑顔を浮かべるこの女を酷くいじらしく思った。当の白い男にはそれらの行動をいじらしいと感じる余裕すらなかったのだが。
部屋から消えた女を探して建物中を駆け回り、半狂乱だった男は、三日月の男に抱かれて戻ってきた女を許そうとはしなかった。『あなたと遊びたいと思った』と花札を差し出す女の言葉も聞かずに、三日三晩閉じ込められた部屋の中で何が行われたか等、乱れた床を見れば一目瞭然だろう。

『きらわないでくれ』と泣いて肩を濡らしていく男に声をかける気力など、女にはない。
めちゃくちゃに切り付けられた花札が畳に散っている傍で、女の瞳はまた一段と暗い色を帯びた。


*


キリキリと痛む頭を押さえながら目を開く。今見ていたものは体感としては長いものだったが、まだ胸に顔をうずめる鶴の様子からしても、さっきから一分も経っていないらしい。吐き気を催す倦怠感と共に先ほどのことを少し頭に巡らせると、あれはおそらく過去の私であると確信づいた。そして、白い男の正体がおそらく『鶴』であることも…
しかし、どうしても分からないのが白い男の姿が、今私の目の前にいる彼とは酷く異なっている点だ。そこだけが矛盾していて、様々な推論を打ち消していく。これを知るためには、三日月のように過去の私を知っている人物に話を聞かなければいけない。しかし三日月は私に何も話すつもりはないらしいし、情景の中にも他の人物は出てこない。そうすると鍵を握る人物が残り『鶴』だけになってしまうのだが、突然彼に核心をつくことはきっと賢明ではないだろう。そもそも『鶴』が私と情景の中の女を同一人物だと認識しているかどうかも分からない。
もし壊れた鳥居の前で出会った時から、彼が何も知らないふうに演技をしていたならば、情景の話をするのは藪蛇であるし、そうなれば現代に帰るどころか五体満足でいれるかどうかも怪しい。何がともあれ、まずは三日月と鶴以外に私を知る人物を探す。これにつきる。

他の人と接触する機会を得るために何が何でも外に連れ出してもらおうと決心し、鶴に声をかけようとすると、それよりも先に鶴は私を見上げて眉を下げた。

「俺が君のことをどんくさいと言ったから怒ったんだろう…? 蹴鞠をしていいから許してくれ」

「はあ…」

白い男と鶴が同一人物だと気付いてしまったために、どんな際どい発言が出て来るのかと構えていたが、拍子抜けである。しかも私が手を払った理由を、蹴鞠ができなかったからだと本気で思っているらしく、いそいそと戸の中から蹴鞠を出してきて、私に差し出すのだから意味が分からない。本当に子どものようである。
これは演技なのか、演技じゃないのか、考えあぐねていると蹴鞠をいつまでたっても受け取らない私に鶴はまた涙を浮かべはじめた。

「…まだ、怒っているのか……?」

「怒ってない!もう怒ってないよ!鶴も一緒に遊ぼう」

ひっくひっくと揺らす肩を見て私が慌てて蹴鞠を受け取ると、鶴の顔はぱあっと明るくなった。

「っ!早く遊ぼう…!」

鶴は私の手を引いて足早に庭に出ると、ぽーんと鞠を空高く上げた。
そして、落ちてくる鞠を足で受け止めると、まるで糸がついているのかと思うぐらい上手くそれを扱ってみせる。

「どうだ!すごいだろう!」

腰に手をあてて、胸を張る様子は先ほどまで泣いていたのが嘘のようである。
「すごいすごい」と拍手を送ると、彼は顔を真っ赤にして口をにやにやと歪ませている。照れ方まで子どもらしいではないか。生温かい視線を送ると、自分の顔が真っ赤になっているのに気付いたらしく鞠で必死に顔を隠しているのだから可愛らしい。
これを演技だと考えるのは些か無理があると自分でも思う。しかし、鶴と白い男が別人であるとも思えないのだ。どんどんこんがらがる頭を抱えそうになった時、じゃりと誰かが庭を歩いてくる音がした。

じゃり、じゃりと一定の速度で聞こえるそれは、こちらに向かっているらしい。三日月かとも思ったが彼は鶴の前に現れる時幼い姿でいることにこだわっていたため、こんなに足音が重く聞こえることはないだろう。
鶴も音を聞いて不思議そうな顔をしているし、いったい誰が来たのかと建物の影を注目していると、その足音の主は何のためらいもなくこちらに顔を出した。

「ああ、ここにいたのか」

「…」

全身緑の男だ。しかも腕には白いぽんぽんのようなものがついているし、やけにハイカラな顔立ちをしている。平安時代を思わせる鶴、一応現代人の私、どこの時代とも分からない緑の男…時代錯誤も甚だしい。これならばまだ三日月の方が良かったと心の中で呟く。

鶴と知り合いのようではあるが、「どちらさまですか」と一応尋ねると、緑の男は私の顔を見て目を丸くした後「鶯丸だ」とあっさり名乗った。
うぐいす、またもや本名なのか分からない人が増えてしまった。しかも鶴といい鶯といい鳥科が随分多いものだ、と口に出さずに考えていると鶴が急に鶯丸を指差して大きな声を出した。

「鶯!なんでそんなに大きくなっているんだ!」

目を光らせながら男の周囲をぐるぐると回り、「俺も大きくなりたい!」とはしゃぐ彼の様子に私は驚いたが、鶯丸はもっと驚いたようで「これはこれは…」と渋い顔をしている。そして、説明を求めるように私の方を見つめるのだが、私にはもっと分からないのだから何も言えることはない。
無理だと視線で訴え返す私を見て、鶯丸は口を開いた。

「…町の外れにいる仙人に薬をもらったんだ」

絶対に嘘だ、と私は心の中で叫びながら、すぐにでも分かるような子ども騙しの嘘をつく鶯丸を睨む。どうやら彼は見た目に反して嘘はうまくないらしい。どうせすぐにばれるだろうと思っていたが、鶴はそれを聞くととびきりの笑顔を見せ、「いってくる!」と建物を飛び出していってしまった。
子ども騙しの嘘に引っかかる彼はやはり『子ども』であるらしい。もう一度白い男の関係を考え直さなければいけないと気が遠くなるが、ふと気づく。

この空間にいるのは見知らぬ男と私だけだ。わざわざ鶴を外にやるように仕向けたからには何かアクションを起こすのかと思ったが、彼は私を上から下まで見ると、ひとりで勝手に納得したように頷いている。

「立てるようになったんだな」

私の足を見てそのセリフを言ったことで、この男が私と白い男の関係を知っているのだと背筋に嫌な汗が流れた。

「…あなたは、私を知っているの」

三日月に聞いたのと同じように質問をすれば鶯丸は「まあ、そうだな」とあっさり答えた。

「私について知っていることを教えてほしい」

彼になら全てを聞けるかもしれないと期待を込めて言葉を投げかけると、彼は「三日月は嫌がるかもしれないが…そうだな、大包平なら良いと言うだろうな」とよくわからない理論で承諾してくれた。

しかし、さっそく話を聞こうとする私を片手で制止してから「茶でも飲みながらにしよう」と建物内に勝手に入っていくあまりのマイペースっぷりに、話を聞く人選を間違えたのではないかと、私は一人頭を抱えた。


 

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