異常なほどの寒気を感じて目を覚ます。
薄く目を開くと白い光が部屋を満たしていて、時計はなくとも既に朝であることが分かる。温度を求めて手を探ると小さな柔らかいものが吸い寄せられるように私の手に触れた。それを抱き寄せると、その温かいものも私にすり寄るようにしがみつきまるで一つになったような感覚に陥る。この温かなものに触れている以外のところは寒くて寒くて、ぎゅうと強くそれを抱きしめると「くるしいぞ…」と小さな声がした。

「えっ」

急に聞こえた声に、昨日の不思議な体験と不思議な少年の家に泊めてもらったことをようやく思い出す。私の腕の中でぎゅうぎゅうに潰れた白い少年を見て腕の力を慌てて緩めると、彼はやや不服そうに私の胸に顔を寄せた。

「…もう起きるのか」

「う、うん。もう外も明るいし…」

会って一晩の男の子を抱きしめて眠るなど、稚児趣味を疑われても仕方ない。だいたいこんな美形の少年と平凡な成人女性が抱き合う図など誰得にもならないのだ。障子を開けて朝であることをさっさと確認し、彼から離れる理由をこじつけようとした時だ。

「あれ…?」

朝の空気をとりこもうとガラリと開けたはずの戸の外には何故か暗闇が広がっている。部屋の中もいつのまにか薄暗くなっており、今が朝であるとは言い難い。昨日見たままの白い月が夜空の中央高くに昇っていることに、1人わたわたと何度も外と部屋を見返していると、背中に小さな重みを感じた。

「ほら、まだ夜じゃないか。月があんなに高く昇っている」

だからまだ一緒に寝よう、と手を引く彼を拒む理由が一瞬にしてなくなってしまったのだ。絶対にさっきまで朝だったのにと何度も自分に問いただすが、自分の目に映るのは確かに夜の景色である。頭の中にクエスチョンマークをたくさん浮かべながらも、私の貧相な胸に頭を押し付ける猫のような彼の髪を撫でてやる。
もう不思議なことが起きるのは何度目か。きっとこの少年が起こしているのだと、なんとなく予想はしているが、それが無意識なのか意図してなのか分からない以上無暗に彼を問い詰めることはできない。もう一度目を覚ました時にはどうか本当の朝でありますように、と寒さから逃げるように彼を優しく抱きしめ、目を閉じてしまえば眠りの海に落ちてしまうのに数分もいらなかった。


*


「ようやく朝だ…」

明らかな眠りすぎによる体のだるさと葛藤しながら上半身を起こすと、隣に白い少年がいないことに気づく。しかし、延々と続く廊下地獄を経験した身としては勝手にこの部屋の外に出るのはよろしくない。彼が来る前に最低限の身だしなみを整えようと、部屋を見渡すと昨日なかったはずの鏡台が置かれている。もう部屋の中で物が増えたり減ったりしていることに驚いたりしてはいけない。やけくそながらに、使えるものは使ってやろうと鏡に近づけば、その前には着物と鏡や櫛が鎮座している。

まさかと思ったが広げてみると、白地に赤の刺繍があしらわれた女性の着物である。あのぐらいの美形なら女物の着物を着てもおかしくはない…とどうにか自分に言い聞かせようとするが、明らかにサイズが私にぴったりで彼が着るには大きすぎるだろう。いつの間に用意したのかも分からないがここにこれが置かれていることは、暗にこれを着ろということなのだろう。しかし現代人の私に、浴衣どころかこんな立派な着物を着る素養など備わっているわけもない。とりあえず襦袢を着てから、これを羽織ればよいのだろうかと苦戦していると、足音もなしに障子の戸が開かれた。

「君、おはよう。……ところで何をしているんだ?」

彼の手には朝食の膳、こんな少年に衣食住の全てをやらせてしまっている事実に心が痛い。しかしだ。襦袢を着て、肩に着物を羽織っただけの状態の私を珍妙なものを見るような目で見ないでほしい。どこか穴に埋まってしまいたい、と彼の視線から逃れるように顔を伏せると、少年は急に大人びた微笑みを浮かべて私の正面に座った。

「君は俺がいないと何もできないのだなあ。ほら、着つけてやろう」

あっという間に着せられたことにも驚いたが、鏡の中の自分を見てみると着物が上品すぎて全く私に似合っていないことにもっと驚く。それもそのはずである。一国のお姫様が着るような着物を、寝起きで顔がむくんでいることを抜きにしたとしても平凡な顔の女が纏っているのだ。アンバランスすぎて逆に笑いがとれるため丁度いいのではないかと自虐的な思考になるのも仕方ない。

鏡を見て苦笑いをしていると、少年も私を見て「こりゃ驚いた!びっくりするほど似合わない!」と豪快に笑っている。見た目から推測される歳にしては大人びていると思っていた少年だが、やはりこういう正直な所は年相応らしい。
鏡越しにじとりと睨み付けると、彼は「やはり似合わないなあ」と笑いながらも淡い桃色をした布を私の肩にかけた。

「寒がりな君はこれも羽織っておくといい。…その着物は似合わなかったが、君には白が一番合う。明日はもっと良いものを用意しよう」

彼はばちんとウインクを決めると何事もなかったかのように布団を片付け始めるが、少年とは言え美形のウインクをくらった私はその場から動けないし、顔は真っ赤である。私はそれがばれないよう桃色の羽織で顔を隠しながら、髪を整えるので精いっぱいであった。

ときめきを感じる甘酸っぱい朝になったわけだが、『明日』というセリフに彼が私をまだ帰すつもりがないことが分かってしまった。そこに触れたらどうなるか、と頭の中でシュミレーション考えるが、そうすると寒気が襲ってくるのだ。考えることを止めた途端に止まる悪寒に気づき、とりあえずご飯を食べてから考えよう、と結論付けた私は現実逃避のプロになっているのかもしれない。


*


私がもくもくと朝食を食べる中、彼はやはり何も口にいれなかった。ご飯を食べないのかと何度も聞くと「もう食べた」の一点張りで、さらに追及しようとすると部屋を出て行ってしまう。現代で一人暮らしをしているため、1人きりの食事が辛いということはないが、どうせなら誰かと食べた方が食事は美味しいに決まっている。
しかも彼が用意する食事は、どこかの料亭で出されているのかと思うぐらいとびきり美味しいのだ。どれが美味しいだとか話をしながら食べたいものだ、と少し寂しく思いつつも最後に残った味噌汁をすすっていると、突然背後に視線を感じた。

鶴が部屋に入るタイミングを伺っているのか?と後ろをそおっと振り向くと、少し開いた障子から鶴とは違う藍色の着物が見えている。

じっと隙間を見ていると、着物と同じ藍色の瞳とばっちり目が合ってしまう。ほんの少ししか隙間が開いていないため、どのような顔をしているか分からないがおそらく鶴と同じぐらいの年の子どもだろう。
お互いに無言のまま、私は味噌汁を持ったまま時間だけが過ぎていく。彼の視線が私の着物に向いていることに気づき、「…君、どうしたの?」と私に出来る限りの優しい声で話しかけると。藍色の瞳の少年は障子の戸をほんの少しだけ開いて私を上から下まで見やった後、「似合わないな」と眉間に皺を寄せたのだった。


この着物をチョイスした鶴を心底恨むと同時に、子どもは正直な生き物であると身をもって実感した朝。まだ起床して1時間である。


 

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