別れよう。
そう切り出したのは、私だった。
紺碧の空、満月が放つ銀色の蜜が、部屋中を満たしている。
――シンクは、何も言わない。
先の少し尖った、金色の仮面の下がどんな顔をしているのか、私は見たことがない。
勿論、顔を見せてくれないからって、こんなこと言っているわけじゃない。
だけど、なけなしの勇気を奮い立たせて告げた私の言葉に、未だに黙ったままの貴方がどんな表情をしているのか――それさえ貴方は教えてくれない。
そう、いつでも貴方はそうだった。
仮面で表情を隠して、本心を隠して。唯一見えるその口は、開けば皮肉ばかり。ふとその端がつり上がったかと思えば、ほとんどそれは嘲笑だ。
――――――私が、告白、した時も。
耳鳴りでもしてきそうな程、貴方はだんまりを決め込んで。
いっそ逃げ出したい、とも思ったけれど、いつもはどこを見ているのか定かじゃないその瞳が、その時は確かに私に向いていて、そう思うと足が動こうとしなくて。
挙げ句の果てに、ワケわかんない、と一言吐き捨てられて。それで終わった。
かと思った。
―――――――貴方はあの時、何を思ったの?
――――………何を思って、
私を恋人にしてくれたの?
………冗談だったとか、遊びだったとかなら、凄く、凄く悲しいけど、無理矢理納得する。するよ。
でも、どんなに精一杯の気持ちを伝えても、貴方は皮肉で誤魔化すか、黙ってしまう。
ねぇ、その瞳は今、本当に私を見てくれていますか?
私の言葉をちゃんと聞いてくれていますか?
今、どんな表情をしているのですか?
貴方の本当の心は、なんと叫んでいるのですか?
……あぁ、あの時以来、貴方は私を見てくれたことがあったかな。
言葉を、聞いてくれたことがあったかな。
この言葉は、気持ちは、端から伝わることなんて無かったのかな……。
「―――――――そう」
シンクの声が、思ったより大きく響いた。私は顔を上げた。
ばん。
右耳に飛び込む破裂音。心臓が破裂するかと思った。
ついでに左手首も折れるかと思ってしまう。ギリギリ、とそれは力の限りに私を逃がすまいとする。
「…………………」
目の前にシンクの顔。私は何も言えなかった。
今までにない突拍子もないこの状況に混乱して、ただその顔を見つめるしか無かった。
「―――――……どうすればいいの」
「…………………え?」
やっと動いた唇は、声は。
ひょっとすると、手首を掴むその右手も、右耳すぐの壁にある左手も。
「どうすれば、いいの」
震えていた。
「…………シ……」
「どうすれば君は満足するの、どうすれば君は僕のものでいてくれるの、どうすれば君の気持ちが理解できるの、どうすれば、どうすれば君に、」
―――震える。
「………………どうすれば、好きって伝えられるの………」
「―――――………」
手首の痛みは、もう感じなかった。
月明かりに照らされて、銀色に伝う光にそっと触れる。
冷たかった。
今度は、金色に光るそれを両手で包む。
こっちの方がよっぽど冷たかった。
シンクは、抵抗しなかった。
こん、と乾いた音をたてて、仮面が落ちる。
端正な顔が、銀色の部屋の中で青白く浮かんだ。
シンクと、私の視線が、まっすぐぶつかる。
―――――よかった。
ちゃんと、私を見てくれていた。こんなに、綺麗な瞳で。
………きっと、ずっとずっと前から、見てくれていたんだね。
もう一度、一筋伝うそれを拭って、ほんの少し固めな髪を撫でて、そっと唇を重ねた。
「私を、見ていてくれるなら」
精一杯の笑顔、今なら受け取ってくれるはず。
「名前を、呼んでくれるなら、それでいい。
――贅沢を言うなら、そのままのシンクで、ありのままのシンクでいてくれればいい」
「…………………………
……―――ワケ、わかんない」
そうだよね。わかんないよね。まだこの世に生を受けて、たった2年しか生きてないんだもんね。どうしていいかわからないよね。
そうだよね。今まで誰も教えてくれなかったことだよね。
誰かを愛したことも、誰かに愛されたことも、全部全部初めてだったんだよね。凄く戸惑ったよね。不安だったよね。
ごめんね。もっと早く気付いてあげられなくて。
「わかんなくていいんだよ。
―――これから一緒に、少しずつ、わかっていけばいいことだから」
髪を撫でながらそう言うと、とても綺麗なその瞳が、ほんの少し見開いて。
たくさんの初めて、二つの微笑み。
(初めてのその笑顔を、)(初めてのその響きを、)(私はずっと忘れない)
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夜のお話ってあんまないなぁ…と思って、夜にしてみた。
なんかこれ…シンクデレデレフラg←立つな
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