ガチャッ―――――





ドアを開けると、椅子に腰掛けていた小さな背中が振り返った。



「お帰りなさい、ガイ」



「ただいま、キオノ」


そう返すと、にこっと愛らしい笑顔で「今、お茶入れるからね」と席を立ってくれる。
そんなキオノに癒されながら、彼女の座っていた席の向かいに腰掛ける。


ふとテーブルを見ると、先程まで彼女が読んでいたらしい本が、裏表紙を上にして置かれていた。



―――?、何だろう…どこかで見たことがあるような……





「はい、どうぞ」

「あぁ、ありがとう」



紅茶とお茶請けのクッキーをテーブルに置き、再び席に戻ってきたキオノにお礼を言いつつ、早速紅茶を戴くことにする。
一口含み、素直に美味しいと言うと「よかった」と嬉しそうな笑みが返ってきた。

キオノの入れるお茶や手作りのお菓子は、どれも最高に美味い。
特に、あの陛下にこき使われた後だと尚更有り難く感じる。落ち着く。

ほぅ、と息を付く俺の様子を見て、キオノはふふふと笑った。


「いつも大変そうね」

「はは。今日も何度公務から脱走しようとしたものやら。本当、困った陛下だよ。」



苦笑を漏らしてそう言うと、キオノはまた楽しそうに笑った。


あぁ、可愛いな。




「………そういえば、その本はどうしたんだい?」



自身のカップを戻し、キオノの傍らに置かれている本を指差す。
彼女は元々本が好きな方ではあるが、いつも手に取っているそれとは雰囲気が違った。



「あ………これ?」


キオノはその本の表紙を返した。



「………譜業の専門書?」


うん、とキオノはどこか気恥ずかしそうに頷く。

そして、表紙を見て俺も思い出した。



「これ、この前俺が読んでたヤツだよな?」



珍しいな、キオノが音機関の本なんて読むの。



「うん…でも、やっぱり全然わかんなかった。あはは」

「はは。まぁ、かなり濃い内容の本だったから仕方ないなぁ。
……それにしても、何でまた読もうと思ったんだい?」



興味本意で俺が尋ねると、
「…ん、」とキオノは顔を真っ赤にして、軽く俯いた。
そして、か細い声で言った。



「……ガイが、私のこと放ったらかしで一生懸命読んでたから」

「―――!」

「あっその、放ったらかしだったことがどうっていうわけじゃなくてね?…ただ、やっぱり面白いのかなーなんて…」


俺が音機関や譜業が好き過ぎることは、キオノも知っている。
この前俺が借りて読んでいたその本を、恐らく同じ図書館で借りたのだろう。



彼女はそっと本に触れ、その背表紙を細い指先で撫でる。

その眼差しはとても穏やかで、優しくて。




言わずもがな、俺とキオノは恋人同士だ。

俺は音機関に負けないぐらいキオノのことが大好きだし、彼女もまた、惜しみ無い愛情を俺に注いでくれている。


本を見つめる君の瞳が、その何よりの証拠。




――――それに、ひょっとすると…。





「今度、もっと簡単に教えてやろうか?」

「本当?ガイの説明ならきっとわかりやすいね!」


彼女は嬉しそうに笑いながら、既に空になったカップに手を伸ばした。



「あぁ、片付けなら俺が―――――」



彼女より先にカップを取ろうと俺も手を運ぶ。




――――――と、









『――――っ!!!!』








カップに触れようとした俺と彼女の指が、僅かに触れた。

そして互いに、咄嗟に、それを引き戻す。

本当に、一瞬の出来事だった。



――――だけど。




「…………わ…悪、い」


俺の声が震えている。


「……う、ううん、私こそ…」


彼女も触れた指を庇うようにして、肩を震わせている。


その顔には、紛れもない「恐怖」の色。
たぶん俺も今、似たような顔になっているだろう。



そう。


俺は、女性恐怖症。

君は、男性恐怖症。




でも、ちゃんと愛し合えている。…………はず。









「………片付けるよ」


恐怖を拭う為に、今度こそカップを手に取り、流しに向かう。


きゅ、と蛇口をひねって、水を出して、洗う。
何だかその音が、異様に切なく響いた気がした。




二人分のカップ。

一つは君が、触れていたカップ。


――――直接じゃなければ、触れられるのに。








「ねぇ、ガイ」



いつの間にか、彼女の声が随分近くに聞こえた。


………あぁ、その声を聞くだけで、君に名前を呼ばれるだけで、こんなにも安心出来る。


既に洗い終わったカップを置いて、きゅ、と蛇口を閉めた。



彼女を見るとその腕には、先程見た裏表紙。




「…私達……抱き締め合ったり、手を繋いだり、直接触れることは出来ないけど……大丈夫、だよね?」



キオノは、大事そうにそれを抱えて、またその綺麗な指でそれを撫でている。



「確かにそれは、凄く寂しくて、辛くて…どうしようもなく、もどかしいけれど。」



彼女の声を一つ一つ捉える度、それが鼓膜と心に甘く響いて。



「―――それでも、いいよね」



彼女は小さく微笑んで、きゅっとその本を大切そうに抱き締めた。

―――まるで、俺が抱き締められているみたいだ。



ふっと上がった彼女の笑顔は、ひどく綺麗だった。



「大好きだよ、ガイ」







「―――……あぁ、俺もだよ」




ぽちゃん

蛇口から一粒、水が落ちていった。






俺達の「間接的」距離恋愛。




(貴方が触れていた)(この本に触れるだけ)(それだけでも幸せなの)







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ガイ様華麗に主夫!笑

触れられるのに触れられない、近いような遠いような、そんな距離。




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