過去と現在とあなた | ナノ

++過去と現在とあなた++


072 魔物



 老マクガヴァンから触媒となる槍を借りて、再びダアトに向かう。
 これは聖剣ロストセレスティの対になる武器ということだった。
「あの。先ほどのマルクトを荒らしていた譜術士とは・・・」
「さぁ。『譜術士連続死傷事件』の犯人は封じられていますし、封印場所にいけばわかるのでは?」
「――そうですが、・・・あの、ジェイド」
「大丈夫でしょう。流石にそんな凶悪犯が闊歩しているなら、なにかしら軍に報告は入るでしょうし」
 不穏な空気を感じ取って、ジェイドを見上げるが、彼は惑星譜術のことか、なにかを考え込んでいるようだった。
 この混乱の中、その封印が確実に働いているかはわからない。
 もしも再び開放されてしまっていたら、と思うと、背筋が凍った。
「でも、おそろしいわね。老マクガヴァンが魔物といわれるなんて」
 ティアがセリスの隣に歩み寄ってきた。その向こうにはガイが腕を組んでいる。
「一個中隊が壊滅とは・・・まるで鬼神だなぁ」
「でも、その槍とぉっても強いってことだし!借りれてラッキーだったね!」
 アニスが嬉しそうにぴょんと跳ねた。
「次はどこに向かいますの?」
 ナタリアがアルビオールの周りの様子を警戒しながら、ジェイドに尋ねる。
「・・・とりあえず、次の手掛かりを探して、ダアトへ」
「ダアトになにかありますの?」
「闇雲に探すより、確実な情報を持っている人物が居ますのでね」
 そう答えると、目の端でセリスを見た。







       ***




 


 ダアトの神託の盾本部を尋ねると、意外にもすんなり一室に通された。
 第六室。第六師団の師団長の部屋だろうか。奥に大きめの机があり、手前には低いテーブルを挟むように長いソファが並べられていた。そこに腰かけ少し待つと、カンタビレが現れる。
「きたのか」
 ルークたちがソファに座ったころ、カンタビレがドアを開けて入ってくる。
「それなりに足労してきましたよ」
 ジェイドが槍を出現させる。
 カンタビレは表情を変えないまま、ルークの剣、ガイの剣を見、目を閉じた。
「そなたたちの意思は変わらぬのだな」
「ええ。前あなたが言ったように、今以上に力を求める時も来ないでしょう」
「そうだな。その前に、忠告しておこう」
 カンタビレは奥の机に腰かけた。
「惑星譜術は、以前優秀な譜術士によって研究されていた。知っての通り、ネビリム響士だ」
「ええ。今は凍結されているそうで」
「最後の実験で、かなりの死者がでた。万全の準備をしていたはずだったが、失敗したんだ」
 ちら、とセリスを見たが、そのまま目を逸らした。
 彼女を省いた説明を考えていたようだ。
「ネビリム響士は私塾を開いていたそうだな。教え子ならば彼女の実力は知っているだろう」
「はい。第七音譜術士として、戦場での姿は知りませんが、譜術の規模から今考えてみても、彼女以上の譜術士は知りません」
「そう。その"ネビリム"が、失敗したのだ」
 まわりのみんなが息を飲んだ。
 それでも、ジェイドの表情は変わらない。
「まぁ、私が必ず成功できるとは言えませんが、私以上に可能性が高い譜術士がいるとも思えません」
「その自尊心にいつか足元をすくわれるぞ」
 カンタビレが呆れたように笑うと、顔にしわが濃く刻まれる。
「私も気にはなっていたのだ。過去の悔恨を払しょくするいい機会かもしれん」
 カンタビレが呼ぶと、兵士が3人、部屋に入ってくる。
「・・・――まさか」
「触媒だ。私が伝え聞いたもの、ダアトの管理下にあったもの、キムラスカ側にあったものが含まれている。まあ、それだけでどうにかなるわけでもないが」
「これは、驚きましたね。そんな手配をするとは考えも及びませんでした」
「・・・いちいち癇に障るが、まぁいい。あの目の上のタンコブ(エルドラント)をどうにかしてくれ」
 ジェイドたちの座るソファの前の机に、弓、杖が二本そっと置かれた。
「さ、それを持ってさっさと行け。ここに用はもうないだろう。私ももう終わった」
「・・・――この件に関しては、感謝を表しますよ。詠師カンタビレ」
「そなたのうわべだけの謝辞などいらんわ」
 照れたようなカンタビレにジェイドは口角を上げると、すっと立ち上がる。
 ティア、アニス、ナタリアが各々触媒を手に持った。
「結果ぐらいはお伝えにあがりますよ」
「命は大切にな」
 皮肉をこめて笑ったカンタビレを残して、部屋を後にした。
「先にアルビオールへ戻っていてください。少し忘れ物を」
 本部から出口へと歩いていると、ふっとジェイドが踵を返した。
「ジェイド!?」
 普段では考えられない離脱に、セリスは動揺しながら後を追おうとする。
「セリス。命令です」
「・・・はい。みなさん、向かいましょう」
「え、ああ」
 明らかに自分を離そうとしている様子に、嫌な予感がしながらも、ルークたちを率いて歩き出した。








       ***






 先ほどの部屋に戻り、扉をノックする。
「入れ」
 カンタビレの声が返ってきたのを確認し、ジェイドは扉を開けた。
「失礼します」
 窓辺に立って外を眺めていたカンタビレが、驚愕の表情のまま振り返る。
「――!何用だ。もう話すことはないぞ」
 そもそもジェイドに拒否反応をもつカンタビレは、嫌悪を隠さなかった。
「貴女が隠した事項を聞きに」
「・・・なんの話だ」
「・・・単刀直入に聞きます。セリスはどう関わっているんです?」
 顔色が変わったのを見逃さなかった。
「どういうことだ?先ほどの話と関わりがあるのか?」
「貴女なら理解できるでしょう」
「――どういうことだ?」
「セリスをマルクト軍人として見ていない上、さきの再会の時、あなたが案じたのはセリスの方だった」
 まるで尋問されているような気分になり、あからさまに不快感を表す。
「知らん。帰れ。話すことはない」
「詠師カンタビレ。彼女を殺すつもりですか?」
 うっすら笑みすら浮かべながら、ジェイドは腕を組んだ。
「殺す、だと?」
「検査結果が出なければ確証はありませんが、彼女は浮遊機関を体内に取り込んで以来、浮遊が可能になりました」
「・・・なんだって?」
「そしてそれは対内外の音素を大量に消費し循環させる・・・身体のなかの音素が著しく偏るということです」
「ふむ・・・そんなことを繰り返していれば、そのうち崩壊するな」
「ええ。調整を行えればそうとは限りませんが、身体を結合する音素さえも循環にまわり一度体内から出れば・・・結果は言わずもがなでしょう」
「・・・私がそなたに何を伝えれば、それが起らぬというのだ?ないだろう、そんなことは」
 結果、セリス自身の選択なのだ。
 飛翔するもしないも、カンタビレの預かりしれる話ではない。
「彼女は言っても聞きませんからね。とりあえず私が把握しておきたいというところです」
「・・・私から話せることはない。たとえ、なにかあったとしても、私は話せる立場でもない」
 カンタビレは脅すようなジェイドの視線もものともしなかった。
 ネクロマンサーとしてでも、マルクトの大佐としてでも、この詠師には響かないのだ。
 セリスのことについては。
「・・・そうですか。失礼しました」
 ゆっくり背を向け、扉へと歩き出す。
「・・・――ネクロマンサー。彼女が好きか?」
 唐突に聞かれ、ジェイドは立ち止まる。
「別に、そんなことは」
「ハハハ!面白いな。そなたでも普通の男のような反応をするんだな」
 少し顔を後ろに向けると、カンタビレが腹を抱えて笑っていた。
「私が知っていることはそうない。語るべき口も持っていない」
「ええ」
「ただ、私の見てきた過去の中で、彼女ほど運命を譜術に翻弄された人間は知らない」
「――譜術に?」
 生まれてすぐ、譜術によって脅かされ、失い、取り戻し、生きている。
 ジェイドに対する最大の贈り物だった。
 彼女を差し置いて彼に伝えるべきかカンタビレには判断できない。
 だが、彼女も少なからず、この男を好いている筈だ。
 そして、ただ『死なせたくない』という望みのために、自分に聞くことなど矜持が許せないだろうが、恥を忍んで自分の前に立つ男に、恨みの他になにかが生まれた。
「大切なら、せいぜい後悔しないように守ってやることだな」
「・・・―――なんのことだか」
 なんと人間らしいことか。
 過去骸をあさり、狂人と恐れられた人間が、なんとも人間臭いこと。カンタビレは笑みが抑えられない。
「若造。年長者の言うことは聞いておくものだぞ」
 カンタビレの言葉にふっと笑みを浮かべると、振り返った。
「――大陸より大きなお世話ですねー」
 そういって彼が出ていったことを確認すると、カンタビレは目を閉じた。
 老婆心ながら、不器用な二人に思いを馳せる。
「こんな時代なければ、どんな未来であったかな」
 窓の外には町を進むルークたちの姿が見えた。







       ***








「さて、触媒もそろったことですし、ロニール雪山へ向かいますか?」
 アルビオールに戻ると、操舵室に集まった面々を前に、ジェイドが尋ねる。
 少し迷った顔をして、ルークが周りのみんなの顔を見た。
「・・・ああ」
 決心を決めたように、力強く答えた。
「確実ではない方法かもしれないけれど、全力を尽くすために必要なことだと思うから」
 その顔を見て、ジェイドが不敵に笑った。
「――いいでしょう。譜術ということは発動させなければただの知識です。最後の選択はまだ残っていますから」
 使用するかしないか。
 それはまだ決断する段階ではない。
 アニスがいつか言った望みをかなえるために、万全に備える。


『・・・みんなが、無事で戻ってこれるかなーって』


 ロニール雪山の奥地に向かい、進んでいくと、山の中腹に大きな洞窟があった。
「ここじゃないのか?」
「確かに、ここが一番共鳴しているようですが・・・これは、譜陣?」
 ルークの持つ魔剣や、他の触媒たちがここだと告げているようだ。
 ジェイドも洞窟の雪が積っていない場所に、特殊な譜陣を見つけた。それはいまだに発動しながら熱を発し、舞い落ちた雪を溶かしていたのだ。
 セリスは周りを見回し、雪をかぶった木や岩をみつけると、見たことのない村に思いを馳せた。
 ここに、自分が生まれた村があったはずだ。
 それは戦火によって傷つけられ、ネビリムによって葬られたという。
(詠師の話だと、私の両親の遺体はそのままだったと・・・)
 もう30年以上経っている。この厚い雪の下だ、見つけられるわけがない。
 だが、もしかしたら、この側にいたのかもしれない。
 そう思うと、どの場所も特別に思えた。
「セリス?どうしたの?」
 ティアが顔を歪めたセリスを不思議そうに覗きこんだ。
「すみません、ぼうっとしていました。譜陣があったそうですね?」
「ええ、なんだか、譜陣の上に別の譜陣が書き足されているそうよ」
「譜陣が書き足されている?」
 セリスも不思議に思い、洞窟の入り口にある譜陣を確認しに行く。
「これは・・・」
「どう思いますか?」
 ジェイドが隣で尋ねてくる。
「途中までは見たことがない譜陣ですが、外周部の文様から見ると、封印のような・・・」
「ええ、私もそう思います。なにかを封印している・・・」
 考え込むように額に手を置いた。
「はーっはっはっは!さすがですね。かつての我が友よ!」
 少し離れたところ、上空から聞きなれた声が聞こえた。
「・・・死神ディスト?生きていたのか!?」
「薔薇です!バラ!」
「なぜここに?」
 驚くでもなく、呆れたようなジェイドは、表情を変えずに尋ねた。
「ちょっとは喜んだらどうなんですか!」
「ゴキブリに割く心なんて誰が持っているんです?」
 辛辣なセリフにハンカチを噛んだ。
「・・・――あなたがたの持っている、触媒をよこしなさい!」
「お断りです」
 笑顔を浮かべると、手をすり合わせ出現した槍をディストに向けて投げる。
 ディストは慌ててよけて、浮遊機関が少し損傷する。
「危ないじゃないですかぁ!」
「邪魔です。散って下さい」
 くぅっと唇を噛むと、黙って引き下がる。
 それが不気味で、セリスはディストに相対するようにルークたちとの間に入った。
「すごい、ゴキブリなみの・・・」
「今に始まったことじゃならそうだけどな」
 アニスのつぶやきにルークが真顔で言い返した。
「ディストは置いといて、どうすればいいんですかぁ?」
「指定の位置に触媒を配置しなければ譜陣が完全には機能しないようですわ」
 譜陣の文言を読みながら、ナタリアが膝をついた。
「ふむ、なら、とりあえず置いてみるか?埒あかないだろ?」
「・・・――何が起こるかわかりませんが、構いませんか?」
 少し離れたところで息をひそめているらしいディストを目の端で睨みながら、ジェイドがポケットに手を突っ込んだ。
 セリスは警戒しながらも、譜陣とディストの間に入る。
 静かにこちらを見ている視線が異様で、セリスはまゆをひそめた。
 譜陣に触媒を設置すると、文様が浮かび上がり、大きな岩が震え始めた。
「やった!やりましたよ!」
 歓喜に満ちたディストの声が洞窟に響く。
「これでネビリム先生が復活するっ!」
「ネビリム先生ですって?」
 ジェイドが動き始めた岩をにらみながら、触媒としておかれた槍を取る。
「まさか・・・」
「ええ!そうですとも!ここはあなたが最初に生み出したレプリカがいます!われらが愛する、ゲルダ・ネビリム先生がね!」
「ご主人様・・・?」
 唖然とする皆なかで、ジェイドとセリスだけがことの次第を把握していた。
 魔物の顔さえも。
「・・・ごくろうさま、サフィール」
 暗闇の中から、声が響いた。


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