過去と現在とあなた | ナノ

++過去と現在とあなた++


七夕



 補給のために町に立ち寄ると、落ち着かない気配にルークが目を丸くする。
「ん?なんかにぎやかだな」
 いたるところに色とりどりに紙がさげられた細い枝があった。
「これは・・・」
「ジェイド、なにか御存じなのですか?」
 セリスが隣で腕を組みなおしたジェイドを見上げると、彼は顎に手を添えた。
「以前どこかで聞いた覚えがあります。あれはおそらく、願いを捧げる木です」
「願いを捧げる?」
 見慣れない様子にナタリアとルークのほかにも、アニス、ティアも駈け出した。
「あー、これ、『七夕』ってやつじゃないか?」
「たなばた、ですか?」
「ああ、預言が記されるよりももっと昔のならわしでな、預言を解読するうちにそういう言い伝えがあったと発見されたらしいが・・・俺も細かいことはしらないんだ」
「預言よりも昔!?そんなものが存在していたなんて」
 ルークが喧噪の中心部、その多彩な枝がある方へと駆けていった。
「いい機会です。気晴らしに参加してみましょうか」
 ジェイドの言葉に頷いたので、セリスとガイも歩き出す。
 その途中で気のよさそうな男性に呼び止められる。
「お、あんたたちも書いたかい?そろそろ星が見えるからな、締め切られるぞ」
「・・・?何の話ですか?」
 セリスが立ち止まって男性に向き直ると、彼はにかっと笑った。
「あんたら旅行者か?ちょーどいいときに来たじゃねーか」
 男性は少し乱暴に細長く切りそろえられた紙を差し出してきた。
 『願いを捧げる木』に下がっていた紙と同じもののようだ。
「それにな、願い事を書くんだよ。そしたら願いが空に届くんだ」
「空に届く?空になにかあるのですか?」
「そーさな、今は預言がすべてだから考え方としては俺にも理解できない。伝承でな、空に光るものがあるだろ?」
「え、ええ。記憶粒子が発する光のことですか?」
「んー、そうなんだが、そうじゃないんだ」
「『星』、ですね」
 今までセリスの背後でジェイドが口をはさんだ。
「お、お兄さんは知ってるか?」
「まぁ、知識程度に」
 男性は嬉しそうに腕を組んだ。
「そーだ。この町には昔、空から大きな石が降ってきてな。それに彫られていたんだ」
「彫られていた、とは、美術品かなにかですか?」
「いや、譜業でも解析不可能な、音素を遣わない物質なんだ。それにはこの枝に似たものに木の枝がつるされていた」
 枝はよく見れば葉が鋭利な刃物のような形をしている。これに似た植物ではなく、その石に記されたものににた木を探したのだろう。
「でな、預言を遡って行くと、大地の伝承の一つに、こーいったものがあってな――」
 男性はとても上機嫌で話し続けた。



「もらってみたはいいけど、書くのか?旦那」
「まぁ、書いて損はないでしょうし、明日には焼かれるみたいですので好きに書いたらいかがです?」
「そうなんだがなぁ・・・」
 ガイは先ほどの話が突拍子もなさ過ぎて頭を掻いていた。
 遠くでルークたちを視認すると、彼らも同じように長方形の紙を手に持っていた。
 彼らは出店の方に興味をひかれるようで、一つ一つ覗いている。ガイも気になったのかそちらへ走り出した。
 セリスとジェイドはそのまま順路に従い歩く。
「土地土地によってやはりいろいろな伝承があるものですね」
 セリスは渡された紙を眺めながら、不思議と楽しい気持ちだった。
「まぁ、『天の川』というのは確実に記憶粒子の発光作用だと思いますがね」
「そうですね。セフィロトを見ていますから、ここの人たちより現実的な見方しかできませんね」
「元来、伝承というのはいいかげんなものです。ベガとアルタイル・・・『織姫』と『彦星』でしたか」
 記入所と書かれているテーブルに腰かけ、周りを見回すと老若男女がひどく嬉しそうにしている。
「ここの人たちには溶け込んだならわしのようですね」
「一年に一度だけ会うことができる日というのも、雨が降ると天の川が氾濫するというのも現実的ではなさすぎてどうにも受け入れにくい事柄です」
 ジェイドが少し困ったように眼鏡をあげているのを見て、セリスはふっと空を見上げた。


「私は、少しうらやましい気がします」

「うらやましい?」

「一年に一度だけ、必ず会える日があるというのは、彼らにとってその日が一生にも等しいでしょうから」

「・・・一生を迎えるため、その他の日々を過ごしているということですか?」

「言い伝えですから論理はわかりません。それでも互いに会うための日があるということは、幸せなことなのではないでしょうか」

「女性的考え方、ということですか」


「・・・よく、わかりません。・・・ただ、二人ですごすその一日(いっしょう)が幸せならいいな、と思っただけです」



 そんな話を続けながら、二人はおもむろにペンにインクをひたす。
「なんと書いたのですか?」
「私ですか?言い伝えを半ば信じるとして、『天の川を渡る譜業ができるように』と」
「なんだか、夢がないですね。ジェイド」
 セリスははにかむようにしてジェイドの紙を眺める。
「笑いましたねー?あなたはどんなことを書いたのです?」
「私はありきたりですよ」
 ジェイドがセリスの紙をとりあげて、意外に長い内容であったことに目を丸くした。
「・・・本当に、ありきたりな願いですね」
「ええ。でも知っていますか?『ありきたり』を全うするのは思ったより難しいのですよ」
 セリスが照れたように俯いた。するとジェイドはペンをとり、セリスの紙に無断で書きこむ。

「このぐらい、傲慢になってもいいと思いますよ」

 その願い事にジェイドが書き加えたのは、そこに足りない一人。
「・・・ありがとう、ジェイド」
「まーあなたに願われずとも私は幸せになりますがねー」
 彼の赤い瞳が彼女の瞳を正面から覗き込み、金色の髪に指を滑らせた。
 優しいジェイドの雰囲気に、セリスは恥ずかしくなって再び空を見上げた。




 目の前にあるのに手が届かない気持ちには覚えがあった。
 ジェイドを探し、追いかけていた自分自身の心だ。
 『織姫』の感情とはおそらくにても似つかないものだろうが、隔たるものを切望する気持ちに違いはない。



(どうか、雨が降りませんように)



 記憶粒子の空のその向こうを想像しながら、セリスは目を閉じた。





『ルーク、ガイ、ティア、ナタリア、アニス、ミュウ、ジェイド。セレスティナ。みな幸せになりますように』





 その日の空は、記憶粒子のなかでひと際大きな光が黄金に輝いた。
 広場に集められた願いを、暖かな風が揺らした。
 空で見守る二人に届くように。



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