Le ciel croche | ナノ

 ヒッコシクラブのハサミで砂漠を駆け、クンフージュゴンに助けられてサンドラ河を渡り、一行は何とかアルバーナ側の岸へと辿り着いた。
 王国軍と反乱軍が衝突するまで、制限時間はおおよそ3時間。目指す王都は、エルマルへの道中によく似た、果てなく広がる砂漠の向こう側。徒歩どころか、ラクダのマツゲの全速力でも、間に合うか間に合わないかの瀬戸際だ。
 マツゲに乗るのも二人が限界。何とか全員で間に合う方法がないものか。思考を巡らす彼らの元に、土煙を立てて近付く複数の影。最初に気付いたナミが、警戒の声をあげる。

「待って!! あそこ!!」
「何だ!! 敵か!!? も…もももう来やがったのか!!!」
「違うっ!!! あれは…っ!!! カルーっ!!! それに……!! 『超カルガモ部隊』!!! 迎えに来てくれたのね!!?」
「クエ〜〜〜ッ!!!」

 あっという間に彼らの前に現れたのは、総勢8羽の超カルガモたち。
 ナノハナで別れたカルーが、アラバスタ王国最速集団・超カルガモ部隊の隊長として、頼もしい味方を連れて戻ってきた。ビビの喜びの声に、カルー達は誇らしげに敬礼で応える。
 走り寄るビビに挨拶を交わしたのち、カルーは自身の背中に固定された袋を指し示した。

「クエッ、クエッ」
「あら? 何か持ってきてくれたの? これは……」
「マントだな。確かに砂漠を行くには有難ェが……」
「……へェ、こりゃいい」

 ビビが鞍から降ろした袋をウソップが受け取り、中身を取り出す。出しても出しても同じものが出てくることに首を傾げつつ、彼が取り出したのは8枚のマント。その様子を後ろから眺めていたサンジは、何か閃いた様子でマントを手に取った。

「全く同じデザインの、フード付きのマントが8枚。全員被って顔隠して行って分散すりゃ、一番狙われるビビちゃんへの追手も分散できる」
「おお、成程!」
「いや、待てよ……」

 出てきた妙案にウソップは感嘆の声を上げるが、サンジはなおもマントを眺め思案を続けている。
 やがてふっと顔を上げた彼は、仲間達の顔を順々に確認し、指折り数えながら更に策を練る。

「ビビちゃん含め、奴らに顔が割れてるのが5人、ルフィを抜いて4人。レインベースでまだ複数居るってのはバレてっから、少なくとも6人は想定されてるはずだ。んで、今ここには7人……と、1匹。超カルガモは8羽」
「ヴォッ」

 ラクダのマツゲも漏れなく頭数に数えると、マツゲは鳴き声一つでそれに答える。返事をしたマツゲを見てにやりと笑うと、サンジは改めて策を披露する。

「丁度いい。ビビちゃん残して、おれらだけ先に行くってのはどうだ」
「ハッ、王女だと思って追っかけて来たら、見事に全員ハズレってか!」
「二段構えってわけね。いいじゃない」
「よ、よし」
「おう、頑張るぞ!」
「みんな……」
「……ねえ、それなら、もういっこ策があるんだけど、聞いてくれる?」

 大がかりな囮作戦とも言えるそれにビビは顔色を曇らせるが、他の面々は各々肯定的な反応を返す。
 そんな中、頭のバンダナを外しながら手を挙げたニーナに、全員の注目が集まった。

「どうした? ニーナちゃん」
「二段構えの策をね、三段構えにしようと思って」
「三段?」
「んん、先に見てもらった方が分かりやすいかな。ナミ、ちょっと手伝って欲しいんだけど、いい?」
「えっ、私?」
「うん」

 突然の指名にきょとんとするナミに対して、ニーナは小さく頷く。普段はバンダナの中に隠されているポニーテールが、頭の動きに合わせてふわりと揺れる。ニーナはその根本を結ぶゴムに指を掛け、するりと引き抜いた。
 ナミとしっかりと視線を合わせた彼女の瞳の奥には、確かな決意の色が浮かんでいた。





 * * *





 アラバスタ王国最速の名に恥じぬ爆走で、超カルガモ部隊は無事、目標時間前にアルバーナ近辺まで辿り着いた。
 首都の門がぎりぎり肉眼で確認できる程度に近付いた頃、手頃な岩々の作る影に、一行は一旦身をひそめる。

 ──作戦の最終確認を手短に行い、囮作戦の一段階目として、6羽の超カルガモたちが走り去ってから、しばらくして。

「……あっ、分散した」
「!」
「よかった、上手くいったみたい」

 ウソップに借りた単眼鏡を覗き込むニーナが、小さく呟き立ち上がる。くるりとビビを振り返った彼女の顔周りの髪の毛は、普段よりも随分とすっきりまとめられている。
 ニーナは手にしていた単眼鏡を、彼女が指名した超カルガモ、カルーの妹・ルルーの鞍に丁寧に仕舞う。カルーより一回り小柄な、それでもよく似た超カルガモの背をぽんぽんと叩くと、ルルーは合点したと言わんばかりに力強く頷いた。

「よし、そしたら、あたしたちの番だね。よろしく、ルルー」
「クエ!」
「ニーナさん……」
「クエェェ〜〜〜」

 ひらりと身軽にルルーの背に乗ったニーナを、ビビが複雑な表情で見上げる。そんな彼女とニーナとを見比べるカルーは、三往復ほど視線を行き来したのち、“三段構え”の正体をじいっと見つめて、感心したような鳴き声をあげた。
 賢い超カルガモの思うところを察して、ニーナはルルーの上で小さく笑う。

「ふふ、どうかなカルー。遠目だったら、まあまあビビっぽく見えるかな」
「クエッ、クエッ!」

 うんうんと大きく頷くカルーは、びしりと右の羽を突き出して見せる。人間でいうところの、親指を上げるポーズをマネているようだ。
 普段のバンダナを取り払ったニーナのウエーブヘアは、ナミの手によってビビとほぼ同じ髪型にまとめられている。その色は平時の明るい胡桃色ではなく、ビビのそれと限りなく近しい空色。元々の髪の長さが近いこともあり、身長の差はあれど、遠くから判別するだけであれば、十分に替え玉として通用する外見だ。

『ビビはカルーとふたりきりで行くんだもの。勘の良い奴がいたら、むしろまずいでしょ』

 ──6人と6羽が出発した後で、上手くビビに似せたニーナと、カルーに良く似たルルーが時間差で出発する。更にそこから時間を置いて、本命のビビ達が出発する。
 万が一囮を警戒され、ビビを待ち伏せる敵が居たとしても、そこにやって来るのはニーナだ。そのニーナが敵を別の場所へと誘導することで、ビビが反乱軍と対峙できなくなるリスクを最大限減らすことができる。
 そんな“三段目”の作戦を、ナミによってヘアアレンジを施され、能力解放によって髪を水色に変化させた上で、ビビの隣に並んで告げたニーナ。そんな彼女に仲間たちはそれぞれ何か言いたげではあったが、作戦としては間違いなく上々なそれを採用した。
 全部終わった後で話すから。そうきっぱりと宣言した彼女に、『どうして』も『どうやって』も、尋ねた者は誰も居ない。それでも、自分の身代わりになろうというニーナに対して、ビビが何一つ問えないはずもなく。

「あの、ニーナさん、その……あなたは……」
「……今は、あたしの事より国の事だよ。全部終わったら、ゆっくり話すから」

 繰り返すのは、つい先程と同じ言葉。その問いが形になる前に、ニーナは緩く首を横に振る。
 先んじて制されたビビは僅かに肩を落とすが、やがて気を取り直したかのように、こくりと小さく頷いた。
 ビビが言葉を飲み込んだのを見て、ニーナは声の調子を変えて、「それより」と付け加える。

「もし敵と遭遇しなかったら、あたしも反乱軍の正面まで向かって、ビビの護衛につくからさ。ああでも、その時は、色は元に戻さなきゃね。ややこしくなっちゃう」
「……戻るの?」
「んん、やろうと思えばすぐにでも」

 至極真面目な顔で、ビビが聞けなかった事に自ら敢えて触れるニーナに、ビビは恐る恐るといった調子で問いかける。
 その控えめな問いにはさらりと答えを返せば、二人は顔を見合わせ、やがて互いに小さく笑った。

「じゃ、先に行くね」
「……ええ、気を付けて!」
「ビビもね」
「クエッ!」
「クエエッ!!」

 最後に各々挨拶を交わすと、ニーナとルルーは広大な砂漠へと飛び出した。





 *





『王女一人消せばいいって…? じゃあおめー、どれが王女だか当ててみなよ』

 方々から響く喧騒が上空で混ざり合う、アルバーナ西門。首都の膝元に広がるのは、一面に広がる静かな砂漠。
 ビビと麦わら一味を阻止せんと集まったのは、バロックワークスの誇る最大戦力たる幹部たち。その強敵相手にサンジの策は見事に嵌まり、誰がビビだか悟らせることなく、超カルガモの俊足で彼らの傍を難なく駆け抜ける。
 3組に分散した超カルガモたちに合わせて、敵幹部たちもそれぞれ自らのペアを伴い、2組と1人に分かれ後を追う。
 そんな中、西門傍の岩場に、その場を動かなかった男の影がひとつ。

「……さァて。奴らは、おれの好奇心を満たしてくれるかねェ……」

 東を向けば、国王軍のざわめきが。南を向けば、反乱軍の足音が。乾いた空気をびりびりと揺らすそれらの圧には見向きもせず、その男は西側──超カルガモ部隊が姿を現し、既に走り去ったあとの西側方面を、じいっと注意深く見つめている。
 迫り来る反乱軍は未だ遠く、待ち構える国王軍にも、今のところ目立った動きは見られない。衝突を止めるべく現れたビビの一行も、超カルガモ部隊の俊足で通り抜けて十数分。
 存亡の岐路に立つアラバスタ王国のざわめきを遠くに聞き流しながら、男は西方面を注視し続ける。

「………」

 その横顔に浮かんでいるのは、闘気でもなく、殺気でもなく。穏やかな自然体を保ちながら、まるで何かを待っているかのように、砂漠の奥に目を凝らす。
 ──と、その時。彼はぴくりと瞼を震わせたのち、岩場に転がる双眼鏡を手に取った。

「おっ」

 覗く先には、たった一羽で駆けて来る超カルガモ。背に乗るフード付きのマントを目深に被った人影は、この距離では男か女かすら判別が付かない。代わりとばかりに超カルガモの方へと視線を動かせば、その外見は、男の手元にひらりと放り出された資料写真に写るもの──王女ビビと、その相棒の超カルガモ──と酷似している。
 徐々にこちらへと迫ってくるその姿を、男は瞬きひとつせず観察し続ける。
 双眼鏡の丸く切り取られた視界の中で、超カルガモの背後にゆらめく土煙が、ゆらりと大きく形を変える。砂漠に吹いた一陣の突風。
 次の瞬間、人影が深く被っていたフードが、一瞬、ばさりと後ろに翻った。

「……!」

 フードの内側が晒されたのは、ほんの数秒。見逃すことなく目に焼き付けたそれに、男はゆらりと立ち上がる。

「アッハッハ、読みが当たっちまったな! いいぞ、面白ェ! ……だが、ふむ……いや……そうだな……」

 歓喜の声を漏らしたのは初めだけで、その声色は徐々にトーンダウン。顎に手をやり考え込むような仕草を見せた男は、双眼鏡を手放し、のらりくらりと歩き出す。
 米粒大だったアラバスタ最速の超カルガモは、あっという間に目視でもその形を捉えられるほどに近付いている。しかし、進路をやや南寄りに取っていたはずのそれは、男の居る西門寄りにコースを変えていた。

「……反乱軍は南だぞ? 気付かれたか? それとも、何か別の策が……? いやはや、予想以上だ。まァ、それなら、勇敢な王女様に敬意を表して、ご挨拶に伺うとするか」

 ほう、と関心の呟きを漏らした男は、どこか楽しげに独りごちた。





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