Le ciel croche | ナノ

 ――ようやくアラバスタまであと少しという所で、敵は突然にやってきた。

「とにかくしっかり締めとけ。今回の相手は謎が多すぎる」

 海上に立ち込める蒸気を通り抜けたと思ったら、船上に現れた見知らぬオカマ。大騒ぎの末に出て行ったハイテンションなその人物は、バロックワークス幹部、Mr.2・ボン・クレー。“マネマネの実”の能力者であるその人に、ルフィ・ゾロ・ナミ・ウソップ・チョッパーの五人は、顔のコピーを取られてしまった。
 不幸中の幸いというべきか、相手は麦わら一味を敵だと認識する前に立ち去った。敵に厄介な能力者がいると知って、ゾロはひとつの対策を提案した。

「なるほど」
「これを確認すれば、仲間を疑わずに済むわね」

 チョッパーがルフィに、ビビがナミに、それぞれ左腕に包帯を巻きつける。敵は巨大な犯罪組織。戦闘が起こる事も、十分想定の範囲内。大立ち回りを演じても取れてしまわないよう、二重三重にきつく縛る。

「そんなに似ちまうのか? その…“マネマネの実”で変身されちまうと……」
「そりゃもう"似る"なんて問題じゃねェ。"同じ"なんだ」
「体格とかもってこと? 男女問わず?」
「ああ。顔も声も体格もまるっとな。おしいなー、お前ら、見るべきだったぜ。おれ達なんか思わず踊ったほどだ」
「ふーん……」
「おれァオカマにゃ興味ねェんだ」

 騒ぎを見ていないサンジとニーナの問いに答えるウソップは、当時の驚きを思い出してか随分テンションが高い。相手が美女ではないからか、然程食いつかないサンジとは対照的に、ニーナはうーんと呟きつつ思案する。

「……それなら逆に、あたしとサンジが会わなかったのは、ラッキーだったと思うなあ」
「えっ?」

 自分の左腕に包帯を巻き終わったニーナは、身体に包帯が絡まってしまったカルーに手を伸ばす。翼に纏わり付くぐるぐる巻きの包帯を解しつつ、ウソップの疑問の声に答えを返した。

「ミス・オールサンデーは別として。あたし達、リトルガーデンでも敵と会ってないでしょ? 一応まだ顔割れてないのが二人いるのは強みだし、このタイミングで色々知れて良かったじゃない?」
「ああ。あんな奴が敵の中にいるとわかると、うかつに単独行動もとれねェからな!!」
「あー、それもそうだな……」

 ウイスキーピークから始まるバロックワークスとの攻防で、ルフィ・ゾロ・ナミは似顔絵を描かれ、ウソップも戦闘で顔を合わせている。今回チョッパーも早速見つかってしまったものの、麦わら一味で手配書が出ているのはルフィだけ。
 謎めいたボスのペア、ミス・オールサンデーとは顔を合わせているものの、それ以外では、敵側にサンジとニーナの人相を詳細に知る術は無いはずだ。
 ニーナの言葉にゾロが続き、ウソップも納得した様子で相槌を打つ。そんな彼に、途中加入のチョッパーが自身を指差しつつ声を掛ける。

「なあ、おれは何をすればいいんだ!?」
「できることをやればいい。それ以上はやる必要ねェ。勝てねェ敵からは逃げてよし!! 精一杯やればよし!!」
「お前それ自分に言ってねェか?」
「クエ!!!」
「おれにできることか…わかった!!」
「………んん、そうだね」

 至極真面目な調子で宣言するウソップに、カルーとチョッパーは力強く頷く。ニーナが解いた包帯をカルーの左翼に巻くサンジは、若干の呆れ顔を隠さない。そんな彼らを眺めつつ、ニーナは微笑を浮かべて同意の声を漏らした。

「港に近付いてきたぞ」
「西の入り江に泊めましょう。船を隠さなきゃ」

 印を巻き始めた時には遠く見えていた島も随分と近付き、海岸に泊まる船の様子を目視できる距離まで迫っている。上陸準備を始める前にと、ルフィがずいと立ち上がる。

「よし! とにかく、これから何が起こっても、左腕のこれが――仲間の印だ」

 八人と一羽で円陣を組み、中心へ左腕を突き出す。
 ――敵は強大、前途は多難。それでも、同じ印を持つ仲間たちが、目指すところはただひとつ。

「………じゃあ、上陸するぞ!!! メシ屋へ!!!! あとアラバスタ」
「「「ついでかよ!!!」」」



 *



「メ――シ――屋〜〜〜〜っ!!!!」
「「「ちょっと待てー!!!」」」
「ルフィ……お金持ってってなさそうだけど……」

 ――陸に船を着けるやいなや、涙ながらに一人駆け出したルフィ。全速力で走り去る背中に船からの絶叫が響くが、立ち止まるどころか振り返ることすらない。
 船を隠すように泊めて全員が上陸した頃には、彼の姿は影も形も無くなっていた。

「どうしよう、『ナノハナ』の町は広いから、ルフィさんを探すとなると大変よ!」
「心配ねェよ、ビビちゃん。町の騒がしい所を探せばいい。いるはずだ」
「飲食店街で食い逃げだって騒がれてたら、多分それだろうねえ……」
「ははは、そりゃいえてる」

 船長の暴走に焦るビビに対して、サンジとニーナは事も無げに答える。同意して笑うウソップに、ナミが「それより」と呆れ声を出した。

「あいつにはもっと自分が賞金首だってことを自覚してほしいのよね。こういう大きな国では特に…!!」
「放っとけ、どうにでもなる。とにかくおれ達もメシを食おう。考えるのは全部その後だ」

 五日もまともな食事にありつけていない状態では、頭の回転も遅くなる。ゾロの言葉に、全員が素直に首を縦に振った。
 話も纏まったところで、町を目指して歩き出した丁度その時。メリー号を泊めたところからそれほど離れていない岩陰に目を止めて、ビビがはっと息を呑んだ。

「待って、あれは……!! Mr.3の船!!」
「何!?」
「……まさか…あんにゃろ、くたばってなかったのか…!?」
「クエー」
「あの船は確か、“ドルドルの実”の能力を動力にしてるはず……来てるんだわ、この国に…」 リトルガーデンで倒したはずのバロックワークス幹部、Mr.3。本人が居ないと動かない船があることに、ビビの表情がじわじわと曇る。
 現在船には人の気配は無いが、いつ泊められたものなのか知る術はない。船の様子を観察していたニーナは、Mr.3と遭遇した面々を見やる。

「もしかしたら、まだ近くにいるかもしれないよね。それならビビだけじゃなくて、他のみんなも正体隠さなきゃ」
「ああ、会っちまってるからな……」
「うっし、それなら、買い出しはおれとニーナちゃんで行って、変装用に服でも調達して来るか。良いかい? ニーナちゃん」
「うん。あと、ルフィの事も探して来るよ」
「それが良さそうね……お願いするわ」

 顔が割れている敵と遭遇する可能性がある以上、迂闊に動かないに越したことはない。二人の提案にナミも賛成して、買い出し用の財布をサンジに渡す。
 中身の金額を確認するサンジの隣に並ぶと、ニーナも財布の中に視線をやる。

「ねえサンジ、食べ物とか水とか服とか買って、今貰った分で足りそう?」
「ああ、丁度ぴったりくらいだ」
「んん、それなら、あたしは次回の為に資金調達しに行ってもいいかな。せっかく大きい町だし、宝石商があるところで換金しとかなきゃ」
「えっ? 一緒に行かないの!?」
「ルフィも探さなきゃだし、分散した方が効率良いでしょ? どうかな」
「あっ、えっ、おっ、おう……任せといてくれよ……!」

 一人で行くのは危ないとも言えず、よろしくと頼まれたら断れず。
 ニーナと二人で買い出しだと浮かれていたサンジは、彼女の現実的な言葉にがっくりと肩を落とした。



 *



「素敵っ! こういうの好きよ! 私!!」

 ――サンジとニーナが買い出しに出て、小一時間後。

 ナノハナの外れに潜む麦わら一味の元に、物資と資金の調達を終えた二人が戻って来た。あいにくルフィは見つからなかったものの、空腹も限界に近い彼らにとっては腹ごしらえの方が急務である。
 男性陣はさっさと着替えを終えて久しぶりの食事を盛大に掻き込み、ナミとビビも手に入れた服に袖を通す。着替えを終えた二人が身に着けていたのは、露出の多いひらひらと華やかな衣装。気に入った様子のナミとは対照的に、ビビは苦笑いを隠せない。

「でも…お使い頼んで何だけど、サンジさん、これは庶民というより踊り娘の衣装よ…?」
「いいじゃないか、踊り娘だって庶民さ〜!! 要は王女と海賊だとバレなきゃいいんだろ?」
「でも、砂漠を歩くには」
「大丈夫、疲れたらおれがだっこしてあげるしよ、ホホ!」

 着替えの服を選んできたサンジは、思い描いた通りの結果を目の当たりにして大喜び。二人を見てひとしきりハートを乱舞させた彼は、ふと正気に戻ると辺りをきょろきょろと見渡した。

「あれ? ニーナちゃんは?」
「……ごめんサンジ、折角選んできてくれたけど、今回はちょっと遠慮するね……」
「!」

 男性陣側からの声にサンジが振り向くと、ニーナはりんごを片手に水の入った樽に腰掛けている。その服装はナミやビビと異なり、むしろ隣のゾロやウソップに近い。
 勿論ニーナの分まで漏れなく買って来ていたはずのサンジは、目を丸くして絶叫した。

「えええええ!!!! なんで!!!!」
「……えー……っと、ほら、日焼けしちゃうし。それっぽい服持って来てたから、丁度いいかなって」

 彼女にしてはあまり歯切れの良くない返答。単純に嫌だからとは言わないのは、お使いを任せたが故の断りづらさか、せめてもの優しさか。
 白地に黄緑色の刺繍が施されたダシキ風ワンピースに丈の長い黒スパッツを合わせ、ゆったりとしたフード付きの上着を羽織ってストールまで巻いているニーナは、この暑い砂漠の国でも涼しい顔で露出を抑えている。
 ニーナの言い分を正しく受け止めたサンジは、ぐぬぬと無念の呻き声を漏らしつつも、なんとかそれを飲み込んだ。

「くうっ……ニーナちゃんのその白い肌を維持する為なら、仕方ねェ……!! ああでも、それはそれで、ミステリアスで素敵だぜ……!」
「あはは、ありがとう」
「…しかし、美女3人に比べて、おめェらときたら…海賊をカモフラージュしても、せいぜい盗賊だぞそりゃ!」
「てめェとどう違うんだよ。ニーナも同じようなモンだろ」
「バッカてめェ、中身が違うんだよ! 一緒にすんな!!」

 息をするようにニーナを褒めた後、男性陣をぐるりと一瞥して、サンジはあからさまに溜息を吐く。それにゾロが呆れ気味に食いつき、始まりかける定番の応酬。
 それを止めるでもなく眺めつつ、ニーナはしゃくりとりんごを一口。染み出てくる果汁に食糧の大切さをしみじみと感じていると、ウソップが仰向けに寝そべるチョッパーを見止めて声をあげた。

「ん? チョッパーお前、何やってんだ?」
「クエ」
「鼻が曲がりそうだ」
「?」
「…そうか、トニー君は鼻がききすぎるのね。『ナノハナ』は、香水で有名な町なのよ」
「香水?」
「中には刺激の強いのもあるから…」

 鼻を両手で抑えて顔をしかめる彼は、寄せては返し混じり合う様々な香りの大波に苦しんでいる。ビビの言葉に全員がふんふんと鼻から息を吸ったが、どうやら人間には然程気にならない程度のものらしい。
 同意を得られなかったチョッパーに、小瓶片手に悪戯に笑ったナミがとどめを刺した。

「これとか?」
「ウオオ、やめろ!! お前ェ!!!」
「フ〜〜〜、奈落の底までメロリンラブ!」
「アホかてめェ」
「あァ!!?」

 シュッシュッと吹き付けられた香水に、チョッパーは悲鳴を上げ、サンジは歓声を上げ、ゾロの呟きに再びサンジが食いつく。再び始まった悪態の突き合いを一通り交わして気が済んだのか、二人はやがて大人しく口を噤んだ。

「とにかく、これでアラバスタの砂漠を超えるための物資は揃ったわけだ…」
「ビビ、これからどこへ向かうって?」
「ええ…まず、何よりも先に"反乱軍"を止めたいの! またいつ暴動を起こして、無駄な血が流れるかわからない。そのために、リーダーのいる"反乱軍"の本拠地、『ユバ』というオアシスを目指すわ。ユバへ行くには…」

 今後の行動をビビに確認すれば、彼女の口から次なる行き先が語られる。全員が静かに耳を傾ける中、ふいにゾロとニーナが同時にぱっと町の方を振り向いた。

「待て、隠れろ!!」
「ナミ、こっち」
「「え」」

 二人にそれぞれ腕を引かれたビビとナミは、突然のことに驚きの声をあげる。しかし、塀の影に隠れた彼女たちの耳には、すぐに町からのわーわーと喧しい騒ぎ声が届いてきた。

「何?」
「海軍だ。何でこの町に……!?」
「けっこう多いね……」
「ああ…しかもえらい騒ぎ様だぜ…。海賊でも現れたか」
「あの人数だと、わざわざ来たって感じだし、張ってたのかな……」
「まじかよ、こんな時に限って……」

 塀からひっそりと顔を覗かせるゾロとニーナの後ろから、ウソップもひょこりと顔を出す。ゴーグルの望遠機能を使って様子を窺う彼が騒ぎの正体を突き止めるより先に、それは向こうからやってきた。

「あああああああああああ!!!!」
(((お前か―――っ)))

 複数の海軍に追われているその人は、彼らが探していたルフィ張本人。探す手間は省けたものの、連れている海軍の量は厄介この上ない。
 しかし、どうしたものかと考える暇もなく、ルフィは目ざとく仲間たちを見つけた。

「よう!! ゾロ!!!」
「なにィ――っ!!!?」
「麦わらの一味がいたぞォ!!!」
「バカ!! てめェ一人でマいて来い!!!」
「お! みんないるなー!!」
「ああ、これ、もしかしなくても、張られてたのあたしたちだね……」
「やめろ……」

 くるりと急転換して駆けて来るルフィの後ろからは、勿論海軍一行も追ってくる。方々から噴出する呆れ声を聞きつつ、冷静に分析結果に辿り着いたニーナに、ウソップは既に激しく突っ込む元気もない。
 ルフィを追う海軍たちの集団から、大柄な男性が一人飛び出してくる。見覚えのある巨大十手ともくもくと上がる白煙の主は、海軍大佐・白猟のスモーカー。一度はルフィを取り逃がした彼は、通り名の通り、猟犬の如き鋭い目でルフィを見据える。

「逃がすかっ!!! "ホワイト・ブロー"!!!」
「ぐ!!!」

 モクモクの実の能力者である彼は、突き出した腕を煙に変え、ルフィの背に向けて一直線に放つ。
 ルフィの背を捉えるかと思われたその瞬間、彼の煙を、突如、炎の壁が遮った。

「"陽炎"!!!」
「!!?」
「え!?」

 突然の第三者の介入に、ルフィもスモーカーも驚きに目を見開く。煙と炎の衝突点に現れたのは、ルフィよりいくらか年上に見える、一人の青年。

「……………!!? てめェか」
「やめときな。お前は"煙"だろうが、おれは"火"だ。おれとお前の能力じゃ、勝負はつかねェよ」
「誰なの……!? あれ」
「……………」
「……あれ、」

 ルフィを助けた青年は、スモーカーとは顔見知りといった様子で彼の前に立ち塞がる。見知らぬ助っ人にナミが誰ともなしに問いかければ、ルフィとニーナがぽかんと口を開けて、青年の背中をまじまじと見つめる。

「「………エース……!?」」
「変わらねェな、ルフィ」

 ――炎の合間から覗いた横顔は、ニッと不敵な笑みを浮かべていた。





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