Le ciel croche | ナノ

「んん、なるほどね……これで繋がったよ」
「はァ……そりゃ惜しいことをしたが……まだおれにも活躍の場は残ってるわけだ」

 島を出る直前に敵幹部の船内侵入がありつつも、無事にウイスキーピークを出航した麦わら一味。肝心な時に寝ていたウソップとサンジ、別行動していたニーナにも、漸く事の詳細が伝えられた。

 ――“歓迎の宴”で一味を酔い潰したのは、“理想国家の建国”を目的に掲げる犯罪集団・バロックワークス。しかしその実態は、とある砂漠の平和な国、アラバスタ王国でクーデターを扇動することによる“国の乗っ取り”だった。
 標的となっているアラバスタ王国の王女・ビビは、自ら犯罪組織に潜入して敵の情報を得た。敵のボスは、秘密を知ったビビを抹殺すべく、腕の立つ追手を差し向ける。
 彼女の口からボスの名を聞かされ、共に抹殺リスト入りしてしまったルフィ・ゾロ・ナミ。ひょんな事からビビを国まで無事に送り届ける約束をした彼らは、総勢二千人とも言われる組織に、八千万の元賞金首・王下七武海の一人“クロコダイル”に、狙われ追われる立場となった――。

 一連の話を聞き終えたサンジは、ビビに向かって頼もしげに笑いかける。

「大丈夫!! この眠れる獅子が目覚めたからには、君の安全は保障する」
「は〜〜〜〜〜っ、寝ててよかった〜〜〜〜〜っ」
「ナミさん、ちょっとジェラシー?」
「べつに」
「抹殺リストに自分が載ってなくても、追っ手がこの船目掛けて来るのは間違いないよねえ」
「言うな! 言うんじゃねェニーナ!!」

 全くもって臆する様子の無いサンジとニーナとは対照的に、ウソップは顔色悪く盛大に嘆息する。それでも、ルフィの手配書を持ち出してきて、写真の端に映り込んでいる後ろ頭を指差すと、ウソップは得意げにビビに見せた。

「まァ、だが援護は任せとけ!! ちまたじゃ手配書の三千万ベリーは、おれの後頭部にかかってんじゃねェかって噂でもちきりだ」
「雪降らねーのかなー」
「ふるわけねェだろ」
「降るんだぞ、お前寝てたから知らねェんだよ」
「?」
「………」

 ほらを吹き始めると途端に元気になるウソップと、彼らの話などお構いなしのルフィ。話の最中、終始申し訳なさそうにしていたビビは、至ってマイペースな麦わら一味に戸惑いの色を隠せない。
 そんな彼女の様子など気にも留めず、ルフィの興味は先程から“偉大なる航路”の天候に向いたまま。

「なァ!! 雪はまた降らねェのかなー!!」
「……降らない事もないけど、一本目のあの海は特別なのよ。リヴァースマウンテンから出る七本の磁力が、全てを狂わせていたから」

 しきりに雪の話をするルフィに、唯一の“偉大なる航路”出身者であるビビが口を開いた。
 未だにやや硬いその表情は、なにも気候の心配をしているだけではない。

「――だからって気を抜かないことね。一本目の航海ほど荒れ狂うことはまれだけど、普通の海よりもはるかに困難であることには違いない。決してこの海をナメないこと。それが鉄則!!」
「おい!! 野郎ども!! おれのスペシャルドリンクを飲むか!!!?」
「「おお――っ!!!!」」
「クエ―ッ!!」
「………」

 宣言するようにぴしゃりと言うビビに対して、聞いているのかいないのか、野郎共の反応はのんきなもの。
 ナメるなと言った矢先のこの態度に、ビビは焦燥を隠せない様子で女性陣に向き直る。

「いいの!? こんなんで!!!!」
「いいんじゃない?」
「あはは……」

 甲板の様子を眺めるナミとニーナの手元には、彼ら同様サンジの特製ドリンク。なんてことない調子で答える二人もまた、のんびりとドリンクを楽しんでいる。

「シケでも来たらちゃんと働くわよ、あいつらだって……。死にたくはないもんね。はい、あんたの」
「……それは、そうだろうけど……。なんか……気が抜けちゃうわ……」

 どうやら船内に味方はいないと悟り、ビビは小さく嘆息する。ナミからドリンクを受け取った彼女の視線の先には、同じドリンク片手に盛り上がる男連中。

「うお!! いけるクチだな、おい。うめェか!? どんどんいけよ!?」
「クエー」
「なーウソップ、釣り道具作ってくれよ」
「釣りかー、いいなそれ。そういやあん時の釣竿はどうした?」
「壊れた!」
「お前が壊したんだろ!! ……まァでもそうだな、今度は丈夫でアーティスティックな釣竿を……」

 ――国の存亡の鍵を握り、未だ見ぬ大勢の追手に追われ。ほとんど巻き込む形で護衛を依頼した船は、そう大きくない海賊船。敵組織に潜入を決めた頃からずっと、ビビは身が張り裂けるほどのプレッシャーを抱えている。
 かつての自分と似た、と言うにはあまりにも背負うものが大きい年下の少女に、ナミはにいっと明るく笑って見せた。

「悩む気も失せるでしょ、こんな船じゃ」
「………」

 ナミの言葉に、はっとしたように一瞬息を呑むビビ。
 ぎゃはははと盛大に笑う面々を眺めると、暫しの沈黙の後、ふっと肩の力を抜いて小さく息を吐いた。

「……ええ。ずいぶん楽……」

 零れ出たのは、本心から出た言葉。
 文字通りようやく一息ついたビビに、ナミはニーナと顔を見合わせ微笑した。



 * * *



「普通じゃないわっ!! 絶対普通じゃない!!!」

 ――“偉大なる航路”二本目の航海を終えた麦わら一味を待っていた島は、緑の生い茂る秘境の地だった。
 島の中心へと流れ込む河に船を進めてみれば、森にはナミでさえ図鑑でも見た事の無い植物が群生し、空には鳥というには歪なシルエットが舞う。突如響いて来たドォンという地鳴りは、まるで火山の大噴火。

「こ…この島には上陸しないことに決定っ!! …船の上で“記録”がたまるのを静かに待って……!! 一刻も早くこの島を出ましょ……!!! は、早くアラバスタへ行かなきゃね」

 森から唸り声と共に姿を見せた猛獣は、間違いなく虎の模様を持ってはいるものの、大きさが通常の比ではない。その巨大虎が唐突に血まみれで倒れるのを目の当たりにして、ナミの悲鳴はますます震える。
 しかし、そんな彼女とは対極の意味で、ぞくぞくと身体を震わせる男が一人。

「サンジ!! 弁当っ!!」
「弁当ォっ!?」
「ああ!! 『海賊弁当』!!! 冒険のにおいがするっ!!!」

 ルフィは爛々と目を輝かせ、待ちきれないとばかりに欄干から前のめりに身を乗り出す。

「ちょ……ちょっと待ってよあんた!! どこいくつもり!?」
「冒険!! しししし!! 来るか?」
(だめだ、止まらない!! イキイキしすぎ!!!!)
「サンジ、弁当ーっ!!」
「わかったよ、ちょっと待ってろ」

 ナミの問いかけも空しく、ルフィは未だ見ぬ秘境へのわくわくが止まらない。そんな彼の背中を眺める女子二人のうち、先に声をあげたのはビビだった。

「……ねェ!! 私も一緒に行っていい!?」
「おう、来い来い」
「あんたまで何言うの!?」
「ええ……じっとしてたらいろいろ考えちゃいそうだし、“記録”がたまるまで気晴らしに!! 大丈夫よ!! カルーがいるから」
「…………!! …………!!」
「本人、言葉にならないくらい驚いてるけど……」
「じゃあ、ビビちゃんに愛情弁当を」
「カルーにドリンクもお願いできる?」

 半ば勢いで決定した出発にも、サンジは手際良く弁当とドリンクを準備する。あっという間に出来上がったそれを受け取って、彼らは元気よく船を降りた。

「よし!! 行くぞ!!!」
「おおよそで戻ってくるからっ!!」
「度胸あるな、ミス・ウエンズデー」
「さすが敵の会社に潜入するだけあるわ」

 出掛けて行く二人と一匹を見送りながら、ウソップとナミは感心半分、呆れ半分。
 現在船にはクルーが五人。船番を残すことも考えると、あまり大勢出て行くのは得策ではない。それを考えた上で周りの様子を見守っていたニーナが、タイミングを見計らって小さく声をあげた。

「あのさあ……」
「じゃ、おれもヒマだし、散歩してくる」
「散歩!?」

 彼女の声より先に通ったのは、ゴキッと首を鳴らしつつ宣言したゾロの声。散歩という単語と掛け離れた風景を目の前に、ウソップが顔を引き攣らせる。
 そんな時、キッチンの中から彼の声を拾ったサンジが、がちゃりと扉を開けてゾロに声を掛けた。

「おいゾロ!! 待て待て!!」
「ん?」
「食糧が足りねェんだ。食えそうな獣でもいたら狩ってきてくれ」
「ああ、わかった。お前じゃとうてい仕留められそうにねェヤツを狩ってきてやるよ」
「待てコラァ!!!」

 ――ゾロがわざわざ付け加えた挑発の言葉は、いとも簡単にサンジの導火線に火を付けた。

「あァ!?」
「聞き捨てならねェ……!!!! てめェがおれよりデケェ獲物を狩って来れるだと……!?」
「当然だろ!!」
「狩り勝負だ!!!! いいか!! “肉何キロ狩れたか勝負”だ」
「何トンかの間違いだろ。望むところだ」

 お馴染みの舌戦を繰り広げながら、彼らは各々勇んで密林へと出掛けて行く。船に残ったのはあと三人。二人の背中を見送りながら、ニーナは苦笑いを浮かべる。
「んん、みんな行っちゃった……」
「……どいつもこいつも、なんであいつら、あんなにこうなのかしら」
「わかるぜ、その気持ち。泣くな、おれはおめェの味方だよ……!!」

 しくしくと諦めたように涙するのは、下船反対派のナミとウソップ。
 二人を眺めつつ暫し黙っていたニーナだが、やがておずおずと手を挙げた。

「……ねえ、この状況で言いにくいんだけど……あたしも出てきてもいいかなあ……」
「ちょっ、ニーナ!? あんたまで!!!!」
「おめェまで出てったら戦闘要員が居なくなっちまうだろうがよォォォ!!!!」
「あんたも散歩とか狩りとかいうの!!!?」
「えー……っと……」

 案の定、返って来たのは猛烈な反対。彼らは自分たちの事を戦闘要員とは数えていないらしい。確かにこのジャングルに降りないにしろ、予想もしない外敵が居ないとも限らない。
 ……それでも、“採掘屋”であり“エルフィン”であるニーナが、この宝の山を見逃せるはずもなく。

「こういうとこって、良質な琥珀とか沢山ありそうだなー……って……」

 必死の形相で詰め寄ってくる二人から思わず目を逸らしつつ、それでも控えめに主張すれば、ナミはがしりと勢いよくニーナの肩を掴んだ。

「それは仕方ないわ!! 行ってらっしゃい!!!!」
「オイコラナミィィィィ!!!!」

 ――こうなる事は予想していたニーナは、内心でウソップに両手を合わせた。





next
もどる
×