Le ciel croche | ナノ

「お、これだこれだ」
「ここ最近の中じゃそこそこだな」
「さァて、なるべく小さくて高ェモンがごろごろある事を祈るとすっかね」
「うっかりポケットに入りそうなヤツだな」
「ああ、そうそう、『ついうっかり』な!」

 取らぬ狸の皮算用を大声で楽しみながら、メリー号に近付く怪しい男が五人。月明かりの下を堂々と歩く彼らの注意は、目前に迫った海賊船だけに向けられている。
 先頭を歩くがたいの良い男がリーダー格なのだろう。集団の数歩前を歩く彼は、身体ごとくるりと仲間たちを振り返り、後ろ向きに歩きながら声を掛ける。

「いいかお前ら、いつもの通りだ。金目の物も食料も武器もなんもかも、とりあえず、まずはありったけ全部甲板に――」

 ――と、次の瞬間。大仰に両手を広げて言う彼が、仲間たちの視界からふっと消えた。

「「!!!?」」

 ずるり、不自然に足を滑らせた男は、体勢を崩してぐらりとよろめく。
 彼のすぐ左手後方にはメリー号。船体に手を伸ばして転倒から逃れようとしたところで、突如、一陣の風が彼の身体をぐいっと押した。

「なっ!?」
「アニキ!!」

 ぼしゃあああん。盛大な音と水柱に、残りの四人はリーダー格の男の落下地点を揃って覗き込む。陸から海までの距離は、ひとりで登って来るにはやや遠い。どうしたものかとあたふたする彼らは、少々前のめりが過ぎていた。

「「!!!!」」

 そこに襲い来る二度目の突風。一人がよろめき、二人にぶつかり、三人の身体が宙を舞う。最終的に四人が団子状に絡まりながら、彼らは海へと真っ逆さま。
 海面から仲良く揃って顔を出した五人は、予想外の海流に押し流されていた。

「おい、なんだこれ、こんなに流れ早かったか!?」
「クソッ、沖に流される!」
「チクショー!! 欲をかきすぎたか!!!!」

 わあわあと重なる喚き声が、だんだんと船から遠ざかっていく。
 悲鳴の五重奏が鳴りを潜めた頃、家々の間の路地から、ニーナがひょこりと顔を出した。

「……先に仕込んどくの、思ったより上手くいったな」

 右手にフルートを携えながら、彼女は軽快な足取りで船へと近付く。最初の男がよろめいた場所から何かを拾い上げると、月の光に透かして観察した。

(今回は両方とも奇麗なままか……まだ法則が分かんないや……)

 ふうん、と小さく息を漏らしつつ、拾ったものとフルートとを見比べる。彼女の視線の先には、形はそれぞれ異なるものの、同様に白く輝くパールが二つ。
 拾ったパールは軽く拭いたあと、鞄の中に仕舞い込む。フルートを腰元にかちゃりと吊り下げて、ニーナは町の方面に顔を向けた。
 先程までの騒がしさは、いつの間にかすっかり落ち着いている。ゾロの戦闘が終わったのであれば、ナミが様子を見に行くだろう。

「ま、とりあえず、船番しつつ待機、かな」

 ぽんぽん、と船体を軽く叩いて船首を見上げて、ニーナはメリーに乗り込むべく、縄梯子の方へと回り込んだ。



 * * *



 船泥棒を撃退したニーナが、メリー号に戻ってから、しばらくして。
 戦闘の喧噪はなくなったものの、なかなか誰も帰ってこない。町の方に耳を傾けてみても、聞こえてくるのは静かな波音ばかり。
 そろそろ様子を見てみるべきか。向かいの高い建物を眺めつつ、ニーナがそんな事を考えた時、町の向こう側から爆発音が鳴り響いた。

「……?」

 音の方角に目を向けてみれば、サボテン岩の間から覗く空には黒煙が立ち込めている。状況に動きがあったことは明白。双眼鏡片手に船を下り、近くの建物の屋上まで登ったニーナは、騒ぎの現場を覗いて目を瞠った。

「なんだろう、船が燃えてる……」

 この島に居る何らかの組織対自分たち、という構図しか想定していなかったニーナは、思わぬ状況に首を捻る。仲間割れか、新たに訪れた海賊か。それとも全く他の何かなのか。彼女の手持ちの少ない情報では、察することも難しい。

(ひとまず、早くみんなと合流した方が良さそうだな)

 見下ろしたメリー号は未だ無人。誰か戻ってくる様子は無いかと、ぐるりと一周辺りを見渡す。そこに猛然と走る予想もしない影を見つけて、ニーナは双眼鏡を鞄に仕舞い、船に向かって駆けだした。
 建物からメリー号までは、翼を広げて飛べば一瞬。その手段が頭に浮かばなかった訳ではないが、彼女の足も決して遅くない。ものの一分で帰り着いたメリー号の甲板には、巨大な鳥が鎮座していた。

「……えー……っと……だれ? って言うのも……おかしいかな……?」
「クエッ?」

 大抵の事には驚かないニーナも、落ち着いた様子でくつろぐ巨大カルガモには流石に目を丸くした。距離は置きつつ試しに話し掛けてみれば、彼女が傾けたのと同じだけ首を傾げて、返事と思しき声をあげる。……どうやら、ある程度の知能はあるらしい。
 害は無さそうなそれをなんとなく観察していると、聞き覚えのある足音が船に近づいて来た。

「ゾロ。おかえり」
「ニーナ! 全員戻って来たらすぐ船出すぞ!」
「うん? わかった」

 欄干から覗いて迎えてみれば、走り来るゾロの表情はやや硬い。
 先程の爆発の件もある。彼の口ぶりからして、全員無事ではあるのだろう。察したニーナはひとまず何も訊ねず、先程仕舞ったばかりの縄梯子を降ろす。

「もうイカリ上げとく?」
「いや、それはおれが……って、オイ、早ェなお前」
「クエー!」
「?」

 船に上がってきたゾロが、カルガモを見て呆れのような声をあげる。なにやら顔見知りのようなその反応は、ここに居る事自体には驚いていないらしい。説明はあとでゆっくり聞くとして、ニーナは船室に戻って今出来る出航準備を進める。
 イカリを上げるじゃらじゃらという音が止んだ頃、ニーナが甲板へと戻ると、丁度ルフィの声が響いて来た。

「お――い、連れてきた!!」
「乗れ! いつでも出せるぞ」
「あれっ、こいつらまた寝てるよ」
「というか、気絶してない……?」

 ルフィの両手にはウソップの鼻とサンジの足。文字通り引き摺って連れてきたのか、寝ているというよりはぐったりと意識を失っている二人を見て、ニーナはふっと苦笑した。
 そんな三人の後ろからやや遅れて、二人分の足音が迫ってくる。

「探してるヒマなんてないわよ!?」
「だけど、ここに置いてくわけには……」
「おい、どうした」

 焦った声にゾロとニーナが船の下方を見下ろせば、そこにはナミともう一人、水色の髪を靡かせる女性の姿。
 ゾロの問いかけに、ナミが困り顔で答えを返す。

「カルガモがいないのよ!! 口笛でくるハズなのにっ!!」
「こいつか。おれより先に乗りこんでたぞ」
「クエッ」
「「そこかァ!!!」」

 ナミと息の揃った突っ込みを見せた彼女は、ナミに先導されて共に船へと乗り込んでくる。
 食べ物も消化して元気なルフィ、強引に連れてこられたウソップとサンジ。堂々と船に乗り込んでいたカルガモ。若干緊張の面持ちを見せるナミと、最後にやってきた女性。全員を順々に見比べたニーナは、ゾロを見上げて口を開いた。

「あの子、ラブーンのお腹の中に居た?」
「ああ」
「……なんか、だいぶ色々あったみたいだね?」
「まァな……」
「じゃ、あの二人が起きたらまとめて聞こうかな」

 ――見た覚えのある彼女は、確か敵だったはずだ。一緒にやってきた三人の様子を見るに、今はそうでは無いらしい。疑心を持たない訳ではないが、ニーナ並に警戒心の強いゾロがこの調子なら、一先ずの危険は無いのだろう。
 嘆息しつつ言うゾロの様子から察するに、おそらく本当に『いろいろ』あったはず。行く先々で嵐を呼ぶと言っても過言ではない船長を見やり、ニーナは再び小さく笑った。

 一人と一匹増えたクルーを乗せて、メリー号はばさりと帆を張り、ウイスキーピークを後にした。





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