Le ciel croche | ナノ

「おれは剣術を使えねェんだ、コノヤロー!!!!」

 一進一退の攻防の中、唐突に二本の刀を手にしたルフィが、ヤケクソのようにアーロンに叫んだ。

「航海術も持ってねェし!! 自分で金も稼げねェし!! 料理も作れねェし!! ウソもつけねェ!! おれは助けてもらわねェと、生きていけねェ自信がある!!!!」
「シャハハハハハ……てめェのフガイなさを全面肯定とは、歯切れのいい男だ!!!!」

 てめェに何ができる。そう問うたアーロンへの返答に、何も出来ないから助けてもらうと言ったルフィ。仲間一人一人を思い描きながら口にしているであろうそれに、自然とあたしも含まれていた。

(出来ない事を、助けるために……)

 ――強さと装備と情報と仲間の結束、それに運。海を渡るのに必要だという、“彼”の持論を思い返しながら考える。
 彼に合流すれば、そのほとんどは難なく満たされる。だけど、本当にそれで良いのかな。最近頭を掠める小さな問題。良いも悪いも何も、他の選択肢なんて取りようがないんだ。そうやって元通りに着地するのに、こうやってまた何度もぐるぐる考えている。

「てめェみてェな無能な男を船長に持つ仲間達は、さぞ迷惑してるんだろう。なぜ、てめェの仲間は必死にてめェを助けたんだかなァ……。そんなプライドもクソもねェ、てめェが一船の船長の器か!? てめェに一体何ができる!!!!」

 アーロンの苛立ちの声に思考が遮られて、目の前の戦いに意識を戻す。何もできないだろう、そう決めてかかったアーロンの言葉に、ルフィはにいっと笑ってみせた。

「お前に勝てる」



 *



(それで、ホントに勝っちゃうんだもんなあ……)

 ――つい数時間前の戦闘が、既に遠い記憶になりつつある。

 アーロンパークを全壊させる程の死闘を制したルフィは、無事にナミを仲間に引き戻した。一味崩壊に水を差してきた海軍も退けて、村人達は島全体にこの吉報を伝えて回った。それからいつの間に話がまとまったのか、村どころか島を挙げての盛大な宴を行うべく、あっちでもこっちでも準備が進んでいる。 

「うぎゃああああっ!!」
「まだやってるぜ」
「そりゃそうだ、全治2年だと。普通なら」

 村唯一の診療所から聞こえてくる悲鳴に、ウソップとサンジが溜息を漏らした。
 ついさっきまで自分たちもお世話になっていたそこでは今、ゾロがミホーク戦と今日とで負った傷の本格的な治療を行っている。2年という数字に、サンジはげんなりと診療所の窓に目をやった。

「それで動くんだからイカレてるぜ、あいつ。アホだ」
「サンジも肋骨折れてたんじゃなかった?」
「いやいやいや、この程度ど〜ってこと無いぜ! ああ……ニーナちゅわんの可憐な声で呼ばれるおれの名前……すごくいい……」
「おめェも充分イカレてるよ、色々と」
「あはは……」

 ほぼ無傷で済んだあたしからすれば、ウソップはともかくサンジは立派な怪我人だ。バラティエでの戦闘でだって、無事に済んでいるはずもないのに。揃いも揃って普通じゃない面子が揃っていく麦わらの一味は、やっぱり船長の引力が凄いんだろう。
 締まりのない顔でばしばしと身体を叩いて見せるサンジは、確かに問題なく動けそうだ。そんな彼を横目で見てぼそりと呟くウソップは、視線をあたしにスライドした。

「……ニーナ、お前のそれ、やっぱりただの楽器じゃなかったんだな」
「うん?」

 そう言って彼が示すのは、左の腰に吊った細長いケース。中身は戦闘後に手入れもそこそこに仕舞い込んだフルート。使ったラクリマ・マレがどうなっているか確認して取り換えたいけれど、人目のあるところではそうもいかない。
 やっぱり、ってどういう事だろう。曖昧な相槌で先を促す。あたしのそんな反応を見て、ウソップは若干しどろもどろに言葉を続けた。

「いや、その……悪ィ、ニーナが楽器売りに行ってくれてる時、そいつだけ船に残ってたの見つけちまって、気になってよ……」
「ああ……うん、一見楽器に見えるようにしてある仕込み武器だよ」
「へえェ……あっ、安心しろ、触ってはいねェから! な!」

 ウソツキなのに、正直というか、真面目というか、なんというか。ぶんぶんと両手を眼前で振る彼は、身の潔白を証明するかのように両手を上にホールドする。
 とはいえ、武器に対して興味津々な様子は隠せていない。突っ込んで聞かれたらどうしよう。能力は極力隠して使ったとはいえ、ラクリマ・マレの事を伏せると、嘘を吐かずに誤魔化せるものじゃない。
 頭の中にいろんな受け答えがさあっと流れたけれど、意外にも、ウソップはそれ以上何も言わなかった。


 * * *


「バカモンが!! こんな大傷に無茶な処理しおって!! お前らの船にゃマトモな“船医”もおらんのか!?」

 ニーナ達が外で待つ診療所の一室。すっかり開いてしまったゾロの腹の傷を縫いながら、ココヤシ村唯一のドクターが盛大な呆れ声を漏らした。

「無茶な処理に無理を重ねりゃ、傷も開くに決まっとる! まったく、どこの野戦医にかかったんだか……」
「いでで……」

 胸に容赦なく刻まれたバツ印の刀傷と、そこを覆うように走る火傷の跡。塞いだ蓋をこじ開けるかのように、その上から更に細かい傷があちこちに散る。最早どこから出血しているのか分からない程のそれを、ドクターは一針一針、小言を零しながら着々と閉じていく。
 その様子をなんとなしに眺めていたルフィは、野戦医という単語に顔を上げた。

「医者じゃねェよ。それやったのニーナだって聞いたぞ」
「なにっ!? あのバンダナの娘か?」
「あ? そうなのか?」
「ああ」

 二人分の驚きの声にどこか誇らしげに胸を張ると、ルフィは大きく頷く。

「治療道具もねェ船の上で、どーしても血が止まらなくてやったって。ヨサクが驚いてた」
「そうか……まァ、確かに荒っぽい方法だが、緊急時でこれなら上出来だ。火傷の程度も最小限だし、お前さんがあれだけ動かんかったら、確かにきっちり塞がっただろう。一応はな」
「へェ……」

 事情を聞いて、ドクターの表情に納得の色が浮かぶ。傷の様子を改めて検分しつつ、渋面ながらも感心の声をあげた。

「それにしたって、この広範囲を焼いて血を止めるなんぞ、そうそう出来る事じゃない……。肝の据わった娘だな……」
「へへっ、おれの仲間はみんな凄ェんだ!」

 ドクターの褒め言葉に、ルフィは自分の事のように表情をほころばせる。当然のようにニーナを仲間と称した彼を、ゾロは痛みに顔を歪めながらも窘めた。

「おまえな、あいつはローグタウンまで乗せてくれっつってるだけだろ……」
「違ェよ、ローグタウン出るまでに決める、って言ったんだ。それによー、"偉大なる航路"を目指してるのは、おれ達だって一緒だろ!」

 ニーナが船に乗る事になった時に交わした約束。忘れているはずもないだろうに、ルフィはそれを唇を尖らせて軽く一蹴すると、右手を顎に添えつつふうむと唸る。

「いやーしかし医者かー、それもいいなー……でも音楽家が先だよな」
「何でだよ」
「だって、海賊は歌うんだぞ?」

 相変わらず、ニーナの事を音楽家とはカウントしていない。音楽家ではない、と言った彼女の言葉を尊重しているのか。そこは律儀に守る割に、仲間にすることは諦めていない。
 我が道をゆく船長を、それ以上諌めたところで無駄だろう。一応は口を挟んだゾロも、別段反対しているという訳ではない。

(問題は、あいつがどうしたいか、だろ)

 飲み込んだ言葉の代わりに、ゾロは小さく嘆息した。


 * * *


 ――アーロンパーク崩壊から、三度目の夜がやってきた。

 戦いが終わったその日から続く、島をあげた宴。村全体が立食パーティー会場と化して、道の真ん中にはやぐらが組まれてステージができて。入れ代わり立ち代わりやってくる人たちは、みんな揃って解放感に溢れている。まるで、今日この日の為の8年間だと言わんばかりに。

「おっ、魚人の幹部を仕留めた嬢ちゃん!」
「いやー、可愛い顔して強ェんだなァ!」
「ありゃァ良い一撃だったぞ! スカッとしたぜ!」
「これ美味しいのよ、是非食べて!」
「あはは、ありがとうございます」

 村の人たちは、通りすがるあたしに笑顔で手を振り声をかけてくれる。手にしていた空のお皿は、取り分けて貰った料理であっという間に山盛りになった。
 それを両手で抱えたまま、人波をするすると通り抜ける。ちょうど目指していた方向から、二人分の影が駆けてきた。

「探してくる!!」
「おれはレッツナンパだ――っ! うほほほほほ! まっててハニー!」

 両手にごっそり肉を抱えたルフィと、爛々と目を輝かせながら走るサンジ。各々目標に向かって一直線。あたしを見つけて片手を挙げた二人に、手を振り返しつつ擦れ違う。
 そんな彼らを呆れ顔で見送っていたゾロが、あたしを見とめて声をあげた。

「おい、ニーナ」
「!」

 ――彼の口から、初めて呼ばれたあたしの名前。
 正直割と驚いて、ただ反射的に振り返ることしか出来なかった。そんなあたしの反応を特に気にする様子も無く、ゾロは自身の胸元を指差して言葉を続ける。

「ドクターが『どこの野戦医の治療だ』って呆れてたぞ」

 飛び出てきたのは、これまた予想外の言葉。
 細かい事を聞かれても困るから、あたしがゾロの出血を焼いて止めたことは言ってない。彼が船上で意識を取り戻した時にも、運良く誰も何も言わなかった。
 とはいえ、経緯はともかく、あたしがやった事は知ってしまったんだろう。とりあえず墓穴だけは掘らないように、苦笑しつつ短く答える。

「……怒られた?」
「いや。緊急時でこれなら上出来だと。ありがとう」

 返って来た声の響きは柔らかくて、合わさった視線に籠るのは、言葉以上の感謝の意。
 呼ばれた名前と相まって、なんだか認めてもらえたような気がして、思わずゆるりと口角が緩んだ。

「……ふふ、どういたしまして」

 ――乗れない理由がまたひとつ、小さくなって消えていく。




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