Le ciel croche | ナノ

「ねる」
「は!?」
「……勝手にしろ!!!! 死んじまえ!!!!」

 話題の張本人の口から仲間であることを否定され、ゾロとサンジが喧嘩を始め。一体この話はどう着地するのかと黙って見守っていたら、麦わら一味の船長の取った行動は予想だにしないものだった。
 道のど真ん中に仰向けに倒れ込み、腕を枕に目を閉じる。冗談じゃなく言葉通りに昼寝を始めようとしているルフィに、ナミは悲鳴にも似た怒声を残して踵を返した。
 自由すぎる船長に、ゾロとサンジは呆れつつも思い思いの場所に腰を下ろす。動く気のない二人を見て、様子を静観しているあたしを見て、ヨサクとジョニーは苛立ちを露わにする。

「あんた達おかしいぞ!! あのイカレ女はあの通り!! ウソップの兄貴も殺された!!!! おれ達ァアーロンに狙われてるんだぜ!?」
「何の理由があって、ここに居座るんだ!! あっしもジョニーの言葉を信じる!!」

 二人の物言いは、状況判断だけで考えれば至極真っ当なもの。だけど、あたしの中からは、二人に賛同する意見は出てこない。
 ゾロ達に合わせて座るでもなく、何を口にするでもなく。迷っているように見えたのか、ヨサクとジョニーはあたしに気遣わしげな視線を向けた。

「ニーナの姉貴、あんたはどうするんです」
「おれ達もローグタウン方面には行くんだ。何なら送っていきやすぜ」

 あたしがメリー号に乗っている理由を把握している彼らは、律儀にも誘いの言葉を掛けてくれる。それに素直に感謝しつつ、返す言葉はさらりと口から零れ出た。

「……ありがとう。でも、大丈夫。今離れてもすっきりしないから」

 ナミはウソップを殺してしまったのか。彼女は本当に、心の底からアーロンの一味なのか。本当の事は分からないし、解決の糸口すら掴めていない。それでも、今ここで彼らと別れるという選択肢は、バラティエを離れた時点で置いてきた。
 あたしの出した答えに、二人は驚くでもなく、頷き一つ返すだけ。

「そうですか。そんなら止めません」
「短ェ付き添いだったが、おれ達の案内役はここまでだ」
「みすみすアーロンに殺されたくねェしな!!」
「おう」

 さっぱりとした決別宣言に、ゾロは彼らの顔を見るでもなく軽く答える。それを聞いた二人の方も、早々に道を定めて足を踏み出した。

「じゃ、またいつか会う日まで!」
「達者でなー、兄貴達!!」
「お前らもな!」

 こちらを振り向きつつ言う彼らに軽く手を振れば、片手を挙げて応えてくれた。

 *

 ヨサクとジョニーが離脱して、残ったのはあたしと麦わら一味の三人。一番行動の読めない船長は、本格的に夢の中。ゾロとサンジに動く様子は見られない。
 さて、これからどうするか。別行動で情報収集でもしてみようか。そんな事を考えつつ二人をちらりと見比べてみれば、顔を上げたサンジと目が合った。

「なあ、ニーナちゃん」
「うん?」
「ナミさんは本当に、あの長っ鼻を殺してねェのかな」
「どうかなあ……。状況証拠があるとはいえ、断定するには早い気はするんだよね」

 その断定を妨げているのは、いつの間にか積み重なっていた小さな引っ掛かりの数々。
 まだ殆どナミと時間を過ごしていないサンジに説明するのは難しくて、黙って耳を傾けているゾロに視線を向けてみる。彼はあたしを見て、サンジを見て、軽く肩を竦めてニヤリと笑った。

「どうかね。おれが一度“小物”ってハッパかけちまったから、勢いで殺っちまったかもな」
「小物……?」

 ぴくり、サンジの額に青筋が走る。一瞬で膨れ上がった不穏な空気。女性への蔑称は何であれ許せないというのなら、本当に骨の髄まで徹底している。半ば感心しつつ成り行きを見守っていたら、ばたばたとこちらに駆けてくる人影が目に付いた。
 あの見覚えのあるシルエットは、もしかしなくても。

「あ」
「よかった!! お――い、お前まだアーロンパークに……」
「ナミさんの胸のどこが小物だァ!!!!」
「ぶごっ!!!!」
「てめェの頭はそういう……」

 ――あたしがその名を口にする前に、彼は臨戦態勢を取った二人の、ちょうどド真ん中に割って入ってしまった。

「え」
「う……」
「生きてたよ」
「いや、死んだぜこりゃ……」

 予想していなかったであろう鈍い音と衝撃。ハッとした二人は、その原因となった人物を見て動きを止める。
 しっかり五体満足で生きていたウソップは、サンジの踵落としとゾロの柄に見事に挟まれ、哀れな呻き声と共に地に倒れた。

「ん……? なんだ?」

 流石に騒がしかったのか、大の字に転がって昼寝を決め込んでいたルフィも目を覚ます。ふわあ、特大の欠伸を噛み殺す彼と目が合った。
 どうした、と言わんばかりに首を傾げるルフィに、視線でウソップを示す。素直にあたしのそれを追ったルフィは、倒れるウソップに目を丸くした。

「ウソップ――――っ!!!! お前これナミにやられたのか!?」
「いや、すまん。それはこいつとおれが」
「お前だよ」
「あはは……」

 白目をむいてぴくぴくと痙攣するウソップを抱き起こす。命に別状がないのは分かっているから、サンジとゾロの言葉に苦笑で同意しておいた。
 痛てててと両の頬を抑えつつ意識を取り戻したウソップは、ルフィの姿を認めるとおおっと声をあげる。

「おおルフィ、お前来てたのか」
「ああ」
「あ、おれも来たぜ。よろしくな」
「てめェいつか殺すからな!!」

 軽口を叩ける元気はあるらしい。くわっと目を剥いてサンジに吠えたウソップは、人数を数えるように視線を動かす。ルフィ、サンジ、ゾロときてあたしと眼が合った彼は、途端にばつの悪そうな表情を浮かべた。

「お、おう、ニーナ……無事でよかったぜ……」
「?」

 その言葉の意図するところがすぐには思い当たらなくて、一瞬反応が遅れる。そんなあたしを見て、ウソップは更に申し訳なさそうな顔をする。どうしてだろう、そう思って漸く気が付いた。
 船に閉じ込められたここで蒸し返せば、きっとサンジが猛烈に食いつくだろう。結果なにも問題は無かった訳だし、それよりは話を進めて貰いたい。ひらひらと手を振って気にしてない事を伝えれば、彼は軽く目を見開いたあと、大きく嘆息しつつ肩を落とした。
 謝罪の意を籠めた目配せをあたしに向けた後、ウソップは仕切り直しとばかりに居住まいを正す。

「……問題はナミだ。おれはあいつに命を救われた!!」

 ウソップが生きてここに居るという事は、彼を殺したように“見せかけた”ということ。魚人海賊団に身を置く彼女が、そんな行動を取る事に大きなリスクがある事は、火を見るよりも明らかだ。
 ――ということは、やっぱり。

「どうやら、あいつが魚人海賊団にいることには、ワケがあるとおれは見てる!!!!」
「無駄だよ」
「!」

 内心で辿り着いた結論と、ウソップが続けた言葉がぴったり重なる。
 僅かに垣間見えた解決の糸口。そこに手を伸ばす事を遮るかのように、第三者の声が割って入った。

「あんた達が何をしようと、アーロンの統制は動かない」

 まるであたし達の立ち位置を知っている風に話す若い女性。苦い色が潜む真剣味を帯びた眼差しは、まっすぐ正面からウソップを見据える。

「ノジコ」
「だれだ?」
「ナミの姉ちゃんだ」
「ンナ!! ……ナ!! ナミさんのお姉さま! さすがお奇麗だ〜〜〜!」

 別行動を取っていた間に面識が出来ていたらしい。驚くでもなく名を呼んだウソップの口から、彼女の立場が語られる。
 まさに今、あたし達が欲しい情報をいちばん持っていそうな人物。最初に彼女が発した言葉を拾って、ゾロがノジコに問いかける。

「無駄っていうのはどういうことだ?」
「お願いだから、これ以上この村に係わらないで。いきさつは全て話すから、大人しくこの島を出な」 

 魚人に怯え息を潜める住人達を見れば、圧倒的な力での支配があった事は一目瞭然。
 ――それだけでは説明のつかない違和感の正体が、彼女の口から語られる。




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