Le ciel croche | ナノ

「………」
「ねえ、ゾロはどうやってここまで来たの?」

 迷い無く一直線に走り出したゾロは、海っぺりまで出た所で足を止めた。きょろきょろと左右を見比べる彼の様子を見るに、ここから先のルートは予定していないらしい。このまま放っておいたら、数秒後にはヤマ勘だけで走り出してしまいそうな気配が、背中から滲み出ている。
 道を間違えたら大幅なタイムロスだ。控えめに問いを投げれば、思いのほか素直な調子の声が返ってきた。

「変なタコにタコツボで運んでもらったんだ」
「海から?」
「ああ」
「……んん、じゃあ、同じ道は使えないね。こっち」
「あっ、おい!」

 先導するように駆け出せば、少々驚いた声のあとで、すぐに粒の揃った足音が追いかけてくる。数秒と経たずに隣に並んだゾロは、ちらりとあたしを見下ろした。

「合ってんのかこの道!」
「え、だってほら、あそこ」
「あ?」

 走る速度は落とさないまま、進行方向に小さく見えるアーロンパークを指差してみせる。ゾロはそちらに顔を向けると、開いたままだった口をゆっくりと閉じた。
 暫くそのまま並走していると、海っぺりの一本道は陸側に向かって緩いカーブを描く。行く手に木々の緑が目立ち始めれば、道の両脇はやがて水田へと姿を変えた。
 斜め前方に見えていたアーロンパークが、道の真正面に位置し始めた頃。“それ”は突然大地を揺るがした。

「! ん? ……何の音だ?」
「割と近いね」

 大砲でも撃ちこまれたのかと思うほどの重低音。先日ウソップが練習に放った砲弾とは比較にならない。音の出所はアーロンパークの方角ではあるけど、少しこちら寄りにズレている感じがする。
 走りながら辺りを少し見渡してみるけど、今のところ特に変わった様子は無い。同じように周囲を警戒していたゾロも、少し首を捻りつつ視線を前に戻した。

「でけェ音だったな。爆弾でも降ってきたのか、この島に」
「煙とかは見えないし、なんだろうね……」
「ああ……いや、そんなことより、急がねェとウソップの奴が殺されちま……」
「……ん?」
「? どうし…… !!!?」

 あたしの耳が近くの異変を捉えた直後、バキバキという不吉な音が左手から響く。気付いたゾロがちらりとそちらに視線をやる。あたしも歩幅を大きく取ってゾロ越しに林の奥を見やれば、木々の奥に、不審な音の出所と思しき、大きな影が差していた。
 ――なにあれ。そう思った、その、次の瞬間。

「ああああああああああ!!!!」

 林から文字通り飛び出してきたのは一艘の船。お手上げとでも言わんばかりに両手をあげるルフィに、途中でバラティエに戻ったヨサク。そのバラティエの副料理長・サンジもきちんと乗っているのを見るに、しっかり仲間にしてきたらしい。

「おォ!! ゾロ!! ニーナ!!」
「アニキィ!!!!」
「ルフィ……!!!!」
「な、なんで船ごと……」

 走り抜けつつ呟けば、ゾロとの距離が一歩二歩と開いていく。あれっと思って横目で振り返れば、思いっきり足が止まってしまっているゾロと、ルフィ達が乗っている船とが、今まさに正面衝突しようというところだった。
 勢いを保ったまま、更に大きく一歩、二歩、三歩。巻き込まれない範囲まで逃げ切ってから足を止めて振り返る。

「うわあ……」

 ――ゾロを巻き込み轟音を上げつつ田んぼの真ん中を突き抜けていった船は、奥の小高い段差にぶつかって、大破することでようやく動きを停めた。

 *

「てめェら一体何やってんだ!!!!」
「何って、ナミを連れ戻しに来たんだよ。まだ見つかんねェのか?」
「……!!!!」
「お前大丈夫かよ、オイ」

 乗っていた船が空を飛んで陸に墜落して大破しても、その大破に巻き込まれても、ピンピンした様子で会話を交わす三人。やっぱり、未だ東の海に居るにしては、彼らは異常に丈夫過ぎるというか、なんというか。その脇で瓦礫の山に埋もれて撃沈しているヨサクは、きっといっそ正常だ。
 瓦礫を避けつつ彼らに近付けば、あたしに気付いたルフィがぱっと顔を明るくした。

「おう、ニーナ! おめー奇麗に避けたなァ!」
「はっ! ニーナちゅわん!! おいルフィてめェ、危うくニーナちゃんに危害を加えるところだったんだぞ!! 笑ってる場合か!!!!」
「いーじゃねェか、無事だったんだし」
「よくねェ!!!!」

 ぶんぶんとあたしに手を振るルフィを見て、サンジが弾かれたようにこちらを向く。目が合ったのは一瞬で、彼はすぐにルフィの胸倉を掴んでぐらぐら揺らしつつ盛大に吠えた。
 相変わらず徹底したフェミニストっぷりに苦笑しつつ、ひらひらと手を振ってみせる。

「いいよ、無事だったんだし」
「なっ……なんて寛大な……天使か……」
「そうだ、ウソップとジョニーは?」

 ほとんどルフィと同じ台詞なのに、反応の差は歴然だ。敢えてそれ以上突っ込まずに流しておく。
 そんな感情の起伏が激しいサンジをさらりとかわして、ルフィがこの場に居ないふたりの名を挙げた。アーロンパーク目指して駆けていた目的を思い出して、ゾロががばりと腰を上げる。

「ウソップ……!! そうだ! こんな所で油うってる場合じゃねェっ!!」
「ん? どうした!?」
「あの野郎、今アーロンに捕まってやがんだ! 早く行かねェと殺さ……」
「殺されました!!!!」
「!?」

 殺されちまう。そう続くはずだった彼の台詞に、食い気味に被せられた悲痛な声。その出所に顔を向ければ、つい今しがた名を呼ばれた人物の片割れがそこに居た。

「手おくれです」
「……ジョニー……?」
「……ウソップの兄貴は、もう殺されました!!!! ……………!!!! ナミの姉貴に!!!!」
「!!!?」

 息を切らし汗と涙で頬を濡らした彼は、声を詰まらせつつ驚くべき情報を口にした。
 時間が止まったかのような静寂はほんの一瞬。最初に動いたのはルフィだった。

「お前もういっぺん言って見ろ、ブッ飛ばしてやるからな!!!!」
「やめろルフィ!! ジョニーにゃ関係ねェだろ!!!?」
「デタラメ言いやがって!!!! ナミがウソップを殺すわけねェだろうが!!!! おれ達は仲間だぞ!!!!」

 ジョニーの胸倉に掴みかかったルフィをゾロが諌める。それでも止まらないルフィは、しりもちを着いたジョニーに怒りの形相でなおも詰め寄る。
 ここまで言うジョニーは、事実かそうでないかは別にしろ、きっと何かを見たんだろう。対するルフィの言い分に根拠は無い。むしろ、今までの状況だけを見れば、分が悪いのはルフィの方だ。
 それなのに。

(ここまで言い切れるのって、すごいよなあ……)

 おそらく状況を把握しきっていないサンジは別にしろ、ゾロもヨサクも、勿論あたしも、そんな事無いなんて言えるはずがない。それでも、疑いの余地なんて無いとばかりに、ルフィはジョニーの言葉を全力で否定する。 それはナミに対する信頼なのか、はたまた別の何かなのか。あたしに推し量る術は無い。だけど、その芯の通った強さには、素直に感心してしまうのは確かで。

「………」
「信じたくなきゃそうすればいいさ……!! でも、おれはこの目で……!!」
「!」

 ジョニーの言葉に紛れて聞こえた砂を踏む音。気付いたルフィがはっと顔を上げたことで、その場の注目がジョニーから移る。

「ナミ……」
「誰が仲間だって? ルフィ」

 右手には棒状の得物、左手には黒手袋。
 ルフィの視線の先に居たのは、不穏な空気をこれでもかと全身から放つ、話題の人物だった。




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