Le ciel croche | ナノ

「……よし、ニーナ! おまえ、おれたちの仲間になれ!!!!」
「「「はぁぁぁぁ!!!?」」」

「……え?」

 ──予想だにしていなかった言葉が、飛んできた。

 ナミ達の合唱を聞き、ルフィには輝かんばかりの笑みを向けられ、漸くスッと入ってきた先程の言葉の意味。
 仲間。なかま。この海を一緒に旅するってこと。お互いに背中を預けるってこと。意味は、分かる。
 でも……あたしに? 今さっき初めて会ったばかりの、文字通り初対面のあたしに? そんなに軽く言う言葉?

「あの舟お前のだったんだろ? っつーことはお前、音楽家だろ!? おれ、音楽家の仲間が欲しかったんだよなー!」
「おまえな……」
「あんたね、強引に連れてきた上に、ふつーの女の子相手に……何無茶言ってんのよ……」
「無茶っつーか……無謀だぞ……」

 ……これは、どうすればいいんだろう。

 二人が言うように、ものすごい唐突な無茶を言われているのは、分かる。けど、ルフィは笑顔ながらも眼差しは真剣で、冗談で言ってるんじゃない事も分かる。周りからしてみればその場の思い付きのような言葉でも、彼にとっては必然なんだろう。それは、分かる。
 出会ってまだ数十分しか経ってない。それどころか、お互いマトモな自己紹介すらしていない。普通だったら、考えるまでもなく、やんわりとお断りするのが当たり前。街中でされるナンパの方がまだ現実的だと思ってしまう程の、その誘い。
 ──それなのに、突飛過ぎると切り捨てられないのは。

(なんだろう……なんか……引っかかるというか……)

 ぼうっと思考の海に浸っていると、いつの間にか皆の視線は、当事者のあたしに集中していた。

「……ねぇ、ニーナ」
「うん?」
「あ、今更だけど、私はナミ。そこの緑頭がゾロで、こっちの長鼻がウソップね。男三人は海賊だけど、私は違うから」
「そうなの?」
「そ、手を組んでるだけ」
「ナミはうちの航海士なんだ!」
「違う! 手を組んでるだけだって言ってるでしょ!」

 頑なに海賊じゃないと言い張るナミは、やっぱりワケありの気配がする。それに、名前で確信したけど、長鼻のウソップはやっぱりあの人の血縁のようだ。
 どちらにも敢えて突っ込む事はせず、ひとまずナミとルフィの言い合いを見守る。やがて盛大な溜息ひとつでそれを強制終了した彼女は、あたしに向き直ってぴっと人差し指を立てた。

「コイツの暴走は放っといていいから、いくつか聞いても良い?」
「うん」
「あんた今まで、あのちっちゃい舟で、一人で航海してたの?」

 ……質問タイムの始まり、ってわけか。当然の流れとはいえ、一旦気を引き締め直す。
 あたしの舟は壊れて島に置き去りで、この船は今やすっかり沖に出ている。島に戻るとは言ってくれたけど、あたしにしてみれば、ルーナ島には戻られた方が困ってしまう。こうなったら、どこかある程度大きな島まで、一緒に乗せてもらえるように持っていくのがベストだ。あわよくば、待ち合わせの約束がある“あの島”あたりまで。
 そうなると、放り出されない限りは暫くは乗せて貰う身なんだろうし、話せる事は話すべきだろう。何があるか分からない海の上では、我が身の安全の為にもそうした方がいいのは学習済みだ。旅は道連れ、なるべく居心地が良いに越したことはない。
 自分の中で答えが出て、一瞬下に向けた視線をナミに戻す。舌の上で情報を選別しながら、ゆっくりと口を開く。

「……ううん、あの舟に乗り始めたのはつい最近。二週間も経ってないかな。それまでは気の良い海賊さんに乗せてもらったり、一般のひとに乗せてもらったり、連絡船だったり、一人だったり、商船だったり、いろいろ。そうやって船を転々としながら、東の海を全体的に回ってたの」
「へェ……」
「何か……無用心というか、無防備というか、なんというか……」
「女一人で海賊に着いてくって……大丈夫なのか……?」
(ただの音楽家にしちゃ、立ち居振る舞いに隙が無ェよな……)

 ウソップが信じられないといった表情であたしを眺める。彼の言葉の意図は分かるし、静かに探るような視線を向けてくるお兄さんもいるし、今のところ当たり障り無い程度に答えを出す。
 ただし、あくまで事実を事実として。不要な嘘は、あとで間違いなく自分の首を絞めるから。
「……一時期、割とおっきな海賊団にお世話になってた事もあるし、身内にもいるから、海賊には抵抗ないんだ。乗る船は見極めてるつもりだし。それに、これでも一応、女一人旅で生きてける程度には戦えるからさ」
「おっ、だったら大丈夫じゃねぇか! 仲間になれよニーナ!」
「あんたはちょっと黙ってなさい!」
「いて!」

 きらきらと目を輝かせたルフィは、可哀想な事に、ナミの拳骨で再び沈められた。

「で、ルフィの言うように、やっぱり音楽家なの?」
「楽器いっぱいあったもんな!」
「そうだよなぁ。東の海を回ってた、って、何してたんだ?」

 次に触れられたのは、喋る度合いを見極めていた内容。どこか楽しげな三人と、さりげなくこちらを観察している一人を見て、うーん、と呟き間を稼ぐ。
 自分のことながら、言ってしまえば、“彼”の反応は正しい。ある程度までは話さないと、信用は得られないタイプだろう。
 でもそれは逆に、彼の中で納得が行けば、そうおっかない目で見られ続けることも無いということ。今後の快適の為にも、言っても大丈夫な事は伝えておこうか。

「うーん、音楽家、では、ないかな……」
「え?」
「あたしの荷物あるんだよね? 楽器の入ってる木箱があるんだけど……」
「これだろ?」
「うん。ちょっと見てくれる?」

 ルフィが示した木箱は、既に蓋が開いていた。近寄って見てみると、中から顔を覗かせていたのは、トランペットにフルート、バイオリン、その他諸々。傷付いていない様子のそれらを確認して、ほっと一息。
 一番手前にあったトロンボーンを取り出して、保護用に巻いていた布を取り払う。そのままナミに手渡せば、彼女はすぐに、陽の光を浴びた金管楽器の煌めきに負けないくらい、その大きな瞳をきらきらと輝かせた。

「わぁっ、なにこれ、すごい凝った細工! 素敵……」
「うお、ホントだ、これ全部何かしら模様が彫ってあるな」
「おお! すっげえ!」
「へェ……」
「ねえ、もしかしてこれ、全部ニーナが?」
「うん。でも、ちょっと旅費稼ぎするくらいのレベルだよ。楽器演奏はただの趣味だし」

 浮かんでくる単語を選り分けながら、頭の中で言葉を組み立てる。嘘は無いように。かつ、つじつまが合うように。疑われている部分が、解消するように。
 気付いてみれば、四人はそれぞれ楽器を手にしていた。彫られた模様と散りばめられた宝石を見て歓声をあげるナミに、宝石部分を指し示す。 

「……あたしは音楽家じゃなくて、細工師でもなくて。これ取ってくるのが本業なの」
「え?」
「採掘屋、ってやつ。洞窟とか遺跡から、鉱物とか、もうとっくに所有者がいない宝石とか、骨董品とか探してくるの」
「へー……」
「なるほど、トレジャーハンターってやつか」
「なるほど、要は墓泥棒か」
「なるほど、ナミと一緒だな!」
「えっ?」
「違うっつってんでしょ人聞きの悪い!!」
「ぐはっ!」

 あたしの説明に納得の声が上がったかと思ったら、男三人のこれまたテンポのいい相槌が続く。ナミと一緒、という感想を漏らしたルフィは、またしても拳骨制裁を受けてたんこぶを増やした。さっきのゾロの台詞と合わせて考えるに、ナミの生業には察しが着いたけど、ここも今は口を閉ざしておく。

(荷物の状態から見るに、ほんとに“避難”しといてくれただけに見えるけど……)
(洞窟……ううん、まさかね……)

 船内に流れるつかの間の静寂。一呼吸分程度のそのあいだに、互いの脳裏に過ぎった内容を知る術は無い。
 話の着地点を考えていたら、ウソップが合点がいったと言わんばかりに手を打ち鳴らした。

「あー、もしかして、それで宝石目当ての奴とかに追われてたのか?」
「んー、これ被ってたら、『そこの麦わら帽だ!!』って言われてね……」「「「あー……」」」

 思わぬところで核心をつかれたけど、顔色は変えずにさらりと流す。肯定も否定もしていないし、嘘はついてない。
 麦わら帽子の話を出せば、ここ十数分の中で一番の納得声が三つ重なった。やっぱりルフィはトラブルメーカーなのか、呼び込んでしまう体質なのか。このやり取りでだいぶ掴めてきた船内模様を頭で整理しつつ、素直に楽しそうだなって少し懐かしくなった。
 ……さて、ある程度の情報は出した。だいたいこんな所だろう。そのまま話の終わりに向かって口を開こうとしたら、冷静な低い声が先手を打った。

「……目的は?」

 船の縁に背を預けたままのゾロが、初めて口にした質問。自分が感じた引っ掛かりに対して、正直に出たのであろうその言葉。話を始める前と比べれば幾分か落ち着いた警戒の色が、まだ少しだけ見え隠れしている。

「のんびり女一人旅出来るようなご時世じゃねェ。何か理由があるんだろ」
「………」

 ようやく正面からあたしを捉えた漆黒の瞳。意図して抑えられている鋭さを微かに感じつつ、あたしも真っ直ぐにゾロを見返した。
 ──そこまで話す義理もないけど、この眼に、嘘や誤魔化しが通用するとも思えない。

「……探し物があるんだ」
「探し物?」
「うん。楽器の材料……ってとこかな?」
「へェ……?」

 四人分の視線が、あたしに集中する。まるでステージに立っているかのような錯覚を覚えつつ、観客の反応を確かめる。
 今みんなの表情に浮かんでいる疑問の色が消えきったら、あたしの話はそこで終わり。そうしたら、できれば、話を聞く側に回りたい。この船は、彼らは、何を目指してどこまで行くんだろう。そこまで思って、自分がこの羊船のクルーたちに興味を持ち始めている事に気付かされる。

「音楽家じゃない、って言いつつ、探し物は音楽関連なのね?」
「うん。……音楽が好きなのはほんとだけど、あたしは、作り手でも細工師でも、奏者でも無いってだけ」
「え?」
「そっちはね、もっと腕のいい人たちを知ってるから」

 暫く会っていない“二人”を思い出して、ふっと海の向こうに視線をやる。
 ──“もう一人”は探しに行こう。そう約束したのは、遙か彼方昔の話。探し物があるんだ。それは本当。
 あたしの話に耳を傾ける四人に、口を挟んでくる様子はない。この話には、敢えて伏せていることは多々あっても、嘘や偽りはまったく無い。静かに待って貰えている話の続きは、肩の力を抜きつつ、唇から零れるがままに、歌うように紡いでいく。

「グランドラインの向こう側に、巨大な鉱物があるんだって。あらゆる楽器の頂点に立つ、名器を生み出す原材料」

 言っていない事を覆い隠すように、ここでちいさく一呼吸。

「……あたしね、音楽の盛んな島の出身なの。その鉱物の話は、お伽噺みたいにずっと聞かされて育ってきた、島のみんなの夢なんだ。もちろんあたしを含めてね」

 “それ”に思いを馳せる時はいつも、心の中は凪いでいる。それが良い事なのか、悪い事なのか、今のあたしには分からない。“彼”の少し寂しそうな眼を思い出して、少しもやっとしたけれど、今はこの話を無事に着地させる事が先決。

「あたしは採掘屋として、その鉱物を見つけたい。でも、仮にもグランドラインだもん。そう簡単に辿り着けるところじゃないのは分かってる。だから……」
「グランドラインならおれたちも行くぞ!!」

 あたしの言葉を遮って、飛びつかんばかりの勢いで、ルフィが大きく声を上げた。

「おれは、ワンピースを手に入れて海賊王になるんだ!」
「!」

 ──海賊王。この世のすべてを手に入れた男の称号。
 はっきりと言い切った、“D”の文字を持つ彼の眼には、気負いも迷いも慢心もない。

「なーニーナ、一緒に行こーぜ! 良いじゃねェか、どうせ船も無ェんだしさぁ」
「だから、壊したのはお前だっつの……」
「………」

 麦わら帽子を被った船長は、彼の旗印をバックに太陽のように笑う。彼にとってそれはできるか否かではなくて、きっと、やるかやらないか。逆光に浮かび上がるシルエットが、さっきまでとは段違いの強烈なデジャヴを生み出す。その笑顔が妙に眩しくて、思わず少し眼を細めた。
 ウソップがルフィを諭すようにぽんぽんと肩を叩くけど、この勧誘自体を窘める事はしない。ナミもゾロも、質問はしても、乗る乗らないには口を出さない。万が一、あたしがここで「乗る」と答えを返しても、きっとそのまま受け入れられるんだろう。

(まあ、そうは言えないんだけど、ね)

 しばらく身を寄せる船としては、割とアタリを引いた方だと思う。今まで伊達に一人旅してきてない。人を見る目には、多少なりとも自信がついた。
 逆に言えば、ずっと一人旅じゃなきゃいけない理由は無い。むしろ、グランドラインを目指すなら、一人旅なんて無謀すぎる。けど、あたしの抱える大きすぎる“秘密”を思えば、『あそこ』に帰る以外の選択肢は、そうそう選べるはずもない。
 予防線を張るのはもう無意識の習慣。しかもそれは、相手の為なんていう立派な理由じゃなくて、きっと自分のため。

「……あのね、あたし、ローグタウンで待ち合わせしてる人がいるの」
「ローグタウン?」
「グランドラインの入口に、いちばん近い町よ」

 その名前に反応したのは、航海士のナミひとり。頭に疑問符を浮かべていた男三人も、彼女の解説には納得顔で頷いた。
 各々合点した様子を見せた四人をさらりと一瞥して、改めてルフィに向き直る。

「ねえルフィ、この船は、グランドラインに向かうんだよね?」
「おう!」
「じゃあ、とりあえず。ローグタウンまで、乗せてもらってもいいかな」

 ……運命とか宿命とか、そういう類のモノは、信じてないつもりなんだ。

 だけど、“Dの一族”が船長やってる船に、乗り込む前からあたしの積荷が全部積んであるなんて。出会って一日と経たないうちに、一緒に行こうと言われるなんて。偶然の一言では片付けられない。
 だからといって、そう簡単にじゃあ乗りますと返すはずもない。そもそも今分かっているのは、船長の出自と、ひとまずの危険はなさそうって事くらいだ。
 舟が無くなってしまった今、ローグタウンに限らず、どこか大きな街のある島まで乗せて貰うのは必要なこと。でも、その後の事を考えればきっと、そこで別れるのが最善手。今まで乗せて貰った、たくさんの船と同じ。いつものことだ。

 ──それでも、分かってるのに、言葉を濁してしまうのは。

「そこで、ちゃんと会えるかどうかにもよるんだ。ローグタウン出るまでに、考えさせてくれない?」
「……わかった!」

 聞き手からすれば、どちらの可能性も残した曖昧な答え。我ながらずるいなぁとは思ったけど、当の船長は快く迎えてくれるらしい。あたしたちのやり取りを見守っていた三人も、特に異を唱える事も無い。警戒の色を滲ませていたゾロでさえ。それならそれで、今日のところは良しとしよう。
 壊れた舟を見た時は、どうなる事かと思ったけど。もしかして、今日は結構ツイてるのかもしれない。ラクリマ・マレも手に入れたし、追手のオジサン達にも見つからなかったし、今まで乗ってた小舟よりも、よっぽど丈夫で楽しげな船にも乗れたし。

「じゃあ、しばらくお世話になるね」
「うっし! よろしくな、ニーナ!」

 自分の幸運に感謝しつつ、乗せてもらうことになった船の船長と向き合う。よろしくの気持ちを籠めて差し出した右手が、ルフィの右手と重なった。

 ──体温だけじゃないその熱さは、今のところは、気付かなかった事にしておこう。




next
もどる
×