結果から言えば、“送り狼”について調べてみても詳しくは出てこなかった。といっても、“送り狼”のこと自体の諸説は出てくる。だが、僕が知りたかったあの山の“送り狼”についてはネット、文献、噂等を調べたところで、何一つ出てこなかった。僕が見た黒い“何か”も、僕が聞いたあの声も、誰も知らなかったのだ。
 疑問に思った僕は、ひとまず再びあの山を訪れることにした。あの少年にはもう出会うことはない。少女には「僕が見える」ことすらない。危険なことは何一つとしてない、はずだ。


「……前に出会ったのはここだったはず…」


 小さな石から大きな石まで散乱している、昼でも暗闇が広がる森の付近。きっとあの時、本来夜に出ると言われる“送り狼”が昼なのにも関わらず現れたのは、この闇が原因なのだろう。昼だというのに、まるで夜中のように光を通さない森。「一寸先は闇」という言葉を表したかのように、一歩進めば先日この森から現れたあの少年と同じように、僕の後を“送り狼”が着いてくることになるのだろう。
 だが、そんなことを恐れる僕じゃあない。

――ザッ、

 一歩踏み出してみた。片足が闇に包まれる。特に異変はない。

――ザッ、

 もう一歩踏み出してみた。両足が闇の中に入り込む。まだ、異変は感じられない。

――ザッ、
――ザッ、、


「!!」


 三歩目にして、僕の身体は闇の中に完全に溶け込んだ。背後に一歩分の間が空いた時、僕の足元から足音が聞こえた。

――ザッ、
――ザッ、、


「……」

 まだ確証はない。そう思ってもう一歩進めば、やはり聞こえる僕以外の足音。“送り狼”は、姿を見たからと言って食われるような妖怪ではなかったはず。恐るおそる振り返ってみる。森の入り口の光は、思っていた以上に闇の中に差し込んでいなかった。照らされない僕の足元には、暗闇しか見えない。ごくりと息を呑む。じわじわと這い上がってくる僅かな恐怖と同時に、僕の中の好奇心が大きく膨らむのを感じた。

 その日は、一日中森の中を散策してみた。森の中は闇が広がっていて、正直コンパスがなければ迷ってしまいそうなほどだった。時折、木の根に足を引っ掛けてしまって転びかけたが、完全に転ばなかったせいか、あの声が聞こえることはなかった。(聞こえたら聞こえたで、正しい対処をしなければ僕は食い殺されてしまうんだろうけど。)
 あまり興味を引かれる物はこれといってなかった。背後から聞こえる足音以外には、何も。足音は、四足の獣の足音にも、小さな子供の足音にも、成人した大人の足音にも聞こえた。ふとした時、足音が増えたり減ったりしていたように感じたが、仲間がいるのだろうか。


「(それなら、)」


 仲間がいるなら、一匹くらい僕が連れて帰ってもいいんじゃないか?
 思いついたその考えに、口元に薄らと笑みが浮かぶ。そうだ。僕には『ヘブンズ・ドアー』がある。「僕に攻撃しない」「僕の命令には従う」と書き込んでしまえば、僕には害を与えることは無いし、漫画の資料として“取材”し終えたらその書き込みを消して山に帰してしまえばいい。念のため、「僕と過ごした記憶を全て忘れる」という書き込みをして。
 これは良い考えだ。実物の妖怪を連れて帰れれば、更なるリアリティが得られ、僕の漫画も更に良いものになる。妖怪は数日間の記憶がなくなるだけで、それ以上の害は何もない。両者共に損することはない。むしろ、僕にとっては得でしかない。つくづく良いスタンド能力を手に入れたものだ、と口を歪ませる。


「(さて、そうなればいつどうやって相手に能力を使うかだが…)」


 “送り狼”の諸説を思い出してみる。無事に山道を抜けることが出来たら「さよなら」とか「お見送りありがとう」と一言声をかけてやると、送り狼は後を追ってくることがなくなるという話が主流である。僕も前回はそうして声をかけたら、背後からの足音は消えた。だが、家に帰ったらまず足を洗い、帰路の無事を感謝して何か一品捧げてやると送り狼は帰っていくという話もある。
 一品捧げて、それを持って帰ろうとする瞬間を狙うのはどうだ?気配を消して見張るのは骨が折れそうだが…漫画のためだ、仕方ない。

 そして、その日自宅に帰った僕は、家に丁度あったおはぎを玄関にそっと置き、一日中見張ることにした。玄関先で微かな物音が聞こえたその時、月明かりに照らされたその黒い物体に狙いを定め、僕は瞬時にスタンド能力を発動させた。


『ヘブンズ・ドアー!!』





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