Black valkria




夜も更け、王宮はどこもかしこも火を灯し、厳戒態勢で鼠一匹入り込む隙間すらない。
いつもの夜よりも明るく、つい億劫になってしまう。頭巾を目深に被り直し、炎で揺らめく影と競う様に石版の神殿へと急ぐ。





「どうなされたのですか」


石版の間の中央に聳える祭壇へ続く石段を上ると、その頂上にアクナディン様が膝をついてる。
呼び掛けると、私に気付いたアクナディン様が顔を上げられる。その顔はすっかり憔悴し、弱り果てている。


「おぉ、お前か…よく来てくれた」


「今、セト様とすれ違いました。いつもと様子が違ったのですが…」


元々変わった方でしたが、今夜は特に変わっておられました。怖いので挨拶そこそこで、すぐにここへやって来ましたが。


「…セトは、私と同じ過ちを犯そうとしているのだ」


アクナディン様は静かにそう言い、徐に私に手を伸ばしす。


「……お前の顔をよく、見せておくれ」





「本当に大きくなったな。昔はあんな小さな子供だったのに……」


膝を付き、アクナディン様と同じ目線になって、顔を晒す。
干乾びた大地の様な大きな手で弱々しく私の顔を包み込むと、アクナディン様は懐かしむ様な言葉をしきりに繰り返し呟いた。


「……本当にどうなされたのですか」


様子のおかしいアクナディン様の手を戸惑いながら、掴み私は次の言葉を待つ。





「私は、昔…我が子を亡くした」


王宮では有名な話だ。
その死んだ子供の代わりか、アクナディン様は子供の私に優しくしてくれたのだが、子供ながら、私はいつも感じていた。
私を見る時のアクナディン様の目には常に怯えと、苦しみの色しか無かった事を。いっその事、殴ってくれた方がマシだと何度も思っていた。
私を恐れているのに何故わざわざ私に優しいふりをして接するのか分からず、気味悪さと心苦しさを覚えていた。


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