乾いた音が地下神殿に響き、小さくこだました。
目の前のバクラは自分のした事に驚いた様子で目を剥いて私を見ていた。その目はとても赤い。
「すまない、本当に」
「謝るんじゃねぇよ。悪いとも思ってねぇんだろう…」
全くその通りだった。昔の私はお前もアメティスタも好きだったのだろう。けれど、今の私はそうではないのだ。
今の謝罪の言葉は昔の私が言うはずだった言葉を今の私が口にしただけだ。
あの時とは気持ちも立場も何もかもが違う。
「お前達はファラオと、そのファラオの大切なものを傷付けた。私はそれがただ許せない」
私には色んなものが欠落している。ファラオただ一人が無事なら、その他の大勢が犠牲になっても恐らく私の心は痛まない。
これが私の中にあると言う千年宝物の所為だとしても、千年宝物を束ねる者に仕える為だけのものだとしても、構わない。
私が言い終えると片手で両目を覆い、バクラは俯く。やがて、小さな笑い声を上げて、私に強く見返した。
「――また、俺の中で、お前が死んだ。今死んじまった」
今から、私もバクラの復讐の対象になった。
「バクラ…死んでくれ」
多分、死ぬのは私の方になるだろう。
バクラのディアバウンドの力は強大だ。マハード様から奪った千年輪の力でより強いものになっているだろう。
だからと言って、ここで引く訳にはいかない。腰に差した剣を静かに抜刀し、刃先をバクラの喉元に付き付けた。
憎悪に目をぎらつかせ、バクラは素手で剣を乱暴に掴み刃先を地面に向けさせた。
肉に刃が喰い込み血が滴り落ちるがお構いなしにバクラは強く剣を握りしめ、私ごと突き飛ばす。
その反動で後ろに下がり、距離を取ると、バクラがディアバウントを従わせ、私に言った。
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
「全てはファラオの為にってか」
息も絶え絶えの私を静かに見下ろしながら、バクラは吐き捨てる。
ディアバウンドの力の前では私の精霊の力は無力で、秒殺されないだけで精一杯だ。しかし、それももう終わりか。
精霊は私と共に傷付き、もう闘う力は無い。
「それだけの為に、私は、生きてきた。お前達が復讐の為だけに…生きてきた様に」
きっと、私と同じなんだろう。私の救いはファラオで、彼等の救いは復讐だけで。それ以外では駄目なのだ。
「俺はずっと、あの惨劇が忘れられない」
彼だけではない。アメティスタも。私以外のクル・エルナの悲劇の生き残りはずっと殺されるかもしれない恐怖と共に生きていた。
声は荒げていないのに、ぞっとする声色でバクラは言いながら、私の腕から、そっと剣を奪い取る。
「逃げながら、俺は誓った。絶対生き残って、王家の奴等に復讐する。同じ思いを味あわせてやるってな」
「闇の力を手に入れて、全部、全部ぶっ壊す」
この憎しみは、傷は復讐を遂げない限り、癒される事は無い。
バクラは私の胸倉を掴んみ、引き上げる。血と泥で汚れた私の顔をこれで最後と見納める様に見て、彼は剣を持つ手を掲げた。
申し訳ありません。ファラオ…私はここまでのようです。
「あばよ――アスタリア…」
それが、私の本当の名前なのか。
どうしてだろうか、昔の事を思い出した訳でもないのに、何故かとても懐かしく穏やかな気持ちになった。
名前なんて、どうでも良かったのに。あぁ、そうか。きっとお前が呼んでくれたからなのかもしれないな…バクラ。
「さよなら、バクラ」
その時のバクラの顔と言ったら、
← | →