Black valkria




空は分厚い雲に覆われ、大地は荒れ果ててしまった。
闇の支配者ゾークの力は強大で神官達と力を結束させても、倒す事は出来なかった。
次々と仲間は散り、傷付きながらも残ったマハード、マナ、ハサンと共に挑むが、今のゾークの一撃で、とうとう俺の魂も尽きてしまった。


『さぁ、アスタリアよ!このゾークの力で蘇ったお前自らの手で、ファラオに止めを刺すがいい』


ゾークの口から出た名前に息が詰まった。
目の前の地の裂け目から、黒い霧が吹き出し、人の形を成してゆく。
冷たい表情を浮かべ、俺を見下ろす見覚えのあるその姿に、胸を刺す鋭い痛みに襲われる。


「アスタリア、」


――救えなかった。
現世で初めて見た海の様な不思議な輝きの眼は、今は虚ろで何も映っていない。





「…俺は、"また"間に合わなかった」


あの時も、お前を救えなかった。


お前の事を俺なりに分かっていたつもりでいたんだ。
お前に守られて、俺もお前の事を守っている、つもりでいたんだ。
でも、結局俺は…守られていただけで、何も出来ずに二度もお前を死なせてしまった。





「ゆるしてくれ」


ゆっくりと、引き抜かれ振りかざされる剣。


目を閉じると、自然とここにばかりの事を思い出す。
記憶の世界では驚く事ばかりで、中でも一番驚いたのは共にこの世界に来たはずの紫乃が三千年前のままの人格だった事だ。
紫乃の記憶が無く、他の記憶の住人同様俺を酷く敬う。紫乃の性格の片鱗さえ無かった。
三千年前の人格の彼女はとても無口で、表情が乏しく、何より理不尽な扱いを受けても自分なんてどうでもいい様でいた。


真に自分が何者か分からなくても俺なんかの為に死ねるのが、幸せだなんて言わせてしまって。
そんな風に思ってほしくなかった。恨まれても、何をしてでも…もっと笑っていてほしかった。幸せで、いてほしかった…。





『記憶戦争は我が勝利…ファラオよ、仲間の手にかかり闇に堕ちてゆくがいい…』





「もう一人の僕…!」


そう呼ばれたのはとても懐かしい気がする。
夢か幻か、判断出来ない出いると、アスタリアは再び黒い霧になって消える。
ゾーク達から俺を守る様に立つ相棒達は皆ボロボロで、その腕にはデュエルディスクを装着している。デュエルをあまりしない杏子と本田君でさえ。


「君には僕等仲間がついている!」


「遊戯、しっかりしろ!」


「俺達が来たからにはもう大丈夫だ!」


掛けられた言葉にこれが夢でも幻でもないと知る。
どうして、皆がここに。


「ゾーク!!これ以上もう一人の僕を傷つける事は許さない!!」


もう一人…?ゾークは相棒の言葉に驚くが、すぐに納得した様に相棒達を見下ろした。





『貴様等、三千年前のファラオの記憶の住人ではないな…成る程、現世に蘇ったファラオの魂が新たに刷り込んだ記憶の住人…』


「馬鹿野郎!俺達はれっきとした仲間だぜ!」


記憶なんかじゃねぇよと城之内君がゾークを見上げながら叫ぶ。


『新たな仲間が加わろうとこの記憶戦争で貴様等の勝利はない。ファラオと共に滅んでゆくだけだ』


「それはどうかな、闘ってみなくちゃ分からないさ!」


『ならば、ファラオより一足先に闇に葬ってやるまでだ――アスタリア!』


ゾークの声に応え、黒い霧が吹き出す。先程よりも濃く、深い闇を纏って。





「あの人が、アスタリア…」


石版の、そして前世の紫乃ちゃんの姿…。
相棒がゾークと俺の言葉を聞き、亡霊の様に佇むアスタリアを見つめる。


クル・エルナ村の地下神殿で冷たくなっていた彼女を見下ろしながらバクラは赤い目をして、彼女もクル・エルナ村の住人であると語った。
村での惨劇の所為で記憶を失い、理不尽な扱いを受け今日まで王家に仕えてきた。
アスタリアにクル・エルナでの事が記憶に残っていれば、自分達と同じ様に俺を恨んでいたかもしれない、と。


「もう一人の僕」


呼び掛けに答えられず俯いている俺に相棒が静かに、そしてはっきとした声で続ける。


「このデュエルディスクには君が闘って来たデッキが収められている」


顔を上げて相棒を見ると、強く怒られた様な気がした。
俺の憔悴しきった表情から、全て読み取り、相棒は膝をつき俺と視線を合わせる。


「まだ、終わりじゃないよ、もう一人の僕」


決して諦めないで。
まだ間に合う。間に合わせてみせるんだ!





バトルシティでも、お前は決して紫乃の事を諦めなかった。
大切な仲間を失ったと悲しみに暮れそうになった時もお前が「まだ紫乃が生きている」そう言ってくれたから、俺も強くそう信じる事が出来たんだ。
紫乃の闇の人格に共に挑み、絶望に負けそうになってしまった俺に諦めるなと言い…最後まで、あいつに必死に呼び掛けて、そして大切な人を取り戻した。


「……ああ…!」


俺一人では絶対に出来なかった事も、相棒と皆と一緒だから出来たんだ。
もう一度、取り戻そう…!俺達の大切な人を。


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