Black valkria




大人しく陸に引き摺られ、童実野町の観光名所を連れ回された。案内しろと言った本人は性格上はしゃぐ訳でもなく、淡々として。
時々、私に振り返り、じぃっと私の姿を見るのだ。何か言いた気に。大体、予想がつく。けれど、陸が言わないのなら、私は何も言わない。


急に喉が渇いたと、言い出した。近くの喫茶店でお茶をする羽目に。
何で、陸の分まで奢らされているんだ。お前が年上なんだから、私に奢ってくれよ!





「それで、次はどこを案内すればいい」


早くも、頼んだ紅茶の飲み切ってしまった私は向かいの席でストロベリーパフェを頬張る陸に訪ねた。
甘い匂いが周りに充満して気分が悪くなる。大嫌いって訳じゃないけど、今日はいつもより、酷い。





「……観光はもういい。飽きたし」


案外詰まんないとこだね、童実野町って。ペットショップ少ないし。
動物園も、珍しい動物もいないし。大体、猫、猫が少ない。野良猫全然いないじゃないか。楽しめないよ。


「じゃあ、帰れ!」


お前…ペットショップの多い少ないで詰まんないとか、言うな。それにお前の家に猫は十匹もいるじゃないか!





「紫乃も、一緒にね」


不意に陸はパフェを突付くスプーンを置き、切り出してきた。小さく目を剥く私の反応を確認しながら、更に続ける。
「あっちの街の方が楽しい事多いよ」辛い事なんて、思い出す間も無く過ごせる。そう言われている気がした。


「私は帰らないよ。裁判の結果さえ出ればすぐにどちらかに着いて行くだけ。それまでは…好きにさせてもらう」


やっぱり、私を連れ戻しに来たのか。それにしても、本当に今更だな。
私の事なんて、もう忘れている頃だと思っていたのに。小さく笑うと、陸は眉を微かに顰めた。それでも、陸は続ける。





「紫穂さんに会いに行ってやれよ。お前が出て行って…相当参ってるみたいだ」


「ずっと、心配してる」


紫穂とは私の母親の名前。陸は私の母親を第二の母と言うくらい慕っていた。
だから、今回の両親の離婚の事で陸も少なからずショックを受けている様だ。もしかしたら、私以上かもしれない。


「心配なんか、してないよ」


小さく頭を振ってすぐに答えた。私が入院しても、電話も何一つない。
手紙も、状況報告だけ。黙って家を出て行った私の事なんか、心配しているはずがない。
父さんも、母さんも…あの二人は世間体を気にしているだけに過ぎない。





「陸はそんな事を言う為に遠い童実野町まで来たの」


だったら、無駄だったね。


「そんな、事…?家族がバラバラになって、何で紫乃はそんな平気な顔して、そんな事を言えるんだ」


陸の表情が見る間強張って、吊り上がり気味の目が更に鋭く吊り上がる。
正面の私を射る様に見つめた。残念、お前が凄んだって、全然、怖くないよ。


「紫乃は紫穂さん達がどれだけ、紫乃を心配しているか、知らないから、そんな事って言えるんだ」


「帰って、紫穂さん達に会いに行けば分かる。きっと、今からでも遅くは…」





「は…。ハハハハ、アハ…ッ」


駄目だ。おかし過ぎるよ!これは笑わずにはいられない!
陸と話していると、今まで押さえていたものが溢れた。真剣な雰囲気を壊す様に私の渇いた笑いが漏れた。
心配してくれるのは別にいいけど、わざわざ、こんな遠い所まで来て、説教をする権利なんて、陸には無い。
陸のは心配じゃない。大きな、それも余計なお節介だ。


「…紫乃」


突然、笑い出した私を怪訝に見返す陸。
お前なんか、お前なんか、お前なんか、何も…





「平気そうな顔して?…どれだけ、心配しているか知らないから?…遅くないって?」


お前なんか、――何も知らないくせに。
一つ一つをゆっくりと、言い終わると、やっと笑いが収まった。その代わり、湧き上がってきたのはどうしようもない怒りにも似た感情。


気が付いたら、陸を鋭く見返して言っていた。


「知った風な口を聞くなよ」


完全に笑いを消して拳を力任せにテーブルに叩き付けた。
喫茶店中の視線が集まるがそんな事、どうだっていい。





「一緒にいても、疲れるだけだから、憎み合うだけだから、別れるんだ」


家出同然に出て行った私なんかを心配なんかしていないから、会いにも、電話も、掛けて来ないんだ。
私も、あの二人の事なんて、どうだっていい。今更、何を言っても、遅いんだ。
陸に出来る事なんて、何一つ無い。この状況を引っ掻き回さないでくれ。


彼に酷い事を言った自覚はあった。だけど、一度爆発した感情は治まるまで時間が掛かる。これ以上の酷い事を言ってしまう、前に帰ってもらおう。


「悪いけど、もう帰って」





「…今日のところは、大人しく帰るよ。でも、僕は…諦めないから」


陸は今年は受験を控えているにも、関わらず、童実野町まで会いに来てくれた。
静に席を立ち、店を出て行こうとする後ろ姿を一度見て、罪悪感がどっと込み上げてきた。
陸を追い掛け様と、椅子から立ち上がり掛けた。だけど、それとは逆に冷めた自分がいた。


ずかずかと、他人の踏み込んできてはいけない場所まで踏み込んで来たのは奴だ。
そんな奴の事なんて気にしなくてもいい。何て、酷い奴なんだろう。私って。
どさっと、椅子に再び座り込んだ。



情緒不安定なのか、どんどん酷い事を考えてしまう自分がいる。本当は会いに来てくれて、少し嬉しかった。
だけど、そんな陸が急に憎たらしくて、本当に駄目だ。こんな事考えちゃいけない。


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