Black valkria




バトルシップに戻ってからは私が意識を失ってからの情報が一気に入ってきた。
ミーハー少年のナム君は実はもう一人の遊戯君の命を狙うマリクで、マリクだと思っていたのが影武者のリシドと言う人でと言う具合に。


「やあ、鏡野君」


「聖、さん…」


ベッドの上で外の様子を眺めている彼はドアに佇む私に気付くと、にっこりと私に笑う。
マリクとのデュエルで倒れた舞さんと行方不明になっていたらしい漠良君は先程、無事な姿を確認した。


後は私とのデュエルで倒れた聖さんと、あの人の事が気になり、この部屋を目指して駆け出していた。
あの人の姿はまだ見えない。でも、きっと――、




「あらぁん、鏡野さぁん」


いらしてたのぉ。
真後ろのドアが開き、独特の口調で私の名前を呼ぶ声がし、振り返ると、アメティスタさんが花瓶を両手に抱え、ふわりと微笑む。
バトルシップで彼女に会った時、一瞬だけ感じたぞっとした悪寒は今は感じなかった。


「聖さぁん、ごめんなさぁい。お花探したけれどぉ、こんなものしか、見つけられなかったわぁん」


「ふふ、小ぶりですがとても、綺麗な花ですね…ありがとうございます。アメティスタさん」


私を横切り、野の花を生けた花瓶をベッド脇のサイドテーブルに置き、アメティスタさんは申し訳無さそうに謝った。
そんな彼女に聖さんは小さく笑って礼を言う。二人共、親密さはなくなっていた。


ふと、制服の胸ポケットに手を当て、小さな塊りに触れた。
ここに金色の古びた指輪が入っていた。もう一人の自分が彼女から、奪った物だ。
目覚める前の微かな記憶では彼はこれを千年アイテムの失敗作と言っていた。でも、危ない力を持っていると。
聖さんもこの指輪の力で操られていたのだ。この指輪をアメティスタさんが身に付けていない限り…彼女は大丈夫なはずだ。





「それじゃあ、お大事に」


お見舞いのお花を届け終え、アメティスタさんが去ると、聖さんは笑顔を消した。
私はゆっくり、ベッドに歩み寄り、勧められるままベッド脇の椅子に腰掛けた。





「正直な話、」


「え?」


「彼女とどこで知り合ったのか全く、覚えていないんです。気が付いたら、彼女は僕の隣にいて」


彼女の方も、僕とどこで出会い、何故ここにいるのか分からないと。
確かにあったはずの共有した時間、交わした言葉も、その時感じた気持ちも思い出せない。


「夢から、覚めた…そんな感じです」


どうして、僕は彼女を愛していたのか…今ではさっぱり分からないのです。いえ、今でも、彼女はとても魅力的だと思いますよ。
ただ、それが愛情では無い事が今ははっきりと分かるんです。花瓶の花を見つめたまま、聖さんは言う。


「王国での君の気持ちが少し、分かった様な気がします」


そしてこれもまた覚えていないのですが、トーナメントで僕は君に酷い事を言ってしまったみたいですね。
己の意志とは関係の無いモノが働き、大切なものが汚された。君は…この様な気持ちだったんですね。
すみませんでした。そう言って自分の胸を押さえ、聖さんは少しだけぐっと表情を歪めた。





「鏡野君。このカードを受け取って下さい」


キラリと光るヴァンパイア・ロードを差し出され、私は慌ててそれを押し返した。
とんでもない!これは聖さんのトレードマークで、エースで、魂のカードじゃないか。
このカードが私とのあのデュエルのアンティだと言うのなら、絶対に受け取れない。


「勘違いしないで下さいね、鏡野君」


僕はこのバトル・シティで君に負けた事になっていますが、"僕は君に負けた"なんて、思っていませんから。


「じゃあ、どうして」


それを言うなら、私だってあなたに勝ったなんて思っていない。
尋ねると、ヴァンパイア・ロードのカードに視線を落とし、聖さんは口を開く。


「ヴァロンは僕にとって、かけがえの無い大切なカード。幼い頃から、病弱で寝たきりだった僕の最初の友人」


辛い闘病生活を紛らわせる為に父が僕に寄越したカード達。その中に一際僕の心を捉えたのがヴァンパイア・ロードだった。
彼と共にデュエルをしている時だけは辛い療養生活を忘れる事が出来た。彼のお陰で僕は強くなる事が出来た。





「だけど、僕はもっと、強くなりたい。君にも、他の誰にも、僕の心が支配されないくらい強く」


今度は彼の力を借りずに、僕自身の力で。僕の目指す真のデュエリストに。





「今すぐは無理ですが、僕は必ず、彼に相応しいデュエリストになって、再び君に挑みます」


だから、受け取って下さい。受け取ってくれないと、本当に怒りますよ。
冗談めいているが、本当にいつまでも受け取らないでいると、聖さんが怒り出しそうだ。
ヴァンパイア・ロードのカードを大人しく受け取り、私もデッキから、カードを抜き、聖さんに差し出し返した。


「それなら、私も聖さんにこのカードを預かってもらいたい。私の大切なカードを」


小さく目を剥く聖さんに私は「約束の証です」と笑う。
今までずっと、一緒に闘ってきて、何度もピンチを助けてもらった大切なカード。私の相棒。





「…ふふ、僕達のバトル・シティはまだ終わりませんね」


互いの大事なカードを交換して、小さく笑った。
このバトル・シティは楽しい事ばかりじゃなくて、辛い事もあった。でも、またこうして続いていく。
遠くない未来に約束された私達のバトル・シティがまた始まるんだ。今度は負けない。自分にも。


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