「えっと…あの、何の冗談?全然笑えないよ」
上手く回らない頭と、口を一生懸命動かした。本当は分かっている。二人共冗談なんか、言う人間じゃない。
信じたくなかった。二人を見比べると、深刻な面持ちをして、自分を見つめ返している。
肩を震わせる母さんを見た時、この状況を信じざるおえなくなった。
「な、何でッ!?だって、私には二人がそんなに仲悪そうには見えなかったよっ」
一気に混乱が大きくなる。ほとんど叫ぶ様に二人に訊ねた。ずっと仲の良い夫婦に見えていたのに。理由が分からないよ。
「紫乃の知らない所でな、父さんと母さんは喧嘩ばかりしていたんだ……最初はほんの些細な事で喧嘩して…
数年前から、すれ違いが続いて、もう一緒に居ても、お互い疲れるばかりなんだ。だから、お互いの為にも」
別れる事にしたんだ――
「数年前って……」
「離婚の話は紫乃が、中学に上がった頃から、もう話し合っていたの」
小さく呟くと、母さんが初めて口を開いた。
「だけど、紫乃が高校に上がるまでは…夫婦でいようって、決めていたのよ」
何だよ、それ。期限を決めて良い夫婦を演じていたって事?
それに中途半端な期限。何で……あぁ、もう頭が真っ白になった。
何をどう言っていいのか分からない。私は馬鹿だ。冷め切った夫婦の演技に気付かず、今日まで暢気に過ごしていた。
二人は私の為と言って、私を騙していたんだ。そう思うと、二人を責める気持ちより、気付かなかった自分の方に腹が立った。悔しくて、唇が強張って、上手く動かない。
「――紫乃の事は父さんも母さん、どちらも引き取りたいと思っている」
もう、次の話に移る様だ。私がゆっくりと、顔を上げると父さんは続けた。
「でも、父さんは今度の仕事で大役を任され、アメリカへ行く事になった」
「母さんは実家の北海道に…どちらに引き取られても、紫乃は今の学校を転校しないといけない」
どっちでも、…とても、遠い。
「突然、辛い事を言っているのは…分かっているわ。だけど、この現実を受け止めてもらいたいの…」
受け止めるって何を、分かってない。二人は分かってない。そんな事、いきなり言われたって……受け止めれる訳が無い。
俯いて膝の上で手をぎゅっと握り締めた。声を出そうにも喉がカラカラに渇いて、声が出ない。
「――紫乃の親権の話に戻るが、裁判をして決める事になった」
「裁、判…!?」
思わぬ言葉に裏返りながらも、漸く声が出た。
「親権を巡る話し合いは今まで何度もしたのだけれど…どちらもこれだけは譲る事が出来なくて、裁判で決める事にしたのよ」
「だが、さっきも言った様に父さんはすぐにでもアメリカへ渡らないといけない。裁判を行うにも、少し時間が掛かる」
「だから、正式な親権者が決まるまで紫乃を千年に預かってもらおうと、思っているんだ」
千年とは父さんの妹で私の叔母。
昔は何度か、遊んでもらった事がある。中学に上がってからは互いに忙しくなってここ数年、全く会っていなかった。
私はだんだん気分が悪くなってきた。眩暈がしてきて、額に手をやった。
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