Black valkria




私は未だ立ち竦んでいるアクナディン様を背に、精霊を召喚し、戦闘態勢を取る。


「アクナディン様、援護致します。早く石版から魔物を――」


七つでも八つでも千年宝物を手に入れる等と言っているこの男の力は無視出来ない。それどころか脅威。
正直、バクラとの戦闘は私とアクナディン様だけでは心もとない。闘いながら、退き他の神官様達と力を合わせればあるいは。


「させねぇよ」


アクナディン様が魔物を呼び出そうと、一枚の石版が光を放つ。ここはアクナディン様が守護する石版の神殿の最深部。
部屋中の壁には底から天辺まで魔物を封じた石版が収められている。その壁を"何かが"這って行く。
それが通った後は粉々に砕け、もう魔物を呼び出す事が出来ない。


「…アクナディン様だけでも、お逃げ下さい」


そして他の神官様達にバクラの奇襲をお知らせ下さい。
駄目だ。無事な石版から魔物を呼び出すよりも、バクラの精霊獣の方が素早い。


「だぁめ、それは私がさせないわぁん」


新たな人物の声が神殿に静かに響く。聞き覚えのある声に独特の口調。
私の胸はまさか、と言う思いで一杯だ。彼女の登場はバクラの時よりも、私を驚かせた。





「アメティスタ!何故、お前がここへ……」


「何故って?それは私が先日も今夜も!バクラを王宮へ手引きしたからぁですわぁん」


アクナディン様が、声を上げればアメティスタはそれはおかしそうに笑い答えた。
王宮を襲い、沢山の人々を傷付け、マハード様を殺めたその男と繋がっていたというのか。


「何故だ、アメティスタ……何故そんな男とっ」


マハード様の石版の前での事は嘘だったのか。
私はつい声を荒げ、彼女を問い質した。途端アメティスタは肩を竦ませ、眉を下げると悲しそうな目で私を見る。


「あぁ、お願いどうか、そう責めないで」


信じられないと同時に何故こんな事を、と考えるが、答えは出ない。当然だ。
私は彼女の事を何一つ知らないのだから。出会った時から、今の今まで知ろうとしなかった。


アメティスタは人の目も憚らず、私を友人と慕ってくれていた。彼女は美しくて魔術の才能もある。
寄ってくる人間を掃いては捨て、彼女は孤独になる事を承知で私を選び続けていた。
そこまでしてくれた彼女には悪いが、私はそんな彼女が無理をしている様に見え、申し訳なくて敬遠しがちでいた。


「何故だ」


複雑な気持ちになり、アメティスタを見つめ返す。すると、悲しそうな表情で目を伏せ「それはね」そう彼女の声が一段と低くなった。





「クル・エルナ…」


アメティスタが呟いた言葉に、背後のアクナディン様は大きく息の呑む。


「私は許さない。私から、故郷を、家族を、友を、全てを奪った王家を」


酷く冷淡な声を発するアメティスタの表情は穏やかなのだが、瞳だけが恐ろしい程ぎらついている。


「アクナディン――お前には、私達の復讐を受ける義務がある」


彼女の冷たい声を聞きながら、私は初めてアメティスタと言う女に出会えた気がしていた。










拘束されているわけでもないのに体は動かず、バクラにされるがままのアクナディン様を見ている事しか出来なかった。
床に転がるアクナディン様の体はピクリとも動かず、生きているのか死んでいるのか分からない。
けれど、元から麻痺しきっている私の心には悲しみの感情は湧き上がってはこない。


「もうじき、騒ぎを聞き付けて衛兵がやって来るわぁん」


「お前も、俺達と一緒に来い」


思わぬ誘いに目を剥いてしまう。すると、立ち竦んでいる私にバクラが手を伸ばす。
私は腕を掴まれる前に一歩下がる。けれど、足が縺れ後ろに倒れてしまった。
おかしい、足に体に力が入らない。どうしてだろうか、私は自分で思っているよりも動揺している様だ。


「大丈夫…怖がらないで。もうすぐ全て思い出せるから」


そうしたら、また昔の様になれるわ。
独特の口調は消えたが、アクナディン様に言い放った冷たい声ではなく、とても優しい声で彼女は私に言う。
今彼女は一体、どんな表情をしているのだろうか。確認し様と顔を上げた時、アメティスタの怪しい瞳の輝きを見た。


|



- ナノ -